同じ歩幅と違う歩幅




いくらパンケーキを諦めたとはいえすっかり甘いものを食べる気分になっていた。だからマラサダはアマサダ一択。こればかりは白もじゃがなんと言おうと異論は認めない。

「おい」

「はい?」

「これ、いつまでこうしてんだよ」

「これ?ああ、ごめんなさい」

これというのは私がいつまでも白もじゃを掴んでいる腕の事であり、そういえばと腕を離す。勢いのまま引っ張ってきたものだから離すタイミングを忘れていた。白もじゃからすれば自分よりも小柄な女の子に腕を引っ張られていることにいい気はしないのだろう。それよりも白もじゃも年なのだろうか、いくら小走りできたとはいえ顔が真っ赤だ。ククイ博士と違って身体も大柄だし、体力を使うのかな。

「おまえまじで何とも思ってねえのかよ…」

「何の話です?」

「こっちの話だよ」

「そうですか。あ、そうだ!アマサダ持ち帰りにしてもいいですか!」

「持ち帰り?別に構わねえけど」

「ポケモンたちの分も買ってこのあと行きたかった海で食べたいんです!」

「じゃあ俺のポケモンたちもそうするわ」

「はい!ポケモンたちならきっとすぐに仲良くなりますよ!待っていてください、買ってきます!」

「いや待たねえよ。一緒に行く、つーかおまえが待ってろ」

「嫌だ」

「嫌じゃねーよ」

先ほどは引っ張り回していた白もじゃの背中を今度は私が追いかけている。あれ、意外と歩幅が大きい。普通に歩いたのでは差が出てしまう男の人の感覚に首を傾げる。歩幅を合わせてくれていたのだろうか。そうだとすれば先ほどの腕だって嫌ならすぐに振り解けばよかったのに。

「いらっしゃいませ、あ!チャンピオン!」

「アローラ」

「アローラ!ご来店ありがとうございます!」

「注文大丈夫ですか?」

「もちろんです!」

あれやこれやと考えながらここでも笑顔は忘れない。意図せずともこの笑顔を作り出せる自分がたまに怖くなる。いつかこの笑顔しか出来なくなってしまうような、この笑顔が張り付いてしまうような、見えない恐怖。それがとてつもなく怖い。

「なあ」

「は、はい!?」

「いや、後で話す」

一瞬、白もじゃがとても難しい顔をするから私の心臓は一度だけ大きく跳ねあがった。びっくりした。考え事はよしとしても考え込むと対応が出来なくなってしまうのはまだまだ甘いところだ。気をつけなくてはいけないな。何か言いかけた白もじゃの話は気になるが、とりあえず笑顔を返す。

「私の分だけ奢ってください!他は払います!」

「んなめんどくせえことやってられるかよ」

「エネココア何杯分だと思ってるんですか!」

「あのな、こういうときは素直に奢られとけ」

「大丈夫です!ほら、チャンピオンだから!給料いいんですよ!」

「チャンピオンだろうがなんだろうが今はそれ関係ねえだろ」

ポケモンたちの分は後で買いに来ればよかったと後悔する。何て図々しいことをしてしまったのだろう。せめて荷物持ちにでもなろうと試みたがそれさえも阻止されてしまった。たくさんのアマサダを軽々と持ちながら白もじゃは次の行き先を私に問いかけてくる。

「海ってすぐそこのでいいのか」

「あの、ありがとうございます」

「あ?ああ、これくらいスカル団のときに比べればなんちゃねえよ」

「みなさんお元気ですか」

「おう、たまに顔見せにくるよ」

「私のこと敵討ちでめっためたにしたい方とかいますよね、絶対」

「なんでだよ。ミヅキならともかくおまえはあいつらとバトルしたことないだろ」

「自分のボスを毎回めためたにされたら私だったら破壊光線くらいは打ち込んでます」

「おまえいつか絶対ェブッ飛ばす」

「どうぞ」

「まあでもそういう話は聞かねえよ。仮にいたとして行動に移したところでめっためたに仕返されるだろうけどな」

「加減はします」

「そりゃいいや。で?どこ行くんだよ」

「そうでした。あの、少し離れているんですけどいいですか」

「おう」

「カーラエ湾に行きたくて」

すぐそこにあるハウオリのビーチサイドでも、そう遠くないメレメレ海でもいいことにはいい。ただ、今日はせっかくの休み。なるべくなら人が少ないところに行きたかった。誰にも気を遣わなくていいところ。カーラエ湾ならば海つなぎの洞窟を通らなければならないアクセスの悪さとビーチ特有の賑やかさがない理由から立ち寄る人はそういないはずだ。あそこならば私自身も人目を気にせず、ポケモンたちも羽を伸ばしてゆっくり出来る。

「いいんじゃねえの」

「よかった!久しく行っていないから迷子になるかもしれないけど気合いが何とかしてくれます」

「道なら分かる。ほら、行くぞ」

なんだかどこかで見た光景だ。違うところといえば私の腕が白もじゃに掴まれているところだろうか。仕返しに引っ張り回されるのかと思ったが、その力は不思議なほど優しい。私だって行こうと思っていた以上だいたいの道は分かっているしそもそも自分で歩ける。端からみればいつも通りバトルに連れ回される絵にしか見えないかもしれないが、その違いはきっと私にしかわからない。白もじゃが私の腕を振り解かなかった理由は私と同じ居心地を感じていたからだとしたら、その気持ちを少し理解出来たような気がした。照れ臭いけれど嫌だとは思わない。願わくばずっとこの温かさを感じていたいと、楽しみにしていたカーラエ湾にこのままつかなければいいと不思議な気持ちを抱いた。