サラシバ


3話 月の


 浪士隊は七つに分けられていて、試衛館の面々はほとんどが七隊に振り分けられた。けど、源さんと義兄さんが三隊で、あいつも何故かそこに編入されてたんだ。
 道中の寝泊まりは隊毎になっていたから、あいつの面倒は源さんと義兄さんが見なきゃならなかった。

 僕が十九だったから、あいつが来て九年。
 莫迦だし、痩せて背も低いし、声も変わらず子供っぽかったから、届は十七になっていたけど、見た目は十四、中身は四つってところだった。
 当然、隊内では「餓鬼が混ざってる」とか言われて、からかわれた。けど、義兄さんと源さんが一緒だからね、大きな喧嘩にもならず、概ね仲良くやってたみたいだよ。

 それが、大津の少し前で問題を起こした。いや、喧嘩じゃないよ。源さんが、あいつの足から血の流れるのを見つけたんだ。
 着物をまくって調べると、褌が赤く染まっていた。赤痢か何かだと疑って、義兄さんはすぐにあいつを担いで大津まで走った。僕たちは源さんから知らせを受けたんだけど、隊長の、なんて言ったかな、名前は忘れちゃったけど、なんとかって人が別行動を許してくれなくて、結局、かなり経ってからあいつのところへ行くことになったんだ。

 近藤さんはあの時、宿の手配をやらされてたから、自然一足先に着いてた。僕らが着くと、二人は難しい顔で何やら相談しているところだった。
 あいつはその脇で、布団の中に大人しく収まってた。
 顔は真っ白で血の気がなくて、天井をぼんやり眺めているようだった。平助君たちがバタバタとそこへとりついたんだけど、ああとかなんとか言うだけで、はっきりとした反応がなかった。具合が悪いっていうよりも、茫然自失って感じだった。
 実際、それは当たってたよ。
 近藤さんは皆に向き合って、話し始めた。

 医者が言うには、病気でもなんでもない、これはただの「月の障り」だって話だった。
 全員が全員、意味が分からなかったんだと思うよ。一瞬だけど、水を打ったように静かになった。

 あいつは女だったんだ。

 僕は笑いそうになったよ。だって九年もの間、誰もそれに気付かなかったんだもの。皆が皆、騙されてたんだ。

 でも考えてみれば、あいつは風呂に入る時、必ず前を隠してた。一度、湯屋へ行った時なんか新八さんにからかわれて、生えてないのを気にしてるって言ってたな。「おれのだって、いつか生えてくるんだ」って顔を真っ赤にして怒ってたっけ。てっきり、毛の方の事だとばっかり思ってたけど、あれは竿の事だったんだよ。用を足すのが下手なのも、納得がいくよね。
 完全に笑い話だけど、あいつ自身は本気で信じてたんだ。つまりさ、あいつ自身も自分に騙されてたってことだよね。

 処置のやり方は医者が教えてくれたからいいとして、問題はあいつ自身の処分だった。

 あいつの場合、身元はあってないようなものだったから、名前も出身もすでにお目溢しをもらってたし、この上に性別まで詐称があったとなっては、本人への処罰だけじゃなくて、当然、試衛館の信用にすら関わってくる。
 支度金としてもらっている五両のことも気がかりだった。返却したとしても、口の悪いやつは、金銭目的で頭数を増やしたのだと言いかねない。
 それに、近藤さんは特に、「女に刀は持たせたくねぇ」なんて渋い顔をしてた。

 診察してくれた医者にも言い含めて、赤痢だったってことにした。除隊処分にしてもらい、江戸へ返す案も出たけれど、大津の医者が気の利いた人でさ、三隊の隊長さんに「しばらく休めば問題ない」って言ってくれたものだから、少し面倒だった。
 結局、義兄さんが傍について、そのまま体調不良を言い訳に除隊を願い出る事にしたんだ。

 いつの間にか、あいつは起き上がっていて、何故か自分の手をじっと見ていた。
 近藤さんが、このように決めたからそのつもりをしろ、新しく「はる」って名前をやるから、女として暮らせ、と話すと、あいつは弾かれたように「いやだ」と言った。泣きそうな顔をしてたよ。
 あいつはしばらく近藤さんと言い合った。終いには「おれは男だ」って大声で怒鳴るもんだから、新八さんに口をふさがれた。騒ぎを聞きつけて三隊の面子が様子を見に来たけれど、それは僕が適当に言いくるめて追い返した。
 どこまで迷惑をかければ気が済むんだろうって、あの時は呆れてたけど、今なら少しは、あいつの気持ちが分かるかな。まぁ、身体はそれでもあいつの方が恵まれてたし、今だって全く、同情はしないけどね。

 長い事かかって、僕たちはあいつを説得して、宿へ帰った。
 あいつとの付き合いも、ようやくこれまでだって思って、僕は気分が良かったよ。義兄さんには悪いけど、京も近いし、あいつの事はきれいさっぱり、頭の中から追い出した。

 本当は、思い出す暇もなかったのかもしれない。
 あれから、京へ着いて、清河さんの一件があって。僕らは浪士隊から分裂したばかりで、とにかく課題は山程あったんだ。

 しばらくして、義兄さんから手紙が届いた。そこには、清河さんの一団と共に江戸へ引き上げた事、清河さんが斬られた事、浪士隊の残りが新徴組になり、義兄さんもそこに入っている事、あいつが行方知れずになった事やなんかが書いてあった。
 浪士隊に入る時に与えた脇差と着物、全てをおかみさんのところへ置いて、煙のように姿を消したんだそうだよ。
 義兄さんは手紙の中で繰り返し、皆に申し訳ないって詫びていた。そんなに謝るような事でもないのにさ。
 あいつがふいっといなくなるのは、今に始まった事じゃないし。以前、近藤さんと交わした約束も、忘れてたっておかしくはないんだ。元々、自分の事だって、すっかり忘れた状態で現れたやつなんだから。

 こちらの方でも探してはみるが、あいつの事だから一人で京へ向かっているかもしれない。義兄さんは、いかにも心配そうに書いていた。

 つくづく迷惑なやつだよ。
 こっちだって、気の休まる暇のない生活だったし、組織としてもいろんな事情を抱え始めていたし。僕は僕で労咳の症状がだいぶ出ていたしね。

 いっそ間違えて切り殺されればいいのにとさえ、思ったよ。




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