嘘を固めたその先に




読み通りカーラエ湾の訪問者は私たちの他にいなかった。誰かがこない限りはこの場所は私たちだけのものという単純な考えに少しだけ優越感を覚えながら、全てのボールを腕にかかえて一斉に解放する。普段は中々出来ないから私はこの瞬間が大好きだ。現れた愛しのポケモンたちはそれぞれ私に寄り添ったり、洋服を引っ張ってみたり、そして最後には一斉に隣にいる白もじゃを睨みつけた。さすが私のパートナー達、状況判断が素早い。

「随分な歓迎だな」

「これは仕方ない。普段の行いです」

「バトルしかしたことねえし無理ないとはいえ俺このまま睨み殺されるだろ」

「みんなありがとう。でも今日はバトルもしないし彼も敵じゃないの。みんなのためにアマサダも買ってくれたんだよ」

今日はチャンピオンの仕事もお休みであり、どうして白もじゃがここにいるのかの経緯を説明すればパートナー達はしぶしぶながらも鋭い視線を弱めた。アマサダも素直に受け取ってくれたことも含めて、白もじゃには悪いけれど分かってほしい。かつては敵対していた人物が隣にいれば私だって警戒する。それだけポケモンたちに慕われているという現れを嬉しくも思いながら、だからこそ白もじゃのボールから出てきたグソクムシャの鋭い視線にも理解を示せる。

「おいこら今日は違うんだよ」

「構いません。いやあお互いポケモンたちに想われていて幸せですね」

「まあ、そうだけど」

「こんにちはグソクムシャ。どうか今日は私のポケモンたちとも仲良くしてあげてね」

噛みつかれるかもしれなかった。それでも手を伸ばしたのは根拠のない自信があったからかもしれない。トレーナーが優しさを注いでいればポケモンは必ず答えてくれる。だからきっと今の白もじゃのポケモンには優しい心があるはずだ。伸ばされた私の手を不思議そうに見つめていたグソクムシャはその手に触れることなく白もじゃの背後に回った。

「ありゃ、いきなりは駄目か」

「こいつ人見知りなんだよ。噛みつかなかっただけ認めてやってくれや」

「うん、大丈夫です」

白もじゃからアマサダを受け取り、グソクムシャはもう一度私を見つめてからこの場を離れた。歓迎とまではいかずとも白もじゃの傍にいることを許してはくれるらしい。即座に私のポケモンたちがグソクムシャに近づいていたので、その積極的な面に思わず笑みが溢れた。今までは見ることが出来なかった光景だ。それはポケモンたちから見ても同じで私と白もじゃが仲良く、とまではいかなくとも隣にいることが珍しくて仕方がないのだろう。私だって未だにわからない。きっとその理由を知っているのは白もじゃだけ。

「あーーーー海が青くてよかったーー」

「たまにぶっ壊れたこというよな、おまえ」

「先にアマサダ食べていてくださいね」

買ったばかりの洋服が、という思いよりも目の前にある砂浜の誘惑の方がずっとずっと強い。海の煌めきを全身で受け止めるように砂浜に大きく寝転がった。見下されている呆れた視線も気にしない。こんなこと次はいつ出来るかわかったものじゃないのだから私にとっては最優先事項だ。鼻をくすぐる潮風も、穏やかな波音も全てが心地よかった。 このまま時が止まればいいのに、なんてドラマのようなことを考える。

「眠くなっちゃうなあ」

「食わねえのか」

「口に入れてください」

「ふざけんな」

「ですよねえ」

「おまえの分まで食っちまうぞ」

「それは駄目です」

買って貰っておいていつまでも食べないというのも失礼な話。両足でバネをつけてから起き上がる。我ながらアクティブだ。呆れた視線のままの白もじゃからお礼と共にアマサダを受け取る。こうして何も考えずに自分の時間でご飯が食べられるなんて。既に呆れられているのだ、これ以上どれだけ積み重なってもいいや。口いっぱいに頬張ればおいしさと共に幸せも広がった。

「口の周りにについてるとかのレベルじゃねえ」

「いいんれふ」

「あーあー口に入れて喋るな」

「100個食べれそう」

「そいつはよかったよ。まだあるから食えるだけ食え」

「今日はカロリーとかそんなのいいですよね。カロリーの神は私の味方ですよね」

「んな神はいねえけどおまえ普段ちゃんと飯食えてんのか」

「食べてますよ。チャンピオンにだってお昼休憩はあります」

「それならいいけどよ…」

時間は不規則ですけど。付け加える情報はいらない情報のような気がしたのでやめておいた。元よりお昼休憩も時間を決めて取れるようにククイ博士が決めてくれていたのにそれを変えたのは私自身だ。もしも、もしも私が挑戦者だったならば期待と緊張と不安と決意と言葉では表せ尽くせない感情と共に登ってきた先で待ち受けるチャンピオンがお昼休憩でした、なんてことになったらそれらの感情が少なからず削ぎ落とされてしまう。私も全力だ。それならば挑戦者にも全力で挑んで欲しい。そのためにはチャンピオンはいつでもそこにいる存在でなければ。

「なんつーか、忙しいんじゃねえのか。チャンピオン様もよ」

「うーん、四天王の皆さんがいてくれるから私の元にくる挑戦者は絞られていますし、頑張っているのはポケモンたちです」

「でもやることはバトルだけじゃねえだろ」

「誰にでもやらせて貰える仕事じゃないですから」

今まで何百回と答えてきた決められた返答、それからいつもの笑顔。たとえ相手が白もじゃであったとしても簡単に作り出せてしまった。インタビューを遡れば同じことを同じ顔で話している私を簡単に見つけることが出来そうだ。全てが嘘というわけでもない。それでも全てが本当というわけでもなかった。構わない。一番いい答えになっているのなら。

「おまえ、それやめとけ」

だから白もじゃの言葉には疑問を持つ暇もなく、一瞬で頭の中が真っ白になった。

「それだよ、その胡散臭い笑顔」

「胡散臭い……?」

「おう。作りもんにも程がある」

何を言っているの。私は何を言われているの。思考と状況が同じ位置に並ばない。おかしい。口を上げる角度がずれていたのかもしれない。目を細めるのを忘れていて不自然になっていたのかもしれない。あとは、ええと。分からない、思い出せない。張り詰めていた糸がほんの少しの痛みで切れてしまった。何とかしなくては。危機的な状況なんて今まで幾度となく潜り抜けてきたじゃないか。

「やだなあ。女の子に向かってそんなこと失礼じゃないですか」

「いやさっきアマサダ買ってるときも言おうと思ってた。おまえそれで笑ってるつもりか?」

「何を」

「おまえは」

「やめてください!!!」

張り詰めた空気の中で聞こえた波の音が冷静さを取り戻させる。やってしまった。数秒前の言葉を取り戻し、どうかこの涙を枯らしてほしい。