フォークと言われる人間が飢えに飢える状態が続く世の中が続く限り、ケーキの人間の安全など何処にもない。
だから、そもそもフォークが飢えないようにすれば、味を感じられる食事が出来るようになれば、それが当たり前な世の中になれば万事解決となるのではないのか。
……結加理は、これをずっと言い続けている。
「これを言うと頭が可笑しくなったのか、とか気が狂ったのか、とか自殺願望者か、とか言われるんだけどね」
どこか不満げに口を尖らせる彼女から持論を聞いた降谷は閉口した。せざるを得なかった。降谷への定期的な食事提供の案は、突発的な思い付きなどでは無かったのだ。
キュッと口を引き結んだ降谷を一瞥して結加理は小さく肩を竦める。そうまで気に病まなくともいいのに、という言葉は喉の奥に押し込んだ。考えも行動も他人が踏み入れるものではない。
「フォークとケーキに関する研究は長年取り組まれてるけど、そのジャンルは似たり寄ったりなんだよね。それもあって、私は『誰も害すことなくフォークの味覚が刺激される食べ物の研究』の道に進んだわけ」
フォークの根治に向けての研究、発症させないための研究、食人衝動を抑える薬の研究などは、既に多くの研究者が取り組んでいる。だから今更自分がそこに加わらなくとも良い。そう結加理は結論付けたのだ。
この判断が誤りだったとは微塵も思っていない。
何言ってんだコイツ、といった珍妙なモノを見る目を向けられたのは一度や二度ではなかった。
己が身を差し出してフォークの飢えを満たすのか。──この手の返答を受けて続けてきた。何故そうも極論しか出てこないのだろうか、と辟易して久しい。
結局のところ、ケーキとフォークどちらの要素も関係なく生きるためには現状のままでは無理だ。絶対に。断言できる。けれど、何か少しずつでも変えていかなければならない。
材料はある。調査、研究の結果も着実に集めている。それでもまだ足りない。世の中を納得させるには、たった一人、協力者数名だけの力では不可能に近い。
一般的な思考が根強く理解を得られない事に加えて、何処にでも潜んでいる後ろ暗さを持つ連中に目を付けられることにより、潰される可能性ばかりが高まっているのだ。フォークが悪者でなければ困るという連中もいる。ケーキが害される側でなければ成り立たないビジネス。困っているフォーク相手に甘い言葉を投げかける反社会的な存在。甘い汁を吸っている輩は意外と多い。だから、疲れ切ったような結加理からこんな言葉が零れ落ちるのも無理からぬことだった。
「でもこういうのって、変革起こそうとしたらそれが形になる前に潰される可能性高いんだよねぇ。その、何て言ったらいいの? 今までのシステム? 流れ? とかで恩恵貰ってる奴らとか。……うーん、下手したら殺されそう」
気だるげに、僅かに口を尖らせて考えを巡らせるその表情は険しい。
この世界において彼女は確信を持っている方式がある。有名になる=死に近づく、良かれと思っての行動に理解を得られない=死。他にも多々あるが、今あげた二つを否定できる者はおそらく居ないのではないだろうか。何しろ些細なことがきっかけで殺人事件が起きる世界だ。
神妙な顔をして頷いた萩原たちはそれぞれ無言で目配せしあう。
「……ってか、実は既に潰されそうになってる。そもそも良くない噂流されてるし」
「えっ」
「そうなんですか?」
「……あー、そういや何かヤな奴等居たな」
「これは一部なんだけど、『自分を切り刻んで食事に入れてるサイコパス』だの『他のケーキを犠牲にしてフォークに食べさせてる』なんて外聞悪すぎでしょ。分かって言ってるんだよアイツ等。ちゃんと資料揃えて出してやってるのにさ」
悪い話や噂ほど、瞬く間に広まるものだ。
それも尾びれや背びれなど余計かつ事実とはかすりもしないモノを含んで。
時には胸、腹、尻のひれまでついてくる。エラまでついてしまったら最悪も最悪。噂が全くの別物と化して一人泳ぎしてしまう。
……まあ、ここまで来てしまった場合は完全に事実無根。名誉棄損である。悪質ということで訴えることも可能になってくるわけだが。
ケーキなのに自分を食べ物としてしか見ないフォークに気をかけるなんて頭が可笑しい、気が触れたんじゃないか、自殺願望者、なんていうのは序の口。今しがた彼等に告げた例などを含め、随分と好き勝手に言ってくれるものだ。
「まあ、それほど私の行動は異様に見えたんだろうね。散々言われたよ」
自嘲気味な表情に、心無い言葉を投げつけられてきたことを察する。
その顔をどうしてか見ていられず、降谷は口を開く。だが、かける言葉を見つけられずにそのまま閉じた。──今日知り合って間もない相手に何を言えるというのだ。
そして、事態の一部分しか把握していなかった、いや知らされていなかった萩原と松田の顔にもまた苦いものが浮かぶ。ある程度は気付いていたがここまでとは思っていなかったのだ。知り合いが謂れなき言葉を投げかけられているのは単純に気分が悪い。
彼等の表情が変化したのを瞬時に見止めて結加理は僅かに目を細めた。
「ま、それはさて置いて」
「置いとける話か?」
「研究室の方でも、対策は一応取ってるからね」
本当に? と言わんばかりの表情で無理をしていないかと探るような眼の萩原。
そーかよ、と呟きながらも全然納得していなさそうな松田。
そんな彼らを前に眉を下げて、結加理は苦く笑った。
研究室の方についての印象はいまいちのようだ。もしかすると彼等からすれば「そもそもそんな主張する奴をのさばらせるな」という考えもあるのかもしれない。しかし現時点では言いたい放題にさせていないだけマシなのである。
話題を変えるため結加理は小さく肩を竦めて二人から顔を逸らし、伊達、諸伏、降谷の順にそれぞれ視線を向けた。
「萩と松田くんにはね、とりあえず週に一度は生存報告メールをしてるんだ。あと、まあ、もう位置情報とかも共有した方が良いのかな? って最近は思い始めてる」
「あー、実は俺も少し思ってた」
「同じく」
複雑極まりない、と言ったような顔をした結加理に同意を示す二人。
今までの話を聞いて、行き過ぎた思考だ、大袈裟だ、などとは口が裂けても言えやしない。むしろ妥当だと思うくらいには事態が切迫している。
「さっきも言ったのはそういうこと。生存確認って言うか、ココを気にかけてくれるお巡りさんが増えれば、その存在自体が抑止力にもなってくれるはずだから」
「それは、そうだとは思いますが……この場に居るのは男性ばかりです。その、フォークへの警戒とは別な面での警戒も、忘れないでもらいたいのですが」
心配を滲ませ眉を寄せた伊達の言葉は尤もだ。軽く頷いて結加理はチラリと萩原と松田に視線を向ける。様々な面から見て進言してくれるというのもありがたいことだ。
「それは勿論。基本的に萩ちゃんと松田くんが居ない時は誰も上がらせてないよ。あと、これからもそのつもり」
「あー、班長、その辺は先輩しっかりしてるから」
「そうか」
この半日で独特な信頼関係を見せてきた萩原が言うならば、これ以上釘を刺さなくとも良さそうか、と伊達は素直に引き下がる。
「それに頼る人もちゃんと選んでるからね。これを君たちに言うのもどうかとは思うけど、警察官だからって無条件に信頼もしていないし」
「えっ」
この発言には降谷も諸伏も目を丸くする。言っていることが矛盾してはいまいか。そう考えはしたものの、次に続いた言葉で霧散する。
「警察も一枚岩じゃないし、その人によるっていうのは分かってるからね」
要は、誰であってもどのような肩書きを持っていても、信用に足ると思えなければ警戒は解かない、ということだ。言外の含みを察して降谷たちは神妙に頷く。
そして、若干の不穏さを感じられる発言に反応するのは萩原と思いきや、意外にも口を開いたのは松田の方だった。細められた瞳に剣呑さが見え隠れしている。
「……また何かあったのか」
「まあ、最近じゃなくてちょっと昔の話だけどね。でもそれも未遂だよ未遂」
「いやその言い方は既に何かあったヤツだろ」
「んー、本当に大丈夫だったから気にしないで」
応えながら結加理は小さく手を横に振った。鋭い眼差しを受けてこの話題を早々に終わらせることにしたのだ。
警察なんてクソ食らえ。事あるごとに松田がそう言っていたことを思いだし彼女は小さく息を吐く。警察に対し良い思いを抱いていないながらも警察官になろうとしている彼の中で、琴線のどこかに引っかかってしまう言葉だったのだろう。
「とにかく、私は萩ちゃんたちと降谷くんたちが偶に来てくれることで防犯面の向上が図れて、降谷くんはついでにご飯を食べていける……ってことでwin-winにならない?」
「本当に、今日出会ったばかりの僕たちをそこまで信用していいんですか?」
「さっきも言ったでしょ。萩ちゃんがこの場に連れてくるくらい信頼してる友人なんだから、って」
最後の念押しのような降谷からの問い。それに軽く肩を竦めて結加理は先程と似たような言葉を紡いだ。
萩原の人を見る目が優れていることや洞察力がずば抜けていることは身に染みて知っているのだ。
「だからさ、これから先、頼んだよ。未来のお巡りさんたち」
そうして彼女は小さく笑う。この部屋に招かれた当初に見せた屈託のない笑みとはどこか違う、無理が滲んでいる表情。そのことを出会って数時間しか経っていない降谷たちでも察せてしまうほどぎこちない笑みだった。
(お巡りさん、か……。フォークになったことで、自分でも本当に警察官になれるのか、なんて思っていたのに。この人は僕が真っ当な警察官になるって疑わないんだな)
内心で降谷は小さく呟いた。
フォークという要因で警察官への道が閉ざされはしまいか、と。心身ともに疲弊し平静を保てていなかった時に自分自身でも疑ってしまったこと。
結加理が萩原に対し信頼を寄せていることは十分に理解した。とはいえ、個々人の感情や経験から完全に信じ切るというのは難しいはずだ。何しろケーキとして実害を受け続けてきた被害者なのだから。
それでも、降谷がフォークと知ってもなお、他ならぬケーキである彼女が何の躊躇も疑いも無くその言葉を降谷にも向けるのか。
(……そうか。そう、か……)
ならば、その思いに応えなければならないな。
ぐっと下唇を噛みしめる。意識して呼吸を整えながら降谷はどうしようもない感情に襲われた。
僅かに降谷の肩が震えたのを視界に収めた伊達は、静かに結加理に視線を向ける。隠し切れない疲れを滲ませていることに気づいてしまったのだ。
ナタリーも疲労を隠そうとすることがあるが、その時の表情とよく似ていた。いや、おそらくこの場の誰もが気づいている。気づいていても指摘が出来ずにいるだけだ。
──よく考えなくとも原因などハッキリしている。
ケーキとフォークに関する事柄というのは複雑なものだ。それを説明し、理解を得るというのは中々に骨が折れるというもの。
加えて過去に実際あった出来事などに触れるたび記憶も呼び起こされてしまう。当時に抱いた恐れや緊迫感、焦燥が付随して。脳を働かせ、精神的にも負荷が掛かり、それでどうして疲れを感じずに居られる。
降谷をフォークだ、と厭ってもおかしくない立場でありながら受け入れ、アフターフォローまでやってのけた彼女。ここまで心を砕いてくれたことに感心すると同時に頭が上がらない。
自分の都合でもある、むしろ自分の安全のためだ、萩原の為だ、などと彼女は言っていた。だが、それだけではない事など誰だって察せる。
今までどれ程心無い言葉を投げつけられてきたのだろうか。萩原と松田はともかくとして、初対面の伊達たち三人へ話している最中の彼女は常に気を張っていた。少しの反応も見逃さない様にと。
だからきっと、己自身を傷つけようとした降谷の言葉にも気付き、遮ることも出来たのだと伊達は思っていた。
──あれには全く、肝が冷えたというもの。
降谷があんなことを考えていたなんて、自身を追い詰めるような思考になっていただなんて、こんな事態にでもならなければ分からなかったことだ。
予期せぬ事態に翻弄されるに至った彼女には申し訳なく思う。だが未来を考えれば考えるほど、伊達は今回の一件が起きてよかったと考えていた。
まだ出会って数カ月という仲ではあるが、降谷は伊達と共に歩む同志なのだ。友人なのだ。成績優秀な総代、真面目で正義感にあふれたこの男を、孤独感と自己嫌悪の中に身を置いたままにせず済んで良かった、と。心の底からそう思う。
そして、自分達とたった一つしか歳の違わない彼女が背負い、抱えるものの一端を知った。ここまで詳しく話してくれた。当事者でなければ知らないようなことまで。
頼んだよ、お巡りさんたち。──そう言われて何を返せる。どう応えられる。
伊達は一つしか思い浮かばなかった。
「篠原さん」
「はい」
「警察官を目指す者が警察学校で必ず学ぶことがあります。その中の一部なのですが……」
伊達は結加理に呼び掛けると深く息を吸い、姿勢を正して言葉を紡ぐ。
真剣な空気を正確に察したのか彼女の背筋も伸びる。
「誇りと使命感を持って国家と国民に奉仕し、恐れや憎しみにとらわれず、いかなる場合も人権を尊重して公正かつ親切に職務を執行し、人格を磨き能力を高めて自己の充実に努めていく。──それが我々警察官、警察官を目指す者のあるべき姿です」
幾度となく自分たちが発する文言。それを今、彼女に向けて告げた──いや宣言した意味。
降谷と諸伏はハッと顔を上げ、萩原と松田は口角を上げる。次いで納得したような、流石と言わんばかりの表情を浮かべた。
目を見開いた結加理は言葉の続きを待つ。
「今日お聞きしたことを、これから存分に活かさせていただきます」
伊達の言葉に続くように頷く松田と萩原。軽く頭を下げる降谷と諸伏。彼等の姿を順に見回して結加理の表情が和らぐ。
「──はい、是非」
こうしてケーキとフォークに関しての話に一段落がついたのだった。
■
次の休みに予定が無いなら、またおいで。
そう微笑んで扉を閉めた彼女の姿がどうにも目に焼き付いていて、降谷は困ったように眉を下げながら目を細めた。
手元には手作りの焼き菓子が入った紙袋。中身はドライフルーとクルミのパウンドケーキと抹茶のパウンドケーキがそれぞれ丸ごと一本ずつ、スコーン、チョコチップクッキー、甘くないチェダーチーズクッキーだ。
ちょうど作ったばかりだったから、と結加理が持たせてくれたものである。焼き菓子ならある程度は日持ちするだろう、と。
来たときはまだ明るかった空が深く暗い夜の色に染まっている。
怒涛のように過ぎた数時間。まだどこか現実味を感じられずにいるそんな降谷の耳に、最後にマンションから出てきた萩原の静かな声が滑り込んできた。
「……なあ、歩きはそのまま、目だけで左を見てくんねぇ?」
降谷と同様、伊達と諸伏も耳にその声が届いたらしい。一瞬動きを止めそうになりながらも言葉通り視線だけを左方向へと向ける。
(──なんだ? マンションの斜め向かいの路地に……人? 女性がこんな時間に何を……)
今しがた出てきたばかりのマンションの様子をコソコソと窺う人影。
いち早くそれに気付き、チッと舌打ちしたのは松田だった。萩原が何を言いたいのか正確に察したのだ。夜中に女性が一人、隠れるように暗がりに居るなんてどう考えても普通ではない。
「あれ、さっきインターフォン鳴らした人。そんでフォーク。見覚えあるから確かだと思うぜ」
静かだがどこか冷ややかで張り詰めた声色。──背中にゾッとしたものを感じて、松田以外の三人は思わず萩原の方へと振り返った。
「「っ!」」
「おい、そりゃ」
「……どっか引っかかると思ったらそれだったか。俺も見たことあるヤツだな」
「ご丁寧にも印象に残りにくいベージュなんて色を選んできてるしさ、まあ黒だろうなって思ってさ」
ガシガシと後ろ頭を乱暴に掻いて松田は顔を歪めた。どこかで見た顔だとは思いはしたものの、先程の一瞬では脳内で検索しても合致しなかったのだ。
結加理が折れて自身を支援するのを待って居る輩の一人。
既に萩原も松田も間に入るなどして大事にしたため、警察の厳重注意を受けている女性のフォーク。ただの付きまといは犯罪に問えない。傷害や窃盗などの実害が出ない限り警察は動けない。それを知っていて付きまとっているのだ。
「ケーキが女性で、フォークも女性だとさ、フォークの方が『友人だ!』って言い張ることが多くて。アレもそのパターン。決定的な傷害とか窃盗とかしてねぇからまだ逮捕されてねぇ、ってか出来ねぇの」
「アイツ見るようになったの、確か一年くらい前じゃ……オイまさか、あれからずっとか?」
「そのまさかだぜ松田」
「……随分ご執心じゃねーかよ」
恐るべき執念深さ。感情を押し殺した萩原の返答に、松田の頬が引き攣る。
数分前まで居た場所を、部屋の主を、探るように見張るように潜んでいる輩がすぐそこに居るとは。
いくら説明や体験談などを聞いたとして、それだけでは未だ身近な問題として捉えきれずにいた。実感が無かった。それが今、数メートル先にケーキを付け狙うフォークが存在している。一気に現実を突き付けられたような心地だった。緊迫した空気が肌を刺すような錯覚。
「……って、通報は!?」
「もうしてるぜ」
先程モニター越しに対峙した後、萩原が一度席を外したのはそのためだ。
思わず声を上げた諸伏は簡潔な返答にひとまず胸をなでおろす。
「当事者じゃないとあんま実感わかないモンだろうけど……やっぱ身近に潜んでんだよ色々。だからこれから先、俺がどうにも動けない時に頼れる先を増やしたかったんだ。ま、予想外はあったけどな」
「萩原……」
「今の制限が多い生活もそうだけど、警察官として働き始めたら別な意味でも自由利かないだろうしさ。悪ぃけど、そん時は力になってやってほしいんだ」
口をへの字にして深く息を吐いた萩原が言いたいことを正確に察して誰もが苦い顔をする。
何しろ東都の事件発生率は高い。通常よりも被害者になる可能性がある彼女が頼れる人物を増やしておくに越したことはない、といったところだろう。
洗面所で精神面を整えている最中の降谷に対して松田が告げた事とそう変わらない。
「頼むぜ、お前ら」
「ああ」
そう友人へと頼む萩原の眉が、困ったように、悔し気に若干下がっている。その表情が先程の彼女とどことなく似ていた。
諸伏はそんな萩原へと視線を向けた後、僅かに目を伏せる。
この数時間の間に諸伏は何度やるせない思いに駆られたことか。そして何度彼女の言葉に背を押され、救われたことか。きっとそれは諸伏だけでは無い。当の降谷は尚更だろう。
(ゼロの事もあるし、可能な限り力にならないと……いや、義務からじゃなくてオレもあの人の力になりたい)
不安定だった親友を宥め落ち着かせ、この先のあらゆる可能性を示してくれた人。ケーキであるにもかかわらず降谷をフォークだからと否定せずに一人間として見てくれた人なのだ。
諸伏が結加理に対してそう考えるのは自然なことだった。
(……それにしても、フォークによる傷害事件、殺人事件。そしてフォークの加害性をカモフラージュとして利用してくることもある、か……)
フォークによるケーキの惨殺事件は残念なことに無くならない。
そして、フォークによる事件であるかのように見立てられ、真相が別に隠されている場合も少なくない。
──長野夫婦惨殺事件。
諸伏に暗い影を落とすこの事件もまた、一時はフォークによる犯行だと思われていた。しかし割と早い段階で食人衝動に駆られたフォークによる犯行ではないと結論付けられた。
犠牲者の二人がケーキでは無かったこと、遺体に外傷はあれど欠損が無かったこと、そもそも二人がケーキでは無かったこと、などから捜査の方向が切り換えられたのだ。
今回様々な話が繰り広げられていった中で、この事件が諸伏の頭を過ぎらなかったわけがない。
少し踏み込んだ話を、彼女の見解を聞いてみたいという考えも当然ながら頭をよぎった。ただ、悩み惑っていた幼馴染の手前、聞けずに居ただけであって。
もし機会があるならば聞いてみても良いだろうか。──そんなことを考える諸伏のすぐ傍へと、まさにその過去が炎を伴って迫ろうとしていることなど知る由もなかった。
2023/10/4/
やっとここまで来たな、って感じ。
ケーキバースの番外を書き始めたの五月なのにまだ終わらない……。
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