聖宮の巫女 21

© 2019 sasori_bi


「異教徒……?」

 疑問は口から零れていた。
 呟いたユージオがはっとするのと、彼が怪訝な顔をするのが同時だった。失言だったかと迷うユージオに、しかし彼は不思議そうに自分の耳元へと手を遣った。

「あ」

 そして、小さく声を零した。
 ユキシロの手がぱたぱたと自分の制服を探り出す。懐に手を突っ込み、襟元を確かめ、終いには髪まで確かめている。その後、長椅子の下を覗き込んだり足元を確かめたり、そばの机の上の荷物を落としてみたりと妙な動き――それは完全に失せ物を探す人のそれだった。
 そうして、結局目ぼしいものは見つからなかったのか、顔を上げたユキシロは神妙な顔をして、優雅に指を組んで呟く。

「……失くした」
「………………」

 ユージオはどう返事をしていいかわからず押し黙る。
 まさかあの耳飾りを失くす人間がいるとは思わなかった。……いや、ユージオも一度事故で失くしたことはあったが、あれは例外だ。日常生活を送る上で、肌身から離すことはない。眠る時ぐらいは外すかも知れないが、起きればまた真っ先に身につける。教徒であれば大概はそうだろう。

 しばらく熟考した後、ユージオは恐る恐るというように声を掛けた。

「……馴染みの礼拝堂に相談すれば、貰えると思いますが」
「知ってる。が、一つ問題がある」

 ユキシロは神妙な顔のまま、どこか神秘すらも思わせる瞳でじっとユージオを見上げている。一体何を言われるのかと構えながらユージオが待っていると。

「実を言うと、これが一度目じゃない。校内の礼拝堂からは顔も覚えられているし、次に来たら折檻だとも言われている。……おそらく脅しの類ではないようだが、君はどう思う?」
「………………」

 ユージオには何も答えられなかった。耳飾りの紛失について一度や二度の過失ではなく、礼拝堂に顔を覚えられるほどの回数繰り返しており、それは基本的には慈悲と礼節を謳う礼拝堂でさえ折檻を言い渡すほど目に余る回数だった。そういうことだろう。

 一切気後れすることなく淡々と言ってのけるユキシロに、ユージオは何となく気まずい思いだった。どうして当人であるはずのユキシロがこれほど堂々として、聞いている側のユージオがこんなに後ろめたい気持ちになるのだろうと不思議でならない。

「その歳で折檻を受けることはそうないので……貴重なのでは……」
「なるほど。じゃあ早速行って来る」
「嘘です……」

 これから折檻されに行くのを勧めたような罪悪感で、ユージオは頭を抱えた。立ち上がろうとするユキシロの前に立ち、押し留めるように手のひらを彼へ向けた。

「ご迷惑でなければ、一つ差し上げます。……俺の部屋に、使っていないものがあるので。よろしければ後ほどお持ちします」

 一つ失くして、二つ貰った。だからユージオには使っていない耳飾りが一つある。使う目的もなく余していたのでちょうどいい。――渡したところできっと彼はまた失くしてしまうことだろうが、どうでもいいことだ。

「さては失くしたと思ったら後から見つかった口か? 私にも覚えがある」
「違います。……貰い受けたもの、で……」

 彼と同じく、異国の人だった。薄い翡翠の色をした髪の軍人。――訳知り顔で自分の耳飾りをユージオの衣服に忍ばせてきた男。顔ははっきりとは覚えていないが、あの特徴的な髪の色は忘れることはないだろう。

「貰い物? 大事なものか?」
「いいえ。そういうわけでは」
「……なら、有難く貰い受けよう。感謝する」

 そうして、初めてユキシロは笑みを見せた。意外なほど人好きのする微笑は、昔に見た異国の軍人とは正反対の印象だった。含んだような微笑みの男だったと記憶していたので、ユキシロの笑顔に思わずたじろぐ。

「恩に着てくれ。大いに見返りを期待してくれていいぞ」
「……そんな大それたことは」
「いつか役に立つ。それが処世術だ、セレスター・クアド。引け目を感じることはない」

 そうして白い手は再び向かいの長椅子を勧めた。

「座って」

 ユージオは今度こそ勧められた椅子に掛けて彼と向かい合う。害意は感じなかった。異教徒でもないようだ。それに、彼ともう少し話をしたいという欲求はあって、立ち話で済まそうという気にはなれなかった。
 ユキシロはまた素っ気ない表情に戻ったが、先ほど感じた尻込みするような気迫を、今は感じなかった。

「さて、どこから説明をするべきか、実は考えていなかったんだが。優秀な君にはきっと、私の顔を見て幾つか腑に落ちることがあっただろう」

 見透かしたように一方的に言い募るユキシロに、ユージオは口を挟まなかった。彼の言う通りだ。変わった名前だと思ったことも、彼の顔立ちを見れば納得がいった。敢えて質問する必要もない。だが、それでは消えない疑問もまだ幾つか残っている。

「それ以外で質問があるはずだ。聞こう」

 促され、ユージオは迷わず口を開いた。

「あなたが最年少《錬金術師》だとは存じていますが。現在この学校でセレスターと呼ばれるのは俺一人と聞いています。なぜあなたがセレスターと呼ばれないのか、それは……あなたが異国の血の人間だということに関係がありますか」

 現在、この学校でセレスターと呼ばれるのはユージオただ一人だということを、ユージオはアーサーから聞いて知った。だが、最年少《錬金術師》がいてなぜ彼がそう呼ばれないのかと疑問に思いながら、ここまで長い階段を下ってきた。
 ユキシロは淡々と答えた。

「否定はしない。私の後見は大陸の資産家で、私は留学生という形でこのセレスト校に入学している。だから仮にその資格があったとしても、ガレシアの名門、セレスト校の代表たるセレスターと認められることはない」
「後見? ご両親は……」
「私は幼い頃、亡命のため両親とガレシアに移ってきたらしい。だが、両親が死んで、以来私は礼拝堂で育った。後見は名前だけだ」
「!」

 思いがけない言葉で動揺するユージオに対して、ユキシロは冷静そのものだ。紫水晶の瞳はじっとユージオを見詰めたまま。

「母国の記憶を持っていないし、私にとっての母国はここだがな。どうしてもそれでは通じない慣習というものはある。まあ、呼び名にこだわりはないつもりだし、異国の血であることは、異教徒ほどには風当たりも強くない。人に想像される悲愴な経験というものを、実は私はしていないんだが」

 だからそれほど気にすることはないというようなユキシロに、ユージオは思わず詰めていた息をそっと吐き出した。同情の言葉を求められているわけではないことぐらいわかる。だから、それ以上の追及をしなかった。
 代わりに未だ残る疑問を投げかける。

「あなたであれば、学位を取って卒業することができているはずなのでは。未だ高等学校に在学しているとは思いませんでした」
「否定だ。私は単位が足りてない。ここで過ごして、講義を受けそびれることが多々あるからな」

 ……胸を張って言うことだろうか。
 なんというか、面白いというか、自分の調子を崩さない人だ。時として人と調子が合わない。そしてそれを合わせようという気概も感じない。利己的で――そして、不思議に憎めない。そんな人だ。

「なぜご招待いただいたのでしょうか」

 ユキシロはゆるりと一つ瞬きし、やはり臆面もなく言い放つ。

「気を悪くしたら謝るが、厳密に言うと招待とは名目であり、私の目的は別にある」
「?」
「語弊を承知で言うのなら、ユージオ・シアン」

 少しも表情を変えないまま、彼はじっとユージオを見据えて。

「私は君を検分するつもりでいる」



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