Life is ... vol.2





喫茶ポアロのドアを開けると涼やかなベルの音がする。
その音を聞きながら声をかければカウンターの中から梓さんが声をかけてくれた。
「こんにちは」
「楓さん、いらっしゃいませ」
「また、来ちゃいました」
この店に通い始めてどのくらいになっただろうか。大学を卒業し、しばらくこの町を離れて戻ってきてから通いだした。もう1年くらいは通っているかもしれない、喫茶ポアロ。
梓さんはこの店の看板娘。可愛い店員さんだ。あの日、ふと記憶の中にあるポアロという喫茶店のからすみパスタを食べたいと思い、扉をたたいた。別に物理的に叩いたわけじゃないけれどそんなイメージであの日この扉の中へ足を踏み入れた。あれから1年。今では梓さんともすっかり顔なじみだと思う。
「今日は何にしますか?」
「梓さん特製からすみパスタとアイスティのストレートでお願いします」
「楓もからすみパスタお気に入りですね。少々お待ち下さい」
梓さんのからすみパスタは、この店の人気メニューの一つ。たっぷりのオイルにガーリック。誰かと待ち合わせの人かはちょっとためらうその美味しさは病みつき間違いなし。言葉と同時に差し出されたお冷を手に取った。氷が浮かぶ冷たい水を口に含むと、外の暑さに思ったよりも喉が乾いてたことを実感する。
ここでは、マスターの他に、梓さんと、イケメンの店員さんが働いてる。イケメン店員さんは、最近から働き始めたアルバイターで、上の階にある毛利探偵事務所の毛利小五郎さんの弟子らしい。
らしいというのは、私自身はアルバイターさんと言葉を交わしたことがないからだ。
そう、わたしは、アルバイターさん、名前を安室透さんというその人がこの店で働いてない時間を選んでここを訪れている。
「お待たせしました。からすみパスタです」
「おいしそう。いただきます」
フォークを手にしてパスタを口に運ぶ。
「おいしい」
今日も梓さんのパスタはおいしい。ゆっくりと少しづつ食べていると横に立ったいいことがあるというように教えてくれた。
「よかった。そういえばこの後安室さんシフト入ってるんですよ!」
「そうなんだ?」
「楓さん、まだ一度も会ってないですよね?」
「うん、会ってない」
いいことじゃない。違う。違うんだよ、梓さんという言葉を飲み込んだ。そう、会ってないんじゃなくて、会いたくないから会わないように意識してる。つまり女子高生が沢山いそうな日は遠くから中を伺ってポアロによらずに引き返している。安室透というその人に会わないに気を付けていたのも今日でおしまいかぁともう一口パスタを食べた。
あんまり会いたくはないけど、一度会ったらきっとまた会う。ここはそんな不思議な町。人との遭遇率が異常に高い米花町。
「本当にすごいイケメンなんですよ。もう、JKに大人気です」
カウンター越しに力説する梓さんこそ、綺麗で可愛い。
私は綺麗で可愛い女の子が大好きだった。
「そんなにすごいイケメンなら、これからお店にイケメンさん目当てのお客さんが増えちゃいそうですね」
「そうなんです!JKの炎上に巻き込まれないようにしなきゃっ。でも、安室さん働きだしてから結構経つのに、楓さん一度も会ってないって珍しいかも」
「そう?」
「常連さんはもう大体安室さんと一度は会ってると思います」
「私も常連さんの仲間入りなのね。うれしいなってもうそんなにシフト入ってるの?」
「そうなんですよね。結構沢山シフトも入ってくれるし、もう仕事にもすっかり慣れてる感じなんです」
「そっかぁ」
「そういえば・・・楓さんってコナン君や毛利さんとも会ったことないですよね?」
「うん。上に事務所構えてる眠りの小五郎さんでしょ?会ったことないと思う」
「皆さん、結構頻繁にいらしてるのに。改めて考えるとちょっと不思議です」
「そういわれると、私自分がレアキャラに気分になるわ」
「確かに。レアキャラっぽいかも」
笑顔で拳を握る梓さんを見ながら食べるパスタは格別においしい。
正直、どんなイケメンであっても、めんどくさいことは嫌なのだ。そして、めんどくさいことが嫌いだからこそ、毛利探偵事務所の皆さんとも顔を合わせないようにしてきた。
前世の記憶がわたしに囁いたから。面倒に巻き込まれる前に、逃げなさいと。だって、名探偵コナンの主人公であったコナン君の周辺にいたら絶対にいろんな事件に巻き込まれる気がする。すごい可愛いのは知ってるから傍にいたいけどここは我慢だと思う。それに、アルバイターで組織の幹部で公安のゼロの、トリプルフェイスとかと関わっても何か巻き込まれある気がしてならない。そういうのはできるだけ避けたいと思うのはごく普通の感性だと思う。
ただでさえめんどくさい身の上なのだ。あの人たちに助けてあげてと頼まれたことはあるけれど、どれだけ可愛くても、イケメンでも、どれだけ会ってみたくても、私はまだ死にたくない。
「梓さんも、本当に可愛いですよ」
「楓さんってすぐそういうこと言うのちょっと安室さんっぽいです」
「えっ・・・私のは本心なのに」
ごく普通の人生を送ることはすでにできてないけれど、進んで危険に巻き込まれたくは一応ないと思っている。
梓さんみたいになりたかったなと思う。彼女は、綺麗で可愛い女の子。私の理想の女の子。本心でしかないのになぁと視線を落としたら、カウンターに影がかかる瞬間だった。
「それじゃ、まるで僕の言葉は本心じゃないみたいじゃないですか」
そして、高いとも低いともいえない声が頭の上から降ってきた時、安室透と会うイベントを回避できなかったと心の中でため息をついた。
(会いたいけど、会いたくなかった)
「あっ、安室さん、おはようございます」
「梓さん、おはようございます。こちらは?」
「以前お話しした、うちの常連の楓さんです」
「あー、貴方が楓さんですか」
グギギと音がしそうなくらい重くかんじる首を捻って後ろを振り向くと神々しいまでの笑顔を浮かべた安室透が立っていた。
「はじめまして」
「安室透です。よろしくお願いしますね、楓さん」
差し出された手と顔を交互に見てから自分も右手を差し出した。
「楓です、よろしくお願いします」
よろしくしたくないけど。という枕詞はさすがにつけない。笑いたくなくても笑うことは今までもしてきたこと。笑って言葉を交わせば、アニメを見てたときにも胡散臭い笑みだと思っていたけど、改めて生でみてもやっぱり胡散臭い笑みを浮かべた綺麗な顔が目の前にある。
ただ、違うのは、生身の感触や温もりがあること。指の長いごつごつとした大きな手は、皮膚が少し硬くて、それでいて暖かかった。手が暖かい人は心が冷たいとか言った人いたけど、男性ってどちらかといえばみんな手が暖かい。この人は、どうなんだろうと、暖かさを感じる手から自分の手をやんわりと引き抜き、自分の手を見つめた。
(私の手も血が通ってる。彼の手も血が通ってる。)
たまに醒めない夢の中にいる気がする世界だけれど、周りにいる人たちはちゃんと生きている。そんなことを考えてぼうっとしていたらすっかり冷めてしまったからすみパスタ。
残すのは勿体ないからと最後のひと口を口に運ぶ。
(あっ、味がしない)
グラスに水滴のついたアイスティーをストローですすったが、やっぱり味がしなかった。
(しばらくポアロに来るのやめようかなぁ)
どうも、私は緊張しているらしい。確かにかっこいいけど・・・と、最後まで味のしないアイスティーを堪能して席を立つ。
「また、いらしてくださいね」
いつのまにかエプロンをした安室透がレジにいた。
容姿がいいと、周りがキラキラと光っているように見えるのだろうか?
ふわふわしながら安室透の周りを躍るように飛ぶ光る何かに気がつかないふりをして、私もまた笑顔を作った。
「えぇ、また来ます(梓さんの日に)」
だって、ご飯は美味しく食べたいし、梓さんを眺めたい。また来たいけど、安室透には会うのはやっぱりまだ少し気が重い。シフトが手書きじゃなきゃハッキングしてでも、時間ずらすのにと思うも、アナログなこの店のシフトは、手書きのみらしいことは以前聞いて知っていた。
なんとなくこれから何度も会うことになる気がした。
来たときには涼やかに感じたベルの音が、ひどく重たいものに感じたのは、きっとわたしの気持ちの表れだ。
(ほんと、この町に生きるって多分、きっと、めんどくさい)


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once again