Life is ... vol.12





梓さんから見れば、他愛のないお客様との会話。けど僕にとって松田は知らない人間じゃない。この場で、【降谷零】の名前を呼ばない程度には話を合わせてはくれたが、きっとまた彼は来るんだろう。安室徹ではない、僕に会うために。
潜入捜査に入ると決まったとき、過去とは決別したつもりでも、彼らの顔を見れば懐かしさに駆られる。それだけじゃない。バーボンとして、探偵の安室透として、公安の降谷零として。3つの顔を生きる僕の生き方に誰かを巻き込むのは危険すぎる。
あの景(ヒロ)でさえ、殺された。
「なんか安室さん楽しそうでしたね」
「えっ?」
「あの佐藤さんと高木さんが連れてきてくれた人」
「松田さんですか?」
「そうそう、松田さんと話してる安室さん、ちょっと楽しそうでしたよ」
テーブルに残された皿やグラスを片付けている横で、ダスターでテーブルを拭いていた梓さんの何気ない言葉が突きささった。
ヒロや松田と警察学校で机を並べていたころは、楽しかった。国を守るんだという使命感に仲間と励むという高揚感。そういったものが僕は好きだった。今も国を守りたい気持ちは変わらない。何にもかえて守りたいものが僕にはある。だからこそ、今の生き方を選んだけれど・・・それでもあの頃ことを思い出さないわけじゃない。
松田の残したまた来るという言葉に今だってどこかで期待している。【降谷零】ではなく、安室透としてでも彼らとまた話したい。そんな風に思う心がないわけじゃないんだ。
「そうでしょうか・・・」
小さな声で弱弱しくこぼれた言葉が、誰もいない店内に消えた。
彼女と僕が会った回数はそう多くはない。事故現場で見かけたのを含めても両手の指で数えられる程度しか会ったことはない。それでも気になる。生きてきた中でこんなにも気になる人は、初めての経験。
そんな自分の中でも答えのない感情や衝動に振り回され始めていることを自覚した数日後、ベルモットに呼び出された。
「バーボン、貴方この子と番になりなさい」
唐突な言葉と同時に、ベルモットが差し出した紙には、身長、体重などといった個人の身体情報の他に写真が一枚クリップで止められていた。
「突然何を・・・ベルモット」
「ラムからの命令よ。貴方は、アルファ。この子はネームレスのオメガ。この子と番って子供を作りなさいですって」
「えぇ、そうよ」
「拒否権ってなさそうですけど・・・」
「番ってことに関してはそうなるんじゃないかしら。結構面白がってるわよ、アルファのあなたがオメガをどう扱うのかということ」
はかなげで、十人中九人は美しいというだろう金髪に青い瞳を持つ女がそこには映っていた。
けれど、それだけだ。まぁ人でなしと似たようなものかもしれないなとは思う。
「僕、人でなしのように思われてるんですかね。心外ですよそれ・・・。とりあえず、組織の要望はわかりました。・・・正直、子供を作れということについては呑めませんが、番にするくらいなら構いませんよ」
「そう?まあ、いいんじゃないかしら。ラムもとりあえず番だけは断らせるなって言っていたし、大丈夫でしょう。ちょっとこの子の取扱い困ってて、あなたが断ったらジンが番にするか、殺すかってことになりそうだったのよ」
「ジンですか。ジンでも僕でも気の毒だとは思いますけどね・・・しかし、たかがネームレス一人に、ずいぶんと気を割いてるようですが」
「そうね。たかがネームレスだけれど。ベータにまで作用するフェロモンを出すオメガなんて研究材料としてはいいじゃない?」
「それ、番にしていいんですか?」
「とりあえず、これからは番にした後のことを研究したいみたいだし。本当は妊娠したらとかその子供にはとかも研究したいマッドサイエンティストもいるけど・・・あなたの判断が子供を作らないということなのであれば、それは優先されるし・・・番持ちとしてどうなるかを研究するんじゃないかしら」
「断っておいた自分をほめたい気分ですよ。まったく、子供に関して研究したい時が来たら、番解消しますから別のアルファと番わせてくださいと伝えておいてくださいね」
組織の息のかかったオメガと番になるように命じられ、用意された部屋で初めて顔を合わせたときも、写真の時と同様に目の前のオメガに何か惹かれるものがあるわけでもなく。むしろ肩に乗っているアンバーの眉間によった三本の深い皺と・・・そんな顔をしながら花を摘までいるしぐさに笑いそうになるのを必死で耐えた。
(まあ、その気持ちはわかる。実際にかなり臭い)
アルファがオメガと番う・・・。オメガがアルファと番う。オメガを番にするのは簡単だ。ただ、頸を噛めばいいだけのこと。センチネルである僕にとってオメガのヒート中のフェロモンは大した問題ではないけれど、組織の研究対象であるオメガとその研究をする組織の人間たちの目がある中で生活をしなければならないのは、幾ばくかのストレスを感じる。
これから、自分の番とする人は、写真と寸分たがわぬオメガらしく綺麗な顔に魅惑的な身体を持っているが、それだけでも十分に魅力的な女性のオメガなのだろうが。どうにも嫌悪感が先に立つ。公安の降谷零という人間にとってはひどく危険な存在であるからかとも思うがどうにも違う。存在に対する嫌悪感とも取れる何かを感じてた。
僕には、守りたいものがある。そのためになら自分の身を犠牲にしても構わない。自分の人生すらかけている。だからこそ、目の前にいる女がオメガであるかどうかは関係なく、僕の容姿を目にし、欲情して行く様が、目を潤ませている女がひどくきもちわるい。僕の何を知っているというのか。
けれど、彼女もまた、組織の犠牲者である可能性は捨てきれない。研究対象というくらいなのだから犠牲者ではあるはずで・・・、日本人の容姿とかけ離れていても、彼女が日本人であれば、公安の保護する対象でもある。
「貴女はこの話を聞いてどう思ったのか、聞かせてもらえませんか?」
「幹部であるベルモットに誰かヒートを抑えられるアルファと番にさせてほしいと言ったのはアタシだよ」
けれど・・・どうも彼女の言葉を信じるならば(裏を取るまでは決めつけることはできないが)、彼女のは、今回の番になるということについては自分の望みということのようで。
「貴女が?」
「そうさ、アタシのヒートは組織のベータも含めて殆どのやつを無差別に襲っちまう。つまり同じところにいた奴が使いもんになんなくなる」
「ベータにまで影響のあるヒートですか?」
(さきほど、ベルモットが言っていた通りなのか)
オメガのヒートは基本アルファにしか効かない。たまにベータにも作用するというが、無差別といいう子となれば話が違う。
「そうさ。流石に幹部になってる連中には効かなかったけどね」
幹部はセンチネルが多いですからねという言葉は口にしないほうが賢明だろう。このオメガがどこまで幹部陣の第三性を把握しているのか今は判断できないのだから。
「随分と激しい性質のヒートのようですね」
「あぁ、そうだね。だからこそ、抑える必要があると思ってね。アタシもまだ殺されたくない、生きたいんだよ!」
「だから、アルファを紹介しろですか」
「番として連れてこられた男があんたみたいないい男でついてるねぇ、アタシも」
「ひとつ確認したいんですがいいですか」
「あぁ、なんだい?」
「貴女は、今、ヒート期間ですか?」
「・・・そうさ。って聞いてくるってことはあんたも当てられないタイプか」
「そのようですね。まぁ、ヒートらしいということはわかりましたけど確認しないことには確実ではありませんから。組織の命令です・・・貴女を番にはしましょう。ここで無闇に断って痛くもない腹を探られるよりはその方が僕にとってもいいんです。ただ、ひとつ初めにっきりさせたいことがあります」
「なんだい?」
「貴女がヒート期間の時に連絡してきたとしても、僕は貴女のところへこないことを選択することもあります」
ヒートを迎えている番にするオメガにこんなことをいう僕は、人でなしといわれても仕方ないと思う。彼らのヒートは本能であり、抑制薬があるとはいっても、番の協力なしにヒート期間を過ごすことはかなりの苦しさを感じるはずで・・・それをわかっていて僕は伝えている。
「あんた・・・それはアタシに一人で耐えろってことかい?」
「組織に命じられたのは番にすることだけです。貴女と子供を作れと言う命令は断りましたし、それでいいとラムからも言われていますから、貴女のヒートよりも優先したいものを優先する僕でよろしければ、貴女を番にしましょう。どうします?」
「・・・アタシは生きたいんだよ」
「えぇ、誰かと番ば命は取られないということのようですね。なので、番にはしましょう。けれど運命の番などに憧れてるような人だと優先されないと怒るでしょう。なので優先しないことをのむならばという条件の提示です。僕には貴女を番にするメリットはないんですよ。それにヒート期間、あなたを抱かなかったからといってあなたが死ぬわけじゃないですよね」
「アタシは・・・」
「番という立場は与えますよ」
それに・・・組織の目云々もあるが、この女の似合わないすっぱな話し方はどうにかならないものなのか。こういう話し方をする女が個人的に好みではないこともあり、極力傍にいたくないと感じる僕に彼女が求めるものが、もしも大切にしてくれる番のアルファを求めているのかもしれない。自分に与えることのできないものを求める相手には初めから希望は与えてはならない。
「愛してくれる番を求めるなば、他の方を当たってください」
僕を目にした途端に潤んだ目に嫌悪を感じたのは、そこにオメガの恋情を垣間見たからかもしれないとわずかな会話で思う。女のヒートに当てられるのを抑えたいのも事実だろうが、彼女はアルファに恋をしやすい。アルファに大切にされることを望んでいる気がした。そして、この女の希望が通ったのは、そういったこの女の甘ちゃんなところにベルモットが気が付き、この状況を楽しんでいるからだろう。
まったくやってくれる。
研究材料である組織のオメガ一人、番を解除され狂ったところでコマが減るわけでもない。解除され狂ったら狂ったでその時のことを研究するだけのこと。この組織の研究材料に人権等ないに等しいのだから。
「長時間悩んでもらうのも僕の時間の無駄ですね。どうします?あと五分以内で決めてください」
時計を見ながら伝えて目の前の女を観察する。どこかで会ったことがあっただろつかと考えても思い出すことができない。
唇を噛み締めて考えている姿を眺めながら腕を組んで、目を閉じた。
(抱けるか?この女を。僕は抱けるのか?)
容姿だけならいい方に入る極上の女。ハニートラップを仕掛け女を抱くことはあるから抱けるだろうと思うのに、何故かそんなことを考えていた。ふと人の気配を感じ、目を開けると目の前に女の顔があった。
「決まりましたか?」
「あっ・・・」
「番にしてくれ」
「わかりました。頸を噛みます・・・がそれ以上近づかないでください」
答えは出ていた。
この女を抱くことはない。
手を伸ばし女を引き寄せると頸に噛み付いた。一瞬香水を強くしたような花の匂いが大きく膨らんだ。意識して嗅覚含めた五感を守るシールドを厚くする。
(本当に、臭いな。・・・シールドで五感を鈍くしていてこの匂いの強さ・・・ベータであれば匂い酔いを起こしそうな気がするな・・・とこんなものか)
頸から口を離し噛み痕から目を逸らし、背中を向けた。
「アタシは、今、ヒートなんだ」
「えぇ、そのようですね。けれど先ほど言いましたよ、僕は・・・貴女を優先はしないと」
「なっ!」
「それを呑んだのは貴女です。抑制剤はお持ちでしょう?用があるので帰ります」
背を向けたまますがり付く手を払って出口へ向かう。僕に好意を抱いている女・・・オメガであることを逆手に取って番の席に座ってきた女とは金輪際関わりたくないが、彼女が組織の中でどんな存在なのかは調べなければならないだろう。研究材料と言っていたが、組織は何のためにこのオメガを研究しているのか。探れるならば探ってみようと思いながら組織が用意したマンションを出て、愛車に乗り込み、念入りに盗聴器や発信器がつけられていないか確認し終わると大きなため息が自然と溢れた。


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