第三話 お手入れと感謝


第三話 お手入れと感謝

「ふぅ…」
「審神者様…!!!」

重症を負った刀剣男士達のお手入れを終え、この部屋の襖を開ければこんのすけが大きな瞳いっぱい涙でうるうるさせながら飛びついてきた。胸に飛び込んできたのを受け止めたが、頭が鈍器で殴られた後のようにグラグラするし、身体も鉛のように重たいけど、こんのすけをこれ以上心配させたくなくて。残りの力を振り絞って微笑みかければ安心したかのようにこんのすけも頷いてくれた。

「審神者様がご無事で何よりでございます」
「うん、刀剣男士達もちゃんとお手入れ出来たのもこんのすけがここに来る前に説明してくれたお陰だ」
「何を仰いますか!審神者様が力を尽くしてくださったお陰です」

頭をぐりぐりと胸元に擦り付けながら誉めてくれるこんのすけを十分に堪能する。モフモフの毛並みといい、先程まであった疲労は全部吹っ飛びそうだ。

そういえば、残りの負傷していない刀剣男士達は何処に行ったのだろうか。気になり、こんのすけに所在を問えば各自部屋に戻っているそうだ。ずっと張り付いているのかと思っていたのだが、「丁重にお断りしてお部屋に戻って頂きました」と誇らしげに尻尾を振っているこんのすけ。うちのこんのすけは、本当に優秀で助かる。

暫くお互いを誉めあっていると、向かい側から足音が聞こえ始めた。ここは角部屋なのでまだ姿は見えないが、きっと心配になって様子を見に来た刀剣男士だろう。足音が近づき、角から姿を表したのは、源氏の重宝である髭切を担いで運んでくれた片割れ 膝丸だった。

「兄者はご無事だろうか」

顔を合わせた早々、自分の片割れのことを聞いてくるあたり流石二振一具と言ったところか。

「はい、皆さん今は眠っておられますので静かにおねがいしますね」
「ああ、心得ている。…それより、大丈夫か…?」
「え?何がですか?」

膝丸が意外にも普通に会話してくれていることに驚いていたが、当の本人は眉間に皺を寄せながら意味の分からないことを聞いてくる。また目眩が襲ってきているので、早々に話を打ち切って休みたいし、自分自身会話が出来ているのか分かっていないのに更に理解出来ないことを言われたので自然と自分の眉間にも皺がよってしまった。

失礼かな、と思うが生憎目眩も酷くなってきているのでそんな事に構っていられない。早く話終わらないかなぁ。

「顔色が良くないぞ」
「そうですか?確かに、目眩は…」

しますけど。…そう伝えたかったが、言葉の先は口から出てこずに視界が暗闇に包まれてしまった。





まるで浜辺の波に全身を浸けているような、心地好い揺れが包んでいる。目を徐々に開けていけば自分の見知った顔が飛び込んできた。毎日鏡越しで見ている顔なので、驚きはしないが頭がまだふわふわするから寝惚け眼で見てしまうのは許して欲しい。

「起きたか?」

少し低い声で、だけども自分と同じ顔の人物に声を掛けられ。この人が刀剣男士が存在する世界の自分なのかと妙に冷静に納得してしまった。髪の毛が短いのがその証拠だ。少し首を傾ければ、自分の長い髪が見えたので今は元いた世界の自分の姿にこちらは戻っているのだろう。

「ここは…?」
「ああ、ここは俺達の意識の中だ。憶測でしかないけどな」
「だから話が出来るのか」

手伝われなから身体を起き上がらせれば、次に目の前に広がるのは一面に広がる白。果てしなく、先はあるのか分からなくなってしまうような程、白色しかない世界が広がっていた。その規模に呆然としていると、彼は横に腰掛けて同じように先の見えない白を見ながら話し始めてくれた。

「お前が来てから、俺はこっちに来たみたいなんだ」
「そっか。なんか身体乗っ取ったみたいですっごい申し訳ないんだけど…」
「いきなりだったんだから、しょうがないだろ。ほら。あっちの機械に座るとお前が見ている物が見えるんだ」

指さされた方に向けば、大きなマッサージ機のようなイスが置いてある。あれが自分と彼を精神的に繋がれる機械なのかもしれない。憶測でしかないけど、きっと彼もそう考えているに違いない。

「それに、欲しいものを思えば勝手に出てくるから」

ぽんっと弾けるような音がしたかと思えば、目の前に炬燵が現れるし、もれなく美味しそうな蜜柑とお茶までご用意されている。驚いていると、炬燵に促され二人で妙な場所で寛ぐ事になってしまった。傍から見たら、双子の兄妹が変な場所でまったりしているようにしか見えないが見れる人も居ないだろう。

「意外と悠々自適に過ごさせてもらってるよ。ゲームも出来るし、今まで一人だったから何も寂しいことも無いし」
「そのコメントしずらい内容やめてよ…怒ってたりしなかったから私としては安心したけどさ」
「何で自分自身に怒るんだよ」

笑いながら言われれば確かにと思ってしまう。逆の立場だったら、自分も寧ろラッキーぐらいにしか思わないと思うし、私達はそういう性格なのだから。

「意識が共有出来るってことは、そっちが出てくることも出来るんじゃない?」
「それは面倒だから嫌だな。やった事ないから分からないけど。俺はこっちで傍観者でいたい」
「あー、私もこっちに来たくなって来ちゃったじゃんか。狡いぞ〜!」

ただただ、他愛のない話をする。意思の共有が出来ているのであればきっと悩みも何もかも筒抜けだと思うし、今考えている事も同じだと思うから。
話し始めてから暫く。眠気が襲ってきて、うつらうつらしていると彼は苦笑しながら頭を撫でてくれた。更に眠気襲ってくるからやめて欲しいのに。

「どう来れるか分からんが、俺は見守っておくから。ひとりじゃないから、また会えるのを楽しみにしてるな。死ぬのも生きるのも一緒だから、お前の思うように全力でやってこいよ」
「んぅ…また…くる…から…」
「ははっ、楽しみに待ってる」




覚醒するのは本日二度目。今回目の前に飛び込んできたのは、ピンクの髪をした刀剣男士だった。

「あっ!起きた!薬研ー!」
「…うるせぇ」

大きな声で叫ぶのは構わないけど、こっちは寝起きなんだぞ。ついつい先程の言葉を呟けば、次はバタバタと足音が聞こえてくる。

「あっ、ごめんごめんっ!」

思いの外、低い声で唸ってしまったみたいだ。咄嗟にピンク髪の刀剣男子、乱藤四郎が謝ってくれるが発言的に謝るのはこっちだと思うんだ。神様にまた、失礼な物言いをしてしまった自分に溜息を付きたくなってしまう。
勢いよく襖が開いたかと思えば、そこにいたのは薬研藤四郎、膝丸、一期一振だった。

「おいっ、旦那大丈夫なのか!?」

三人とも物凄い形相で駆け寄ってきた。驚いてしまって、引き気味になってしまったのは悪くないと思うんだ。

「急に倒れたから心配したのだぞ」

膝丸の一言で大体の状況は察せれた。あの後、膝丸の目の前で倒れてしまったのだろう。神様の目の前で、しかも介抱させてしまうとは祟られても文句は言えまい。

「すみません……」
「二日も意識を取り戻されなかったので、皆心配しておりますぞ」

一期一振までも心配してくれてたのか。初対面の時とは大違いな対応に内心驚いていると、その様子が顔に出てしまっていたのか一期一振は姿勢を正して頭を下げてきた。

「一期一振様!??」
「この度は弟を助けて下さり感謝致します。折れはしないと言っても重症が半年程続いていた状態でしたので、本当に助かりました」
「ちょっ!頭あけてください…!さすがに神格をお持ちの方に頭を下げさすなんて…、」
「僕も、ありがとう…!助けてくれて」
「俺っちの兄妹を助けてくれてありがとな、旦那」
「源氏の重宝として、感謝する」
「うわあああ!!みんな頭下げないで……!誰か助けて!」

全員が頭を下げたその瞬間、間延びした声が響いた。

「あれ?面白い事になってるねぇ」
「兄者!」

膝丸に呼ばれたその人は、膝丸の片割れである源氏の重宝 髭切だった。ふわふわとした髪を揺らしながらこちらに近づいてくる髭切に膝丸が困惑したように、「何故此方に?」と問う。

「弟が居ないから探しに来たんだよ。それよりお前、何してたんだい?」
「兄者を助けて頂いたのでな。源氏の重宝としてお礼を申していたのだ」
「ふふっ、僕からもお礼を言うよ。ありがとう。君が居ないと弟を更に心配させてしまう所だったよ」

頭はさげなかったが、髭切からも感謝の言葉を頂くだなんて恐れ多いにも程があるだろう。頭を下げてこなかった所を見ると困り果てた自分を見越してだろうが、そういったところも流石惣領の器がある刀だ。

「いえ、俺が勝手にやったことですし皆様姿勢を崩してください。俺は只の人間ですから…。それはそうと、乱藤四郎様、髭切様お身体の調子は如何ですか…?」
「絶好調だよ!」
「うん、僕も元気だよ」
「それは良かったです」
「君の霊力、すっごい綺麗で澄んでて僕初めてこんな霊力貰っちゃった!」
「悪事を企んでいたりする者だったら、あんなに澄んだ霊力は出せないからね。企んでたらスパスパ斬っちゃえばいいし」
「あ、兄者!!?」

物騒なことを言った髭切は膝丸に任しておくとして、そんなに誉められると悪い気はしない。一期一振の方を向けば、頷き微笑まれた。顔が整っている者ばかりなので中々に微笑まれたりすると破壊力が凄い。男なのにキュンとしてしまう。

「私も、乱が起きた後に貴方の事を聞いて誤解していました」
「いえ、いきなり来てああいったことを言った自分に責任があります。皆さんがあんな状態の中来てしまった人間ですし警戒して当たり前です」
「ですが…っ」
「一期一振様、皆様も。お気になさらないでください。私としてはそちらの方が嬉しいです」
「っ…誤解している者もおります。こちらで何とか説得はしてみましたが…」
「そこまでして頂けたのですか。そのお気持ちだけで私はありがたいです」
「陸奥守や和泉守、同田貫辺りは俺っち達じゃあどうにもならなくってな」
「あの辺は頭が固いから困っちゃうよね!」

ぷりぷりと怒りながら乱が言うが、初めてあった時に一番気になった人物の名前が上がらず問題の人物を話題に出してみれば皆一様に表情を暗くしてしまった。

「あの、小狐丸様は…?」
「小狐丸殿は…」
「閉じ込めているんだよね、草丸?」
「膝丸だ!兄者!」
「閉じ込めている?」

髭切の問題発言に、代わりに膝丸が「うむ」と言いずらそうにしながらこちらを見やってくれる。

「貴殿が倒れた後に、手入れを終えた兄者や男子達が説明してくれた。悪い奴ではないとな。納得していない者も確かに居たが急に小狐丸が暴れ始めたのだ。人間風情に絆されたのか、と。岩融や蜻蛉切など大柄な者が捕らえてくれたのだが説得も聞かず暴れ回ってしまったのだ」
「それで、三日月さんがこのままでは小狐丸さんが本丸を壊してしまうかもしれないからって刀解部屋に封をして隔離したの」
「一目見た時、小狐丸様が一番瘴気が強かったんです。それに背中に何が取り付いている感じでした」
「石切丸殿も仰っておりました。瘴気が蔓延している時は分からなかったけど、と」
「もしかして、小狐丸様が前の審神者に一番…」

「お主は何処まで知っておる?」

言いかけた時、新たな刀剣男士の声が響き渡った。入口の方を見れば、お茶を乗せたお盆を持った三日月宗近と茶菓子を乗せた鶯丸がこちらを見つめ立っていた。

「はっはっはっ、そう畏まるでない」
「茶でもどうだ。歌仙から茶請けを持って行ってくれと頼まれたんだ。」

遠慮無しに入ってくる辺り、流石平安刀といったところか。二人が新たに話の和に加わってきて、更に歌仙兼定に茶請けを頼まれたということは自分が起きているのは刀剣男士に話が渡っているはずだ。このまま増えてしまったら流石に部屋に入り切らないかもしれない。

「心配するな。皆、お主を心配しておったがこれ以上は来んさ」
「ああ、今頃燭台切辺りが止めているだろう」
「そうなんですね、ありがとうございます」

燭台切光忠。今度会った時にはお礼を言っておかなくてはいけないな。乱が茶請けを配り、皆にお茶が行き渡った所で三日月が優しい口調で問うてきた。

「それはそうと、お主は何処まで知っておる?」
「全部ではありませんが、前任の審神者がした事はある程度こんのすけから聞いています」
「そうか、なら話は早い。あの女子に一番懐いて、一番夜枷に呼ばれておったのは小狐丸だった」
「だから、あんなにも…」
「堕ちかけていたのだ」

三日月が茶を啜れば、今度は鶯丸が話の続きを担ってくれた。

「俺達も多少は相手をした事もある。だが、殆どは小狐丸だった。他の者は出陣も内番もこなしていたが、小狐丸は夜枷をしていた期間殆ど誰とも顔を合わせてはいない。軟禁状態に近かったが、小狐丸はそれに意を唱えることはなかった。そして、彼女が自決した時は小狐丸の目の前で自決した。
その後、主を失った俺達は溜まりに溜まった不満と小狐丸の瘴気にも当てられ、この本丸自体が瘴気で満ちてしまった。どうしてやることもできず、と言ったところだ」
「そうだったんですね…皆様もお辛いのにお話してくださって…」
「なに、俺達はさほどではない。だが、小狐丸を助けてやってはくれんか。三日月宗近…いや、この本丸にいる刀剣男士からの願いを聞き届けてやってはくれんか」

三日月が改まってお願いをしてくるとは。言われなくてもそのつもりだったが、ここまで言われてしまっては断る事など出来ないではないか。

「神格をお持ちの皆様にお願いは似合いませんよ。命令でもなんでもしてくださればいいのに」
「はっはっはっ、次期審神者にそんなことはできんさ」
「審神者になるつもりで来ましたが、それは全員が認めて下さってからですよ」

こんのすけにでも話を聞いたのだろう。苦笑すれば、薬研が「少なくともここに居る連中は認めてるぜ、主」と笑顔で言ってくれた。なんとも嬉しい一言だ。
薬研に微笑み返し、三日月の綺麗でうっすら三日月が浮き出た澄んだ瞳を見つめ返す。


「小狐丸様の一件、何とか致します」




END


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