Life is ... vol.9





楓という女は、いったい何者なのか。
調べたいがそもそも名字がわからない。
『安室透です』
と名乗った返事は、『楓です』であり、名字は言わなかった女。普通、フルネームにはフルネームで返すだろ?と思うも、名前だけしか言わなかった彼女は、挨拶は終わったとばかりに梓さんと話しだす。
梓さんに聞いても、『私も名字は聞いてないですね〜』と笑っていた。
ここは喫茶店。フルネームで自己紹介する必要は確かにない。けれど相手が名乗ったら自分も名乗るのが基本ではないのか。名乗らない場合は名乗れない又は、名乗りたくない後ろ暗い理由でもあるのではないかと勘ぐってしまうのは、職業柄神経質になりすぎなのかもしれないとは思う。
こうして目の前で、梓さんとの会話を聞く限り、本当に普通の女でしかない。
ただ、気になる。なぜその行動がこんなにも気になるのか説明ができないほどに、彼女の行動の全てが気になる。
「機会があれば・・・って食べる気がない時とかに使いませんか?」
「えっ?」
「いえ・・・、本心では食べる気がないのかなと思いまして」
「えっ?楓さん、そうなんですか?」
「うーん、正直にいうなら、あんまり食べたいとは思わないかなぁ」
正直に言い過ぎだろうこの女と睨むように見てしまったのは仕方ないことだと思う。
自分が働く店のメニューを食べたいと思わないと言われたら流石に気分は良くない。
「ポアロのケーキ魅力ないですか?」
「魅力ないというか大きいから食べきれないし、勿体ないなぁって」
けれど、彼女の口から出たのは「大きい」という一言だった。
「もしかして、楓さんは、甘いものは好きだけど量は食べられないタイプとか?」
「あー、まさにそれです。好きなんです、本当に甘いもの。けど、量は少なくていいから、ケーキなんかは3回くらいに分けて食べるんですよね」
「甘いものは別腹とかには?」
「んー、ならないかなぁ。許容量はそんなに変わらない方だと思う。食べられるときもたまにあるけど、食べ過ぎたらトイレ駆け込むことになるから」
笑いながら氷が溶けて薄くなったアイスコーヒーを飲む彼女のことが、何故か気になる。笑顔で作ったものを食べて欲しい。「美味しい」と微笑む姿を眺めたい。
よく知りもしない彼女にそんな衝動を覚えたのは、まだ知り合って間もない頃だった。
彼女の第二性や、多様性は一体何なのか?初対面の人に会うとどうしてもきになるのが第二性やら諸々のバース性。彼女の場合は、ミュートのNormalだと分かってはいた。彼女はスピリットアニマルを連れていないし、彼女が目の前にいてもグレアを発したいとも思わない。それは、彼女がミュートであり、Domでないことを示していたし、Subならば、Domとしての衝動が強く起こるはずだが、それはない。つまり彼女はNormalなのだろう。
けれど・・・さっき、アンバーが彼女の肩に腰掛けたとき、彼女は一瞬アンバーを見たように思えた。気のせいなのかもしれない。勘違いかもしれない。世の中にはレイタントやヒドュンもいる。アンバーは僕のスピリットアニマルで、ミュートは見るどころかその存在は感じられないはずで・・・けれどどうしようもなく僕は彼女の惹かれるようになっていた。そう、彼女が僕ら側の人・・・願わくばガイドであればいいのにと僕が思うくらいには。


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once again