もしもの理由




「もしも明日世界が消えちゃったらどうしようかな」

窓の外を見つめながらいきなり突拍子もないことを言うものだから全く彼女には驚かされる。研究内容だけを詰め込んでいた俺の頭の中に穴を開けるには申し分ない言葉だ。思考が追いつかないからせめて昨日のテレビの話にして欲しい。

それでも同じ部屋にいるという安心感もあって、彼女との間に沈黙をもちすぎた事を少し後悔した。研究は中途半端だけれど目標としてる期日までには何とか間に合うだろうし、今日はここまでにしよう。研究資料のデータから少し離れたソファーに座る彼女に視線を移す。先ほどの話は何事かと首を傾げれば彼女は小さく笑みをこぼした。

「もしも、だよ。そんな顔しないで」

「あんまり驚かせないでくれない?」

「うん、ごめん」

俺の反応が気に入ったのか楽しそうな彼女の謝罪は上辺だけのようだ。わざとらしく溜め息をはきだしながらも、罪悪感から自分だけの頭では想像すらしなかったもしもを考えてみる。おとぎ話のようだ。それでも絶対にありえないと言い切れる話でもない。もしも強大な悪の組織が現れたなら。その上、人の手には負えないポケモンが現れたなら。そんな夢のような話だって全て俺自身が体験した事実なのだから可能性はいくらだってある。

「ユウキならどうする?」

「とりあえず研究した事は発表しておきたいけど…」

「最後の日まで研究?」

「うん。形には残らないかもしれないけど一瞬でも誰かの記憶には残るからね」

「それは…素敵なことだね」

「それからポケモンたちに挨拶とか」

「同じ事を私も考えていたよ」

あとは、そうだな。真っ先に思いついた事が俺だけであるならばそれはそれで悔しい話だ。口にしたい気持ちを閉じ込めてまずは彼女にも同じ質問を問いかけてみる。

「君はどうするの?」

「私?私はポケモンたちとちょっと贅沢においしいものを食べてからお世話になったみんなに会いに行く」

「へえ」

「ハルカちゃんとオダマキ博士とダイゴさんと…」

「ダイゴさんのところには行かなくていい」

「どうして?」

「あの人ずるいからさ、最後だからって何されるかわかったもんじゃないよ」

「そうかなあ。いい人なのに」

「君の前だとね」

最後の日くらい、いいじゃないか。心のどこかではそう思っているのに、結局はそれすらも許せない自分がいる。彼女の事になるとこんなにも心が狭い。彼女の時間は彼女のものだ。それがわかっていたとしても一秒だって他の誰にも渡したくないと願う。こんなにも余裕がないなんてさすがに彼女には話せないけれど。

「それで、そう。ポケモンたちに挨拶をして。思い出を語り合うのもいいかもしれない」

「ああ、それも大切だね」

「その後は…最後の最後はユウキと一緒にいる」

考えが俺だけではなかったようで一安心。それを素直に伝えてくれるあたりが何とも彼女らしい。研究資料を閉じ、机の上に置いてから彼女が座るソファーへと向かう。俺が近づいてくる事を特に気にする様子もなく、彼女はもしもの話に夢中だ。俺との話なのだから目の前の俺に視線をくれてもいいのに。自分でも呆れてしまうほど子供みたいな感情を抱く。

「でもユウキは研究で忙しそうだし私はどうしてるんだろ」

「最後の最後でしょ?君がいるならさすがに研究はやめるよ」

「研究発表はするって言ったのに?」

「それは…」

「今日はやめなかったのに」

「拗ねていたの?」

「まさか」

「…なんだ」

「そうだなあ、改まってお別れの挨拶とかしちゃうのかな」

「どうだろうね。最後までこんな感じだと思うけど」

「それもそうだね」

もしもその時が来たならば無理をしなくていい。笑っていなくてもいい。怖いと泣き叫んでいてもいい。ただ、隣にいてくれるならばそれでいい。そう考えれば彼女がここにいることがいくつもの偶然が重なった結果であることを実感した。悔しいくらい愛しくて、彼女の手を握ってみた。俺の手に沿うように握り返してくれるその力がなんだかくすぐったい。

「ねえ、ユウキ」

「うん?」

「その時はこうして手を繋いでいて欲しいな」

目を細めて彼女が嬉しそうに笑う。この笑顔のためなら世界なんてどうにでも出来るのではないかと何とも非現実的な事を考えてしまう。

「もちろん」

一度は救った世界だ。何度だって救ってみせるよ。