空からの子守唄




私が空から落ちてきたその日、ポケモンワールドトーナメントは大きな大会前のデモンストレーションを迎えていた。華々しい舞台に選ばれたのは強者が集まる中でもとびきりの強者だけの戦い、チャンピオンズトーナメントと呼ばれる大会に出場するレッドくんとグリーンさん。確かゲームでもそんな感じの名前だった、ような。ゲームではボタン一つで各々の大会がすぐに開催されていたが、ここでは決まった期間に日にちを分けて開催されているらしい。

2人はチャンピオンなんですか?と訪ねれば俺たちは違うよとさらりとすごい答えが返ってきた。チャンピオンじゃないのにチャンピオンの大会に出られるなんてとんでもなく強いのでは。私が降ってきたあと会場はざわつき混乱したが、その混乱を興奮に変えてしまうほどレッドくんは後に華麗な勝利を収めたと、これは先ほどすれ違った人の会話を盗み聞きしたものだ。もしかしなくともレッドくんはとんでもない人なのかもしれない。

私が眠っていた場所はバトルワールドトーナメントの視線の一つである救護室だったらしい。飛び出してきたときはそれどころではなかったが、格好が病衣である上にあのバトルは大々的にテレビでも報道されたらしく、飛び交う視線が恥ずかしい。それでもその視線はレッドくんを見ると逃げるように逸らされていく。私はレッドくんの後ろを隠れるように歩いているのでその表情を確認できないが多分ものすごく怖い顔をしているんじゃないだろうか。

「あ!!戻ってきた!!」

救護室に戻るとすぐにツンツン頭、グリーンさんが駆け寄ってきた。バチリと音がなるのではないかと思うほどに目が合ってしまったから、怒られる、そう思うより前にレッドくんがグリーンさんを無言で制した。

「そんな怖い顔するなレッド。これでも心配してたんだ。悪かったよ、急にあれこれ聞いちまって」

「怪我してるからその手当が先。それに今日は休んでもらう」

「わかった、わかったよ。俺はいない方がいいな。出てくからあとで俺のところにも顔だせよ」

グリーンさんが申し訳なさそうに私を見るものだから思わずすれ違いざまに頭を下げる。ちゃんと話をしなくてはいけない。そう思いながらもレッドくんの顔が怖い顔のままだったので今は黙っておくことにしよう。

「看護師さん呼んでくるから待ってて」

グリーンさんに続いて部屋を出ていこうとするレッドくんの服を咄嗟に掴んでしまう。レッドくんも驚いているようだったが、私自身も自分の行動に驚いてしまった。これではまるで駄々をこねる小さな子どもではないか。

「ちゃんと戻ってくるよ」

レッドくんはそんな小さな子どもを諭すお兄さんのようだった。ごめんなさいと呟きながら手を離した私に何かを思ったのか、レッドくんは腰のボールに手をかけた。あまり広くはない部屋に大きな体は少しばかり窮屈そうだが、ボールから現れたラプラスは私をみて2回瞬きをした。

「ラプラス、名前を頼むよ」

部屋を出ていくレッドくんの言葉に頷いたラプラスは私をじっと見つめたあと、自らの身体の傍に視線を動かす。近くに来いということなのだろうか。半信半疑で戸惑っているともう一度同じことを繰り返されたのでどうやらその意味は当たっているらしい。恐る恐る近づき、傍に腰を下ろせばラプラスはそっと顔をわたしの顔に寄せた。

「あったかい」

水タイプのポケモンは冷たいのかと思っていた。そんなことはないんだ、とても温かい。ポケモン図鑑の説明だけではわからないことが伝わる感覚がなんだか嬉しかった。

「さっきは傷の手当をしてくれてありがとう。あなたのトレーナーに迷惑をかけてごめんね」

私に出来る精一杯の優しい力でラプラスの頭を撫でると喉からはきゅうと甘えたような声が聞こえた。確かラプラスはとても頭のよいポケモンだ。私の言っている言葉も伝わっているのかもしれない。しばらくそのまま頭を撫でていると、ラプラスはゆっくりと私の手から距離を取った。離れてしまった手の温かさに寂しさを感じていると、図上からはとても優しい歌声が響く。まるで子守唄。たくさん寝たのにまだ眠るの?自分に問いかけながら目を閉じた。透き通る歌声が遠ざかっていく。