Life is ... vol.10





チリンと扉に取り付けてあるベルが鳴った。ポアロの扉を開けて入ってきた男を一瞥して手元に目を落とす。
「「いらっしゃいませ」」
案内は、梓さんがしてくれていた。よく来る常連の警察官たちに交じって入ってきた顔を僕はよく知っていた。
「今日は、初めて人連れてきたの」
「佐藤さんの同僚さんですか?」
「えぇ、以前捜査第一課で一緒に働いたことがあってね。今は別の部署にいる人なんだけど、ポアロのからすみパスタもハムサンドもおいしいって言ったら食べてみたいって言ってたから」
「久しぶりに顔合わせたらうまい店があるってひっぱってきたの佐藤だろ。俺は食べてみたいとは言ったけど、来たいとは言ってない」
「佐藤さんと松田さん仲いいですよね」
「高木さん、やきもちですか?梓さん、先に休憩はいってください」
梓さんに声をかけた。バックヤードに下がっていく彼女を見送り、三人に向き直る。松田は余計なことは言わないだろうと思うが、リスクは少ないにこしたことはない。
「安室さん!」
「安室?」
ちょうどランチタイムも一段落したタイミングだし、店内は人がいない。梓さんがバックヤードで休憩に入っても特に問題はない。それに・・・いつまでも出入り口で続ける話ではないだろうと声をかけた。
「窓際のお席へどうぞ。初めまして、安室透といいます」
「・・・松田陣平」
「松田さんと言われるんですね。ハムサンドがおすすめです」
席へ案内しながら松田の目を見て、言外に「話を合わせろ」というように笑顔を作った。松田も熱くならなければバカじゃない。一瞬の間をおいて自分の名前だけつぶやくと案内した席に向かって歩く。
「高木さんも佐藤さんと仲のいい同世代の男性の存在があったら心配ですよね」
「もう・・・安室さん、松田君とはそんなんじゃないですよ。私が好きなのは高木君ですから」
「佐藤さん!」
「ってか、二人とものろけるなら俺の前でやるな」
松田は警察学校時代の同期だ。どういうことだと詰め寄らないあたり、恐らく僕の今の仕事についてももうわかっていはずだ。
「松田君は何にするの?」
「安室さんって人のおすすめのハムサンドにする」
「僕も、ハムサンドで」
「私もハムサンドにしようかな、後、アイスコーヒーも3つお願いします」
注文を受け、ハムサンドを作りながら、松田に会うのはどのくらいぶりかと記憶に思いをはせた。数年前におきた連続爆破事件の際、観覧車に仕掛けられた爆弾を解除したという話はヒロから聞いた。爆破三秒前にならないとヒントが出ないという命がけの爆発物処理になるはずだったが、偶然が重なって爆破三秒前を待たずに解体ができたという話だった。
「先ほどの話だと佐藤さんと松田さんは以前同僚だったんですか?」
作り終えたハムサンドをそれぞれの前に置き、アイスコーヒーも同様にセットする。
「そうなんです。捜査第一課に本当に短い期間松田さん、配属されたときがあって、その時に」
「あれですよね。杯戸町ショッピングモールの観覧車に仕掛けられた爆発物を処理した後、結局爆発物処理班に戻ったんでしたよね」
「あぁ、せっかく捜査第一課に配属されたってのに、結局元に戻されたから同僚っつってもほとんど一緒に仕事はしてないけどな」
「あのときの松田君かっこよかったものね」
「・・・あれはかっこいいとかそういんじゃない。運がよかった。もう一つの爆発物を偶然見つけてくれた人がいたからであって、そうでなきゃ俺は死んでるよ」
「へぇ・・・」
偶然見つけられなかったら死んでるという松田に対して命は大事にしろ!と殴りつけたい衝動にかられた。
(今、僕は安室透でしたね)
降谷零だったら絶対に殴ってる。なんだその無茶の仕方は。他にお客もいないことだしと、水を持ってきて近くの椅子に座った。
「女だったらしんだよね、爆発物見つけたの」
「えっ、なんでそんなの知ってるんですか?確かあの事件の爆発物見つけた人って匿名電話だったんじゃ」
「あぁ、一般的にはそうなんてるんだっけ。あれもう一個の爆弾を解除したの俺のダチでさ。そいつ風邪ひいて米町総合病院にいたんだよ、あの日」
「えっ?そうなの?」
「俺もずいぶん後になって聞いた。で、女の人が具合悪そうにしてたから声かけたら、爆弾指さして、『あれ、まずくないですか?』って言われて爆発物処理班に電話したらしい」
「えっと・・・」
「つまり、非番だった俺のダチは、善意の通報者を安々と解放しちまったんだよな」
「うわぁ」
「・・・警察って案外抜けてますね」
何やってるんだ。爆発物処理班の松田のダチっていったら萩原だろう。萩原も萩原だ。一体何やってる。それに、僕も安室透として、こうして松田と話ができることを今僕は楽しんでいるが、いいのか警察の内容をこんな場所で話してもというか、松田のいたずらっぽい顔を見る限りこんな場所でもというか僕がいるから話しているのか。
「安室さん・・・それは言い返せません」
「あー、あいつ結構油断すんだよな」
「油断?」
「んー、風邪ひいてたとは言え、あいつ普段だったらそこまで安々と解放したりしねえよ。昔と違うしな」
「なんか、松田さんのお友達もずいぶんとやんちゃっぽいですね」
「あー、あいつはやんちゃってか、ちゃらかったんだよ」
言い得て妙というか・・・萩原のイメージは確かにちゃらい。まじめなのにどこかちゃらい。そして抜けている。それがあいつの良いところであり、悪いところでもあった。警察学校時代から変わらないのか。
「過去系ですか?」
「一度あいつも死にかけたから、そっから変わった」
「えっ、松田君の友だちも死にかけたの?爆発物処理班ってやっぱり命がけね」
「まあ、確かに命がけではあるけど、あいつ防護服着ないで解体作業しやがって・・・」
「それは、また、無謀ですね」
「だよなぁ、俺もそう思う・・・」
(無謀というか、バカだろう)
溜息をつきたくなるのを飲み込んで、ふとテーブルの上を見れば、皿の上にのっていたサンドイッチも付け合わせもすっかりなくなり、それぞれがアイスコーヒーを飲んでいた。
「はあ、おいしかった」
「ですねえ。安室さんのハムサンド人気の理由わかります」
「たしかにうまかったな。なぁ、安室さんだっけ?あんたシフトいつも入ってのか?」
「安室さんは、たまに突然休んだり、早退しちゃうから・・・結構レアキャラです」
「梓さん・・・」
バックヤードから戻ってきた梓さんの声に振り替えれば、いい笑顔を浮かべてた。


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