1話 私のすきなひと
「水沼さん」
下校途中、寮へ向かう道をぼんやりと一人で歩いていたところ、急に声をかけられて振り返る。笑顔で小走りに寄ってきたのは、私と同じ制服を着た女の子。横山晶子だった。
「帰るとこでしょ? 一緒に行こう」
「うん」
私が通う私立正十字学園は全寮制。彼女はクラスが違うものの、同じ第二女子寮のルームメイトだ。入学式の一日前にようやく引っ越しを終えた私を、彼女は、今と同じような人懐こい笑顔で出迎えてくれた。彼女は、私にとって高校生活第一号のお友達。
「ねぇねぇ、今日あの人を近くで見ちゃった」
「あの人って?」
「ほら、入学式で新入生代表やってた」
「あぁ、成績トップの」
「そうそう、奥村くん」
背が高くて顔も良し、物腰柔らかく成績優秀。おおよそ非の打ち所がなさそうな、モテオーラ全開の彼を思い出す。入学式のすぐ後は、
其処此処で女子たちがそわそわしていたのをよく覚えている。横山さんもそんなうちの一人。
「昼休み、食堂にいたところを見たんだけど。やっぱりかっこよかったなぁ……。そういえば、なんかガサツな感じの男の子が一緒だったのよ。なんかすっごく意外だった」
「へぇ。見かけたんなら、声かけてみれば良かったのに」
「ムリムリムリムリ! 絶対ムリだよ! もう何話していいかわかんないし」
「いい天気ですね〜、とか。今日は春らしくて過ごしやすいですね〜、とか」
「ええ、なにそれ」
「大人の会話はまず天気からっていうじゃない」
「……そうなの?」
「だいたい、他の子もガンガン話しかけてるんでしょ? 横山さんもいってみたら?」
「いや、ほんとにムリ。だってさ、今日はお友達と二人だったみたいだけど、いつもはほとんどトリマキに囲まれてるし」
「……噂は本当だったんだね。女子に群がられる男子って、芸能人だけかと思ってました」
「奥村くんのオーラは芸能人バリだからねぇ。ところでさ」
と、横山さんは、不意にニヤッと笑って私を覗き込む。
「水沼さんはどうなの? 好きな人とか、できました?」
これだからスイーツちゃんは、とうんざりする一方で、アタマの端にとある人物が浮かぶ。
「お、その顔は」
……これだから(以下略。
「いるんだね? いるんでしょ? ねね、今ちょうど誰もいないし、教えてよ!」
「いや、いませんから」
「大丈夫だよ、私、誰にも言わないし。むしろしっかりサポートしますから!」
「だからいませんよ」
「私の知ってる人? 同じ学年? あ、もしかして先生?」
「それはないです」
「じゃ、先輩? もー、こういう時マンモス校って不便よね。ねぇ、同じクラスの人? 教えて教えて教えて〜〜〜〜っ」
何故こんなにも、女子は他人の恋バナが大好物なんであろうか。小学校も中学校もそうだった。横山さんの小学生時代は知らないけれど、きっと彼女はその頃もこうだったのだろう。
……女子って
十把一絡げに恋バナが好きなんだろうか。誰かを、好きだの嫌いだの、四の五の言い合って、キャッキャ言って、そこから何を得るのだろう。
「水沼さん、だって私は教えたよ、好きな人」
「横山さんの場合は、好きっていうより最早ファンだと思うけど」
「いやいや、私これでも結構本気でときめいてますから。私、奥村くんとお付き合いしたい! むしろ結婚したい!」
「そんな願望、改めて暴露されても困ります」
「水沼さんもときめいてるんでしょ? 共有しようよ、そのときめきを!」
「…………」
共有か。
「……誰にも言わないでよ」
「うんうん! ナイショにするね!」
「結構目立つから、多分、横山さんも知ってると思う」
「え、誰だれ?」
「あ、でもアレだよ? 私、好きって言うより、ちょっとかっこいいかなぁ〜、くらいにしか思ってないから。アグレッシブにいこう、みたいなのは無しだからね?」
「はいはい! それで誰なの? あんまりもったいつけないでよぉ」
「……ホントにナイショだからね?」
「わかってます!」
「あのね……」
秘密の共有。そうか、恋バナは、女子の結束力を強めるのね。
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