一杯ずつのカクテル。その後に用意されていた飲み物は麦茶か烏龍茶だった。
シェイカーで作るカクテルと言うのは基本度数が高いものが多い。それ故の配慮でもあるのだろう。とても健全である。
「はい、萩ちゃんリクエストの炊き込みご飯とニラ玉ね」
「おお! 今回のご飯の具は?」
「キノコと人参と筍と油揚げ」
「既に美味しそうっ」
「筍の旬は過ぎてるから水煮のだけど」
「……もう少し時期が早ければ、もしかして、美味しいタケノコご飯が食べられてた……?」
「うん。残念だったね」
「ううううぅ……」
ご飯茶碗に盛られた炊き込みご飯に目を輝かせ、次いで無念極まりないと言わんばかりの呻き声を上げた萩原が眉を下げる。
そんな彼に構うことなく、隣で黙々と食べていた松田は受け取った炊き込みご飯を口に運んだ。──そして箸が止まらなくなった。出汁と醤油の加減、そして具材の旨味が非常にいい塩梅なのだ。所々に交じっている焦げとまではいかない味が濃い部分も香ばしくて美味い。あっという間に茶碗一膳が空になった。
「……あのさ、えっと、萩ちゃん?」
「何?」
「その、皆あんまり話しないで、ってかほぼ無言で食べてるけど……大丈夫? 無理して食べてない?」
「ん、ふっ……はは! 大丈夫だよ先輩、コイツ等食べるのに夢中になってるだけだってば」
「そう?」
「うん、そうそう」
本当か? と首を傾げる結加理に笑って、萩原は炊き込みご飯を口に運んだ。
他の四人については今しがた告げたとおりである。食べることに集中してしまって口数が減っているのだ。料理を提供している結加理からしてみればそんな大げさなものは出してないのに、といったところだろう。
美味しいものを食べている最中に口数が減るというのは稀なことではない。相変わらず先輩は美味しいものしか作らないなぁ、としみじみ思った萩原は、自身がリクエストしたニラ玉に口をつけて目を輝かせるのだった。
成人男性五人。その食べる量はそれなりどころかかなりのもの。彼等に出している料理は洒落たもの、凝ったものではなく一般的な家庭料理だ。お通し的なものとして珍しいものは出したがそれだけである。
ピーマンの肉詰め、ごぼうと蓮根のきんぴら、揚げ茄子の煮びたし、キュウリの味噌和え、卵焼きは出汁と砂糖の二種類を。
豚の角煮の他に、彼等の反応が凄まじく良かったのは唐揚げだった。塩、柚子胡椒、醤油、甘酢だれを絡めたもの、それに新鮮なキャベツの千切りを添えただけであるが。揚げだした瞬間に歓声が上がったほどである。
なお、初めに出した分のキャベツはあっという間に消え、慌てて追加のキャベツを出したのは余談だ。おそらくは甘酢だれの効果だろう。
胃に重いメニューが立て続けになってしまうか? と結加理は考えていたのだが、彼等には全く関係ないようだった。恐るべし食欲と胃袋。
──ちなみに。この場を設けたのが秋であればキノコや栗や南瓜などを使った料理が。冬であれば豚汁、鍋やおでんなどの煮込み料理が提供されることになる。
とはいえ、それはまた別の話だ。
彼等の胃袋が程よく満たされた頃、あ、と思い出したように萩原は口を開いた。
「そういえば先輩、勤務先ってどの辺なの? もしかしたら来年から地域かぶるかもしれないし聞いておきたいな、って」
舌鼓を打つ中で、ふと飛び出た問いかけ。それが実は爆弾になり得るなど彼は全く考えもしなかった。
萩原としては結加理が目標通り消防署に勤務しているものだと信じて全く疑っていなかったのだ。目指していたきっかけも、理由も、知っていたが故に。
彼女が卒業してからは、忙しいだろうと遠慮して連絡があまり取れていないことも災いした。更に言うならば萩原も警察学校へと入学してからは行動に制限が掛かった。ゆえに近況などほぼ知らなかったのだ。
──だから。
「……いやぁ困ったことにさ、何かこう、色々あってね? 自分には向いてないって分かったから、消防に就職は諦めざるをえなくなってしまってね。今はフリーターなんだわ。スタントマンやってる」
「えっ」
こんな答えが返ってくるなど、全く考えても居なかったのだ。
しかも理由が理由。向いていないことが分かった、とはどういうことか。諦めざるを得ない、つまり不本意だったということだ。何があってそうなったのか。
その答えに萩原は一瞬で思い至った。至って、しまった。
何故ならば。この篠原結加理という人間が幼少期に火事によって家族を亡くしていることを、萩原は知っていたのだから。本人も炎にまかれ多少なりとも外傷を負った。そんな過去を持ちながら消防士を志した理由は深く聞いてはいないが、言葉の端々から察せられるものはある。
消火活動に携わるために必須とされるもの、最低限求められるもの。──火災という異常事態の中で動けること。
衝撃で鈍った頭でパッと思いつくのはまずそれだった。それが「諦めざるを得ない」理由だとするならば、つまり、それは──
「…………ケロッとしてるけど先輩大丈夫だったの!?」
それは、彼女の中にあるトラウマが何らかの形で刺激されたが故ではないのか。
そう、例えば、トラウマの原因となった出来事と似たような事象を目撃した、もしくは巻き込まれた、とか。
瞬時に硬い表情に変わった萩原にキョトンとしたのは当の本人である結加理である。え? などと気の抜けた声をこぼしすらしていた。手に持った蕪の甘酢漬けを座卓の真ん中に置きながら若干考えるそぶりを見せる。次いで萩原の焦燥と言葉の意味を理解したのか、言葉を濁しながらそれに答えた。
「えー、ああ、私が何か巻き込まれたわけじゃないよ? ちょっと火事に出くわしちゃって、何かこう色々「あーこりゃダメだな?」ってなっただけだから」
「ダメだな、って、それは……」
軽い調子で言ってはいるが、やはり萩原が危惧した通りの事が起きていたのではないだろうか。
皆一様に自然と箸が止まる。ただの軽い話で終わるものではないと察したためだ。美味しいものを食べておなかが膨れていく、そんな幸せな空間が一気に張り詰めた空気に様変わりしていた。
そんな空気になってしまった事に若干申し訳なさを抱きつつ、困ったように笑った結加理は続けて口を開く。手をひらひらと上下に振って軽い調子で重い空気を払うかのように。
「まあ、もう割り切れてるし、気になさんなって」
確かに気付いた当初はどうしたものかと焦ったものだ。しかし結果としては現在何とかなっている。
人間やろうと思えばどうとでもなるものだ。当然ダメな時もあるが。七転び八起き、山あり谷あり、その他諸々。人生なぞそんなものである。
これまでの結加理の人生、中々にタイミングが悪いことばかりだ。しかし昔から最悪の状態は回避出来ている。だからこそ切り替えは速かったのだ。こればかりは最早どうにもならない。慣れたくはないが。考えようによっては就職後に発覚しなくてよかった、とも言えよう。
養成所へ通う期間も終わり少しずつではあるが仕事も入るようになった。二進も三進もいかない、全く上手くいかず途方に暮れている、などという訳ではないのだ。
自身の後輩を納得と安心させられるように、結加理は言葉を選びながらもゆっくりと紡いでいく。
「だからさ、応援しててよ。未来のお巡りさん」
困ったように、それでも悲観を全く感じさせない顔で結加理は笑う。萩原は唇をグッと噛み、緩慢な動きで頷く他なかった。
□
帰路につく最中、街灯に照らされた道を歩く五人の足取りは軽快とは言えなかった。特に、萩原の歩みは鈍い。僅かに寄った眉が表情をより硬いものに見せている。それもそうだろう。親しかった相手が知らぬ間に思わぬ方向へ進んでいたのだから。
チラリと横を窺い見て、そして諸伏は目を剥いた。
街灯の明かりという限られた光源の下であるためはっきり見えたわけではない。だがその目。萩原の、初めて見る表情。浮かぶ色は一つではない。
哀しみ、焦り、寂しさ、苛立ち。入り混じった感情を持て余しているかのように諸伏には感じられた。見る者までも胸を突かれるような、その沈痛さ。
──これが、ただの身内枠の人物を思う目であるのだろうか。
認識を改めなければならない。すっかり騙された。いや、諸伏が勝手にそう断じていただけであって実際は騙すも騙されるも無いのだが。
(……いや、でも松田は
ああ言って……もしかして松田にも隠し通してたって事か? それとも気付いていて放置?)
ふと浮かんだのは松田の言葉。
──アイツ等はそんなんじゃねーよ、互いに放っとけねぇ様な相手っつーか。説明ムズいんだよ。
気づいているのか、気付いていないのか、やはり微妙なところだろう。これだけでは分からない。
友人が秘かに胸の奥にしまっていたものを覗き見てしまったようで落ち着かない。諸伏は自身を落ち着かせるように一つ深い息を吐く。そして、この件には触れないことにした。
実際抱いている想いがどうであれ、真摯に深く心を向けていることについてあれこれ邪推するというのは褒められた行為ではないのだ。それに諸伏とて藪をつついて蛇を出すような真似はしたくはない。
(……そういえば、篠原さんの名前、どこかで聞いたことがあるんだよな。どこでだろう)
諸伏が思考を逸らそうとした結果、ふと浮かんだのはずっと感じていた既視感だった。
いつ、どこで、誰に聞いたのか、もしくは見たのか、定かではない。しかし諸伏の中にどこかに引っかかりを残す名前であることは確かだった。
しばらく思い出すことは叶わず、疑問が解けるのは数カ月先になる。その折に彼が非常に驚きを露に動揺することとなるのだが、残念ながらまだ誰もそのことを知らない。
2022/10/23/
まだ爆処にスカウトされる前なので交番勤務から開始すると考えている面々。
萩原くんが何を考えているのか、想像にお任せします。その内諸伏くん以外の三人視点も書きたい。
あと降谷くんは料理を覚える時にこの人のをちょっぴり参考にしていたら良いな。
- 4 -