暑いから仕方がないね




「あーつーいー」

「そう思うのでしたら離れて下さいまし」

「断る」

全てを照りつけるような太陽が輝く暑い夏がようやく終わる。今年の夏も暑かった。何度も目にした記録的な暑さというニュースは普段から地下鉄に籠る私からすれば地獄のような情報だ。それでもなんとか乗り切り、季節は過ごしやすくなる秋になるはずだった。けれどそんな私の期待もむなしく、訪れたのはジメジメと肌にまとわりつくような暑さだけ。

「残暑って何」

「立秋を過ぎてもなお残る暑さのことでございます」

「残暑にハイドロポンプは効きますか?」

「物理的に無理です」

書類から視線をそらさずにノボリは淡々と答えていく。そんなノボリに私は後ろから抱きついているわけだが、これは端からみたらぶらさがっているようにしか見えない気がする。

「あーつーいー。ノボリのコート暑苦しい。なんかもう見てるだけで辛い」

「これはサブウェイマスターとしての正式な服装なのですから仕方ありません。それに離れればいいだけの話でしょう」

「嫌だ。ここまできたら意地でも離れない」

きゅっと抱き締める腕に力を込めて背中に顔を埋める。分厚いコートの生地が私の熱を高めていくのがわかった。意地が負けそう。やっぱりかなり暑い。

「そこまで意地になる理由がわかりません」

「暑いからだよ」

「それが理由ですか?」

「うん。だってどうせ暑いんだったらノボリにくっついてて暑いほうがいい」

そうでしょ?同意を求めるために顔をあげれば、いつの間にかノボリは書類から視線をずらし振り返っていた。マメパトが豆鉄砲を食らった顔とはこのことを言うのだろうか。へらりと笑う私と何か言いたげなノボリ。くすぐったい沈黙が流れたあとノボリはまた書類に視線を戻した。

「ノボリいつまでその書類見てるの」

「読み終わるまでです」

「さっきからずっと同じとこ見てるのに」

「暑いからではないですか」

「うん、みんな残暑が悪いね」

相変わらずノボリは書類ばかりだし、黒コートは暑苦しいし。それでもノボリはもう抱きつく私に離れろとは言わなかった。