そしてさらに半年が経ち、ナルニアから戻ってきて1年が経った。
ピーターは今まで通りの代わり映えしない平和な日々を送っていた。時々アンジーを思い出しては泣いたりすることもあったが、それでもルーシーのまた会える気がするという言葉にほんの少しの希望と期待を込めて毎日を過ごしていた。
そんなピーターの最近の趣味はベンチに座ってぼーっと空を眺めることだった。ピーターも我ながら年寄り臭いとは思っていたが、それが1番気持ちが落ち着くことだった。学校の近くにある噴水前のベンチがお気に入りで、最近はそこで空を眺めていた。
その日もピーターはそのベンチへ向かっていた。快晴で、空は雲ひとつなく真っ青だった。
ベンチの近くへ行くと、誰かが座っているのが見えた。先を越されたなと思い近づくと、そこにいたのは最愛の人に似ている少女。
ピーターはもしかしてとも思ったが、変に期待して落ち込むのも嫌だったので、頭にある可能性を振り払ってその少女の前を通り過ぎた。
「座らないの?」
澄んだ声がピーターを呼び止める。ピーターの鼓動が、心臓が痛いくらい、速くなる。ゆっくり振り向くとそこにはピーターを見つめる、青いふたつの瞳。
「アンジー…?」
「あら、恋人の顔も忘れちゃった?」
そう言って笑う少女は紛れもなくアンジー。
「なん、で…?」
ピーターは混乱して動けなくなった。アンジーはベンチから立ち上がりピーターの傍まで歩いてくる。
「ただいま」
ピーターはアンジーを強く抱き締めた。痛いくらいに力を込めて。
「そんなに強く抱き締めなくても私はいなくならないわ」
「夢なんじゃないかって、怖くて」
「夢なんかじゃないわ」
アンジーはピーターの頬にちゅっと軽くキスをした。ピーターはそれでは物足りないという顔をして、確かめるように唇にキスをした。
「本当だ、温かくて柔らかい」
「ふふ、でしょう?」
「でもどうして…今までどこに?」
アンジーは「ベンチに座ってゆっくり話しましょう」と提案した。ベンチに座るとアンジーは「まずね、」と話し始めた。
「あのあと私は再び罰を受けるはずだったの。でもアスランは何も言わなかった。
私は両親を殺した罰として死んで自由になることを許されなかった。永遠に生き、永遠にナルニアのために尽くすことこそが本当の私の罰。でも、なぜだかそれが許された。
私の天使としての役目は神の心を人間に、人間の願いを神に伝えること。そしてそれとは別にアダムの息子とイブの娘がナルニアに来れるようきっかけと道を作ること。そのふたつがあった。
でも、それが必要なくなった。アダムの息子とイブの娘は立派に成長して、私なんか要らなくなってしまったの。初めから神に頼むのではなく自分たちで何とかしようと足掻くことを覚えた。この世界とあの世界の区別をつけられるようになった。
私は罰から、ナルニアから解放されたの」
「でもアンジーはすでに死んでいたから、こっちには戻ってこれなかったんじゃ…」
「最後の最後に、私は人間の願いを、ルーシーの願いをアスランに伝えたわ」
「ルーシーの?」
「"ピーターとアンジーが幸せになれますように"ですって。気づいたら私、ピーターと初めて行ったカフェにいたわ。私も、まだまだこの世界を生きていたかったから…」
そこまで言うとアンジーは黙ってしまった。代わりに、涙で顔はくしゃくしゃだったが、精一杯ピーターに笑ってみせた。
「もう、どこにも行かないでくれ」
ピーターも応えるように笑った。
「そう言えば、」
「なぁに?」
「君、両親と一緒に街を歩いてたことない?」
「それはきっと夢だわ」
「夢なんかじゃないよ」
「夢よ。だって私の両親はもうずっと前に死んでるんだから」
「じゃあ僕が見たあれはなんだったんだ?」
「それはきっと私のおままごとの様子ね」
私には両親はいませんからね。みんなが見ているのはきっと幻でしょう。