4話 汚れ仕事
義兄さんが予想した通り、あいつは京にいた。
手紙が来てから数日後、左之さんが見回りの時にあいつを見つけたんだ。相変わらず、本人は事の重大さが分かっていないようで、「おう、左之兄じゃねぇか」なんて暢気な反応をしたそうだよ。左之さんは、飯を食わせてやるから、と言って屯所にあいつを連れ帰った。
あいつは冬の終わりだというのに、素足に草履、いっちょ前に黒っぽい縦縞の長着を、尻をからげて着ていた。これも昔からだけど、寒さはあまり感じない質らしい。懐も、どうみてもスッカスカで、とてもじゃないけど江戸から京まで旅をしたように見えなかった。
女として暮らせと言われた事なんて、全く、どこかへ行ってしまったようだったよ。
そうなると、逆に丸腰でウロウロしていたのは、なんだか妙な感じだった。
近藤さんは、あいつを目の前に座らせて、なぜ黙って江戸を出たのか問いただした。あいつは言われた事が分からなかったようで、口を開けたまま首をかしげた。
「約束を忘れたのか」
そう言われて、今度は眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「黙って出るなと、あれほど言ったろう」
半ば呆れて言うと、あいつは口をとがらせて「おれは、ちゃんと言伝を頼んだ」と反論した。誰に、と訊けば「言えねぇ」と答えた。
聞いちゃいられないようなやり取りだったよ。
どうやら、あいつは幕府のお偉いさんに、うまいこと言いくるめられて、何かの用事を仰せつかったようだった。
「詳しくは話せねぇけど、おれはこの後、大阪へ行く。みんなとも会えたし、ここの用事はさっき済んでるんだ」
そう言ってた。
お前は言伝もろくにしてくれないようなやつを信用するのか、土方さんが苦虫を潰したような顔でそう言ったら、あいつはキョトンとしてた。土方さんは唸るようなため息をついた。
僕が笑いをこらえていると、その横から新八さんが、「お前は約束を守らないやつの、約束を守るのか」って訊きなおした。あいつは、ああそうか、なんて間の抜けた声を出した。
「うん、けどまぁ、おれはおれの約束を守るよ」
そう言い切ったもんだから、僕以外の全員が申し合わせたようにため息をついた。あれはまぁ、見事だったな。
近藤さんとの約束はどうなるんだって話だよね。女として生きることは、そこに含まれてなかった。大方、ただの言いつけだとでも思ってたんだろうね。
その後、食事になって、そこであいつは初めて千鶴ちゃんに会った。
珍しいものでも見るように、ずっと目で追ってた。あんまり見るもんだから、さすがにたしなめたよ。
悪ぃ、とあいつは顔を赤くして俯いてた。
箸を使う時、あいつは右の袖をまくる癖があるんだけど、その時に、肩のあたりに六寸くらいの切り傷が見えた。どうしたのか訊くと、こともなげに「斬られた」って答えた。
「道中、
追剥にでもやられたか」
近藤さんが真面目な顔で聞くと、「いや、これは頼まれ事で出た時に、橋んとこで」、そこまで言って、ああこれも言っちゃいけねぇんだ、と話を折った。
近藤さんに、屯所に泊まるよう言われて、あいつは素直に一泊した。
そして翌朝一番、近藤さんに呼び出されて、またいつだかのように、「女として生きろ」「おれは男だ」の言い合いをしてた。二人とも声が大きいからさ、その気がなくても言い合いは耳に入ってきたよ。
よくやるなぁ、なんて思っていたら、千鶴ちゃんが呼ばれて。可愛そうに、彼女は飛び上がるようにして部屋に向かった。
廊下を覗くと、千鶴ちゃんに諭されながら、赤い顔を下に向けたまま、手を引かれて歩くあいつがいた。
それからだいぶ経って、朝食の支度が整った頃にようやく、千鶴ちゃんの声が聞こえた。
「大丈夫、よく似合ってるもの」
そうやって励ましながら、あいつの手を引いているらしかった。
千鶴ちゃんが「おはるちゃんですよ」なんて、嬉しそうに、だけどほとんど無理やり引っ張り出してきたのは、女物の着物をきたあいつだった。
顔は真っ赤にのぼせていて、歯をしっかりと食いしばっていた。
ぼさぼさだった髪は、油を薄くつけて、柘植の玉かんざしで一つにすっきりとまとめてあった。白と黒の横縞の帯、鮮やかな空色に蝶が舞う小紋。白の半襟が狭く見えて、そういえば千鶴ちゃんも江戸の娘だったっけ、なんて思ったりした。彼女は自慢の作品を披露するかのように、一座を見回してた。
いいじゃねぇか、似合ってるぜ、とかなんとか、左之さんたちは囃し立てた。近藤さんも、満足そうに笑ってた。
僕としては、肩なんかいかにも痩せすぎだったし、色々と見知っているせいか、とても女の子には見えなくて、なんだか滑稽だったよ。お世辞のつもりで、馬子にも衣装だねって言ったら、千鶴ちゃんにたしなめられた。
盛り上がる一座をよそに、あいつは拳を震わせていた。何か吐き捨てるように呟いて、「勝手なこと言いやがって」とかそんなような事を震える声で唸った。それから、かんざしをさっと引き抜いて、床に叩きつけ、
「てめぇらが着りゃいいんだ」
そう怒鳴って、あいつはもと来た方へと走っていった。
千鶴ちゃんがそれを追い、僕も仕方なくその後に続いた。
あいつは、千鶴ちゃんの部屋で帯と格闘していた。脱ごうとしているらしかったけど、どういうわけか、やればやるほど締まっているようだった。
千鶴ちゃんは泣きそうな顔で、必死になってそれをなだめようとしてた。
僕は帯をほどいてやって、男物の方の着物を着せてやった。髪を直してやろうとしたら、さっと立った。借りるぜ、と言ったあいつの手には、いつの間にか千鶴ちゃんの小太刀があった。
そうじ、と呼ばれて、嫌でも一瞬、緊張が走ったよ。
あいつは僕に、髪を束ねて持つように言った。面倒だから、そうしてやったよ。
しゃっ、と擦るような音と冷たい光が目の前を通り過ぎた。それから、僕の手に、あいつの髪の束が残った。
捨てといてくれ、おれは大阪へ行く。小太刀を元に戻し、返事も待たずに、あいつはそのまま行ってしまった。
千鶴ちゃんの引き留める声が聞こえて、外で様子をうかがっていたらしい平助君や新八さんの声もそれに続いた。
足下には髪が散らばっていて。
あいつから汚れ仕事を押し付けられたようで、僕はとても不愉快だった。
あいつの知能で、隠密が務まるわけない。やれるとしたら、暗殺の実行部隊くらいだろうね。
大阪、か。
将軍様をお守りする。そういう決意だと、近藤さんはあいつについて言っていたけど、今はどうなっているんだか
。
まぁ、似たようなもんなのかな。
あいつを斬る機会は、いつ来るんだろう。
僕の頭の中はそればっかりだったよ。
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