サラシバ


bug05


「へへっ、驚いた? 家、分かんなかったからコイツに連れてきてもらったんだ。ポッキー買ってきたんだぜ、ほら」
 動けなくなったわたしに、コンビニのものらしきビニール袋を突き出す。
「あ、一緒に入ってるやつはオレの昼飯ね」
 友人が、ごめんね、と絞り出すように小さく言った。
「いらねぇの? せっかく持ってきてやったのに」
 不満げな顔をして、それでもすぐさま「ま、いいや」と機嫌の良さそうな顔になった。
「お前、もう帰っていいよ。学校あんだろ?」
 言われて友人は、もう一度わたしに、ごめん、と言い残して走り去った。彼はそれを見送ることもなく、わたしの横を押し通って、家に上がり込んだ。
「夢子ちゃんちってけっこう広いんだな。兄弟っているんだっけ」
 ジロジロと室内を観察し、リビングの棚に飾ってあった家族写真を手に取った。
「わ、これもしかして夢子ちゃん? 何歳ん時の? ちっせぇ〜っ」
 わたしの友人を打って泣かせた男は、随分と楽し気にしていた。
 わたしは、リビングの入り口に棒立ちになっていた。
「夢子ちゃんの部屋ってどこ? こっち?」
 いつになったら帰るのだろう、何をしたら満足して帰るのだろう。

 この人、何しに来たんだろう。

「羽宮くん」
「つーかさ、そのハネミヤクンって呼び方、もうやめねぇ? オレら付き合ってんだし。ちゃんと一虎って呼んでほしいなぁー」
 照れたように、にへへと笑う。
「……一虎くん」
 諦めて呼べば、頬を赤らめて「何?」と嬉しそうな顔をする。そして無邪気を装い、「もっかい呼んで」とリクエストした。
「一虎くん」
「なぁに、夢子ちゃん。ひひ、いいなこれ。あ、ポッキー食う?」
「いい。お腹痛いし」
 事実だ。胃の辺りがずっと鈍く痛んでいた。
「パンはオレのだけど、半分やるよ」
「……いい、お腹痛いから」
「夢子ちゃんさぁ、なんで休んだの? 風邪? 学校ダルいなら先に言ってよ、オレ、バカみたいじゃん」
「……………」
「そーだ、遊び行く? バイク出してやるよ、今日はちょっと遠乗りしてもいいし」
 眩暈がする。
 全然会話が進まない。人の話を聞く気が無いのだろうか。
「あのね」
「それともゲームする? 夢子ちゃんちってゲームあんの?」
「無いよ。一虎くん、聞いて」
「何?」
「どうしてわたしの友達を打ったの」
 一瞬、何を訊かれたか分からない、と言うような顔をした。
「……あんなん、ちょっとやっただけじゃん。いちいち大袈裟なんだよ」
「ちょっとじゃないよ、顔、腫れてた。すごく痛そうだった」
「痛くねぇよ、あんなん」
「痛いよ」
「お前、あいつじゃねぇだろ。なんで分かんだよ」
「分からなくても分かるよ。どうしてこんなことするの、ひどいことばっか……」
「ひどいことなんかしてねぇよ」
「じゃあなんで打ったの」
「あいつ叩いたのが気に入らないなら謝るよ。ごめん。これでいいだろ?」
 彼の声は荒く、顔は不愉快を顕わにしていた。
「よくないよ、どうしてわたしに謝るの」
「お前が謝れって言ったからだろ!」
 大声に反応して、心臓がギュッと締め付けられる。
「……謝れなんて言ってない。どうして打ったのって訊いてるの」
「言ったじゃんか、なんで嘘つくんだよ!」
「嘘なんてついてな」
 バチン、と左の頬に痛みが破裂したかと思うと、わたしの身体はそのまますぐ横にあった壁に叩きつけられた。
「嘘つくなよ。どうしてオレを怒らせるんだよ、オレ、こんなに夢子ちゃんのことが好きなのに」
 壁にぶつかった右肩が痛んだ。頬はビリビリとした熱を帯び始めていたし、耳鳴りもしていた。

 どうしてこんな目に合うのだろう。

「泣くなよ、泣かないでよ、夢子ちゃん」
 床に崩れたままのわたしに近付き、羽宮一虎が猫撫で声で言う。
「オレが悪かったから、泣き止んでよ」
 友人とわたしを打った手で、わたしの頭を撫で、頬を撫で、肩を摩る。
「どうしてオレの言うこと聞いてくんないんだよ、ヒドイよ」
 顔を覗き込み、無理矢理に涙を拭おうとする。
「オレ、許すよ、夢子ちゃんのこと。だからもう泣き止んでよ」
 不器用にわたしの身体を掻き抱き、顔を寄せる。
「ちゃんとオレが守るから、一生大事にするから」
 生温い肉がベタリと押し当てられた。

「大好きだよ、大好き、夢子ちゃん」



(おしまい)

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