三本の尻尾�B

いつもの巡回ルートの最中、ふと運転席から見知った二人の姿を見止めて上原は目を瞬かせた。

「あら、諸伏警部と小鳥ちゃんじゃない」
「あ? そういやあいつ公休だったか」

大和が上原の視線の先を追えば、そこには確かに二人の姿があった。公園を後にした彼等は行き先が決まっているのか談笑しながら街中へと消えていく。
遠くに見える二人、いや正確には高明をジトリとした半眼で見やって、大和は隠そうともせずに盛大な溜息を吐いた。

「……しっかし、いつ見ても胃もたれしそうになるぜ。加減ってものを知らねぇのかあいつは」

──この光景が微笑ましく見えるのは、只人、もしくは人間寄りの者だけである。
理由は山のようにある。その中からあえて一つを選ぶなら、今しがた上原が小鳥ちゃんと呼んだ彼女を包み込む高明の妖力の濃さを上げざるを得ない。これほど気配を刷り込むようにべったりと高明の妖力が纏わりついているならば余程の鈍感な輩ではない限り彼女にちょっかいを出そうとは思わないだろう。実際、彼女に絡んでくるような妙な輩は高明と出会ってからしばらくして激減している。

純粋な妖も、妖寄りの人間も、この執着に気付かない者の方が少ないのだ。

「あれでまだお付き合いしてないのよね。少し前に会った時に聞いてびっくりしちゃった」

──そう、これで付き合っていないと言うのだから恐れ入る。

「小鳥ちゃんも諸伏警部も、気持ちが互いに向いてるってことは察してると思うんだけど……」

上原の言葉に大和は深く頷いた。それはそうだ。一心に思っている相手の感情の機微に、あの洞察力に優れた高明が気付かない訳がない。そして彼女も他者の気持ちに鈍感ではないのだから。
揃って何をもだもだしているのかは分からないが、周囲にも思い合っている二人だと認識されている。それくらいには色々と溢れ出ているのだ。

「ああ。っつーかそうじゃねぇなら高明のアレ(・・)はぶん殴ってでも止めてるっての」
「そうよね。うーん、今しか味わえない関係性を楽しんでる、とかなのかしら?」
「いや、俺に聞くな」

若干げんなりした様子で大和は脱力する。その目は据わっていた。
完全に外堀を埋めにかかっているのが開け透けて見えるというもの。

「……やっぱ、どう頑張っても俺には小鳥ちゃんが狡猾なデケェ猫に狙われてるようにしかねぇ」

彼の口から随分と可愛らしい呼称が飛び出る。上原が彼女の事を小鳥ちゃんと呼ぶせいで、うっかりつられてしまったのだ。

「敢ちゃん!」
「ありゃ文字通りマーキングと牽制だろうが」
「確かにそうとしか言えないけど……」

上原は自身の額を右手で抑えた。たとえ本当の事であっても言い方というものがある。

「小鳥ちゃんが『最近嫌な視線を感じる』『私物が消えるようになった』って私と諸伏警部に相談してきた頃から片鱗は見えていたけど、正直まさかこうなるとは思ってなかったわ……」

相談を持ちかけられた当時のことを上原は鮮明に覚えている。いや正確には、彼女から詳細を聞いた高明が目の色を変えた瞬間を、である。
あの一瞬は流石に身を引きそうになった。おそらくは無意識だったのだろうが、彼から放たれるピリピリと張り詰めた妖力に背筋がゾッとしたのだ。
上原は只人ではあるが目が良い(・・・・)。つまり視える側の人間であった。
その上原の目には高明の隣に立つ彼女の姿は若干霞んで視える。高明の妖力が外敵から限りなく彼女を隠そうとしているのだ。そしてその奥にようやく彼女自身の微々たる妖力と申し分程度の小さな黒い羽が視える程度。
しかし、他者から聞く情報とは齟齬があった。羽以外に天狗の要素が皆無と言っていいほどに視えないのだ。その事に違和を覚えて首を傾げる。そんな小さな引っ掛かりを上原の脳内から吹き飛ばしたのは、大和がぼそりと呟いた一言だった。

「……他者の匂いが混じることを良しとしなかったあいつが、自ら進んで絡めに行ってんだ。その時点で結果は見えてんだろ」

潔癖という訳ではないが、高明は自身の妖力や匂いに他者の何某が混じることをあまり好まないでいた。例外は弟のみ。
その高明が積極的に関わり、惜しむことなく自らの力を貸し、更には自身の領域に入り込むことを良しとしている。始めの頃はそれだけでも大和は驚いたものだ。

「若ぇのに厄介な奴に捕まっちまったもんだな」

高明が相手では分が悪すぎるのだ。純粋に憐れみすら覚えた。
何しろ彼女は純粋な妖や、妖の要素を強く持って生まれた側の世界についてほとんど何も分かっていない状態とも言える。高明達と違って人間寄りなのだから最早雛にも等しい。それを、これ幸いと言わんばかりに囲いにかかっているのだから。
彼女が高明を憎からず思っているのが唯一の救いか。

「そんなこと言っているけど、彼女は私より年上なのよ?」
「そうだったか?」

少しばかり呆れたような上原からの指摘を受けて大和は己の記憶を辿る。年齢に関してはぼんやりと年下という認識しかしていなかったが、思い返してみれば確かに存外歳は近かった。
彼女の背丈が上原よりも若干低い所為か、長身な高明の隣に立つ姿ばかりを見ていた所為か、実年齢よりも年下に見てしまっていたことを自覚する。
なお、誤解無きよう明記するが彼女の身長は至って平均的である。高明と大和が長身であるが故に余計そう見えてしまうだけだ。

ぐりぐりと右手で目頭を押さえた大和は無意識の内に深く溜息を吐いた。
幼馴染の恋愛事情など興味もなければ知った事でもないというのに、いつの間にか視界に入ってくる。何なら彼女と親しくしている上原からも自然と情報が入ってくる。そうでなくとも容姿はもとより醸し出す空気感によって周囲の目を引く二人なのだ。大和は胃もたれと共に胸やけも起こしそうな気分になってきている。

「まぁなんにせよ……猫ってのは気まぐれだが、こだわりが強い上に執着心が凄まじいからな」

好き嫌いがはっきりしている気分屋。この印象が強いが執念深さもまた猫の特徴の一つだ。お気に入りに関しても、恨みつらみに関しても、並々ならぬ執着心を見せる。逆に気に入らないものには一切興味を示さないが。

「触らぬコウメイになんとやら、だ。まかり間違ってもあいつの目を盗んでちょっかいかけてくる輩が出ないことを祈る他ねぇな」

いかな高明とは言え、この調子では彼女に異変ありと知れば瞬時に目の色を変えるだろう。上原が背筋を震わせた一件のように。むしろより度合いは深まろう。冷静さを失わずして強引な手段に出かねないことなど想像に難くない。
そんな大和の祈りも虚しく不穏な影が周囲に緩やかに迫ってきていた。そう遠くないうちに高明の神経が逆撫でされるような事件が勃発し、彼が地を這うような低音を落として周囲を戦慄させる未来が待ち構えていたりするのだが……今は誰もあずかり知らぬことである。



■2024/2/29/
しばらく前に彼女から「嫌な視線を感じる」「私物が無くなる」「借りている部屋が最近どことなく居心地が悪い」という相談を持ち掛けられてモヤッとしたことで自分の気持ちを自覚している。特に最後のがトドメだった。
積極的に力を貸す→妖力を込めた物をお守りとして渡す→小物だけではなく彼女が直に高明の妖力を纏うようになれば牽制にもなると→説明したら彼女からの許可を得たので遠慮という言葉が消える
……で、今に至る。
彼女の身に何かあったと知って「……は?」というド低音を発して周囲を凍り付かせる未来。大変な事件になりますが、がんばって〜!


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