仕返しには戸惑いを




「あの星、ピカチュウに見えませんか?」

「どれだよ」

日が沈み、すっかり暗くなった道を歩く。目の前には建物に邪魔される事のない満点の星空が広がっており、自然豊かなアローラの特権を噛み締めた。忘れていた景色は全く新しい感動を私に与える。

「あの星とあの星を繋げて、あの星がほっぺたです」

「あーまあ、そうだな、見えなくは」

「ないですよね!?ピカチュウ座!」

まるで子供のようにはしゃぐ私に呆れる事なく、白もじゃは夜空に向かって目を細めた。横顔とわずかな沈黙が照れくさい。私の涙が止まるまで、ポケモンたちが私たちに飛び込んでくるまで白もじゃはずっと私の傍にいてくれた。ポケモンたちがすぐに駆け寄らずにいた理由もその時に理解したつもりだ。買ったばかりの洋服は砂だらけ、ポケモンたちの足跡だらけ。風邪になびく髪からは潮の香りがした。

「星を見上げるなんて久しぶりです」

「そうか」

「一日でたくさん笑って泣いてそんな日も久しぶりでした」

「これからは久しぶりにするなよ」

「はい」

また明日、いつも通りの時間に起きていつも通りの支度をしてその時に少しだけ目の腫れを隠して、私はチャンピオンとしての生活に戻る。いつか訪れる私を超える挑戦者が現れるまで毎日は繰り返されていく。不安が全て消え去るわけもなく、ましてや状況は何も変わっていない。今までならそれでよかった。

「明日のお昼、今日の分を延期した防衛戦があるんです」

「よくもまあ挑戦者も飽きねえで次から次へと来やがるな」

「それだけ目標にしてもらっているって事です」

「おまえさっきの俺の話わかってるよな」

「わかってます。もう迷惑をかけるわけにはいきませんから」

「別に迷惑だとは思っちゃいねえけど」

白もじゃの言葉を遮るように立ち止まる。そんな私を不思議そうに見つめながら白もじゃも歩を止めて私と向かい合った。今朝までの私であれば考えられない行動だ。変わらないものを変えてみたいと思った。

「迷惑を承知の上で、今日の終わりに一つワガママきいてくれませんか?」

「なんだよ改まって」

「時間は夕方にしましょう」

「あ?」

「夕方です」

「……おい、わかるように話せ」

「試合に勝った夕方に待っていますね」

「待ってるって…どこでだ。意味がわかんねえよ」

「意味がわかる事を願っているので私が明日勝つことを願っていてくださいね」

白もじゃを困らせてまでどうしてこんなことを言っているのか自分でもよくわかっていない。心の叫びを聞いてくれたから、私を認めてくれたから。理由になりそうなものはどうにもしっくりこない。

「今日はありがとうございました」

お礼と共に笑顔の一つでも浮かべるべきなのかもしれないが、それが作られたものであるなら白もじゃにはいらないと思った。未来に置いた今までにはなかった選択肢。ただの再会の約束ではない。与えられた選択肢を私が掴み、白もじゃが選んだその時はきっとまたもう一度会える。これだけ隠し通したならば白もじゃに背を向けてこのまま立ち去るべきである。十分にわかっているからこそ私はそれを実行しようとした。白もじゃが私の腕を掴んでくるまでは。

「おい待てちゃんと説明しろよ!」

「空気!空気読んでください!ここはこのまま曖昧な感じで別れるところです!ドラマを見て!学んで!」

「ざっけんな!ドラマだが何だか知らねえけど意味わかんねえまま終わらせられっかよ!」

「かっこつけた以上、意地でも教えませんからね!!」

「教えろ!」

「嫌だ!」

「嫌じゃねえ!」

「さっきまでの優しさを取り戻してください!」

「んなもんねえ!!」

「ひどい!白もじゃのくせに!」

「白も…!?てめえなあ!!」

「チェンジ!理解ある人にチェンジです!!」

「おまえが待ってるっつーのにわかんねえままじゃ会えねえだろ!!」

「なんですか!そんなに私に会いたいんですか!」

「当たり前だろ!!」

「そうですよね!!当たり前……」

「あ」

私が言葉を理解するよりも、白もじゃの全身の動きが止まる方が早かったと思う。どうしよう、こんな展開は今まで見てきたドラマにもなかった。沈黙の時間はとても長く感じた。勢いで話していたから間違えたのかもしれない。冗談にのってくれたのかもしれない。全ては憶測だから私からはもうこれ以上何も言えない。だから、腕を振り切って駆け出してしまう前に、早く白もじゃから何か話して欲しい。

「なあ」

「は、はい!?」

「夕方だよな。場所は意地でも教えねえんだな」

「はい!そうです!!」

「考えてやる」

「あ、ありがとうございます…?」

「その代わりおまえも考えろよ!!」

「……何を?」

「空気を読め!」

「ちょっと待ってほんとにわからないです」

「じゃあな、休日を邪魔して悪かった」

背中を向けて立ち去るのは先ほどまで私がするはずだった行動だ。それでも私は今白もじゃの背中を見送っていた。同じように引き止めて意味を問いただす事だって出来たはずだが、戸惑いが私の足をその場に縛り付けた。戸惑う理由は白もじゃの言葉。それよりも離された腕に僅かながら残る暖かさがなくなる事がひどく悲しい。

結局、会いたいだって、否定されないままだ。