はじめは混乱だった。

『それ』を失った世界は酷く不安定で、まるで生まれ立ての無力な胎児ともいえる。

胎児、つまり人間つながりで例えるならば両足を奪われた事と同様だといえるだろう。
足を奪われた人々は大きく傾き、足がいかに大事なものだったのかと改めて認識する。地べたを這い、足が無くなった事を嘆き空へと向かって手を伸ばす。
あれほど近かった空が酷く遠く、掴めそうだった雲が手の中からすり抜けてゆく。
いままで出来たこと全てが無へと帰し、これから出来た未来の図が塵へと化す。

人は叫んだ。
歩くことが出来ないことに。
人は泣いた。
走ることが出来ないことに。
人は憤った。
足を奪われたことに。
人は嘆いた。
共に人と並ぶことが出来ないことに。

負の感情は隣で這うそれへと伝染する。
次から次へとその身を焦がし、言葉一つ吐くだびに同じ感情を抱くそれを同士として飲み込む。
輪は広がり、闇夜の泉を構成し『足』を失った人々が世界を作り替えられる。
新たな世界は『嘆き』中心のものへと変貌するかと思われた。
だが忘れていないだろうか?

それらは『人』である。
足を失いながらも地を這う『手』がまだ残っている。

嘆く友、恋人、家族を眺めるも、人には知性がある。
獣のように己の本能のままに動かず、考える脳と知識があるのだ。

ちいさなそれは動いた。
まだ『手』が残っている。
『足』を失った体を支える二本の腕は酷く脆く、か弱いものだが前へと這うための力はある。

それは残された『手』で前進することを決めた。
どれだけ醜い格好で這う形になろうとも、『足』の代わりになる『手』と『知能』が残っている。
嘆くことをやめ、歯を食いしばり地を這う事に決めた。

それは闇夜の泉を照らす僅かな希望だとはこのとき誰もが気付かない。

そしてその姿は嘆く同士の目にとまり、前進する仲間が増え全てのそれが泉を抜けるまでには時間は掛からなかった。






2016.05.10

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