聖宮の巫女 26
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セレストの町は国の主要な交易路に面しており、港町と王都を行き来する行商たちが立ち寄る街として繁栄してきた街だ。起伏が緩やかな地形が幸いして、古くから聖職者や王侯貴族の往来のあった通りだが、魔法の繁栄と共にその往来は格段に増した。
人が集まって出来た宿場町に店が集まり、物が集まる。それがさらに人を呼び寄せる。王都ほどではないにしろ、国内では片手に数えられるほどの一大繁華街だった。
校舎は中通りから外れた場所に建っているものの、歩いて四半刻程度で到着する距離だ。先に外出していたノイシュと中通りの手前で落ち合う予定だったが、戸外に置かれた茶店の席で合流した途端、ノイシュは思い掛けなかったという渋い顔を向けてきた。
「まさか夜遊びに制服を着てくる不届き者がいるとはな……」
ノイシュは神妙な顔で制服姿のユージオとクランカイトを眺める。このセレストの街で、この服がどこの所属を示しているのか知らない者はいない。悪さをすればすぐに学校に報せが入ることだろう。現に、ノイシュは制服ではなく、セレストでは多く見かけるような私服を着ていた。
だが、その非難を想定していたユージオは素っ気なく返す。
「そういう発想だから着て来たんです。制服で行ける場所を案内してください」
「我らがセレスターは真面目だな。意図的というならよろしい、相応の案内を任されよう。……一人足りないようだが」
「セレスターでなく、ユージオです。アーサーなら残念ですが、勉強が追い付かないそうで……」
三人分の外出許可証を貰ったが、アーサーは沈んだ顔色で週明けの授業に備えていた。さすがに気の毒に思って声は掛けたが断られたので、邪魔をしないよう部屋に許可証を置いて出てきた。
ノイシュはふむ、と鼻を鳴らして、卓上に勘定を置いて立ち上がる。にっこり笑った表情は、やはり悪戯めかした屈託のなさだ。
「学生の本分に努める、大いに結構だな。ならば我々は我々で、彼への礼儀として存分に楽しむとしよう。行くぞ」
礼儀としてとは、また面白い言い回しをするものだ――と内心で感心しながら、ユージオはクランカイトと共にノイシュを追って歩き出す。
予定を潰されて落胆した様子など微塵もなく、ノイシュの横顔は笑顔のままだ。懐が広いのだろう。紛れもない素質でもって寮長の立場を任じられた人だ。人付き合いを億劫に思うことの多いユージオも、ノイシュの誘いには珍しくも心躍った。
「ユージオ、ユキシロに会ったそうだな。どうだった?」
軽い口調でノイシュに尋ねられ、ユージオの表情は急に形容しがたいものに変わる。どう、と尋ねられても一言では答えられない。
「……まあ、変わっていました」
「だろうな!」
ノイシュは声を上げて豪快に笑う。隣のクランカイトもまたユージオと同様の表情で尋ねてくる。
「耳飾り失くしたっていう、例の?」
ユージオは何とも言えない顔のままで頷いた。
あの後、結局自分がそれまで身に付けていた耳飾りをユキシロに譲ったのだ。そして、耳飾りを付けていないユージオが、自室に戻る途中でクランカイトに遭遇し、耳飾りがないことを指摘されたため、一連の話を聞かせた。それを思い出しているのだろう。
肩を竦めてノイシュが言う。
「《地の底》がどんな場所かは聞かん。アステリアも、あそこは箝口令が敷かれているからな。何も聞いてやるな」
「らしいですね、聞きました。残念ですがそうします」
「まあ、ユキシロの話は問題ない。あいつは……留学生でなければ、というより、異国の血でなければ、か。間違いなくセレスターと呼ばれていただろうが」
やはりと思いながら、ユージオはわずかに目線を落とした。仮にその資格があっても、とユキシロは言っていたが、ノイシュが認めるだけの資格がある以上、間違いないだろう。本来彼はセレスターと呼ばれるだけのものを備えている。ガレシアの国の民と認められていれば、いや、そうでなくとも本来は。
「学年主席を譲ったことなど一度もない。常に学科最高得点の俊才だ。試験の不正解が実は、問題を作成した教師の手落ちだったと判明することもあるほどだ。一度や二度じゃない。ユキシロを知る誰しもが認めている。あいつこそ紛れもなくセレスター・セクスタだ」
しかし、ノイシュはやれやれと言いたげに大きな溜め息を吐いた。
「それが、俺が入学した時は同年の先輩だったのが、いつのまにかずるずると留年を続けて同級生になっているわ、《地の底》のヌシと化しているわで、どうしてああなったのか。そろそろ自主退学を勧められるんじゃないか、あれは」
「え。留年してたんですか……」
「これは知らなかったか? まったくあいつは、呆れたものだ。どうにも学生業を全うしようという気概が一切感じられん」
単位が足りていないとは彼も悪びれもせず自称していたが、すでに留年していたことは知らなかった。聞けばやはり悪びれもせず答えることだろうが、聞きたいかというとそうでもない。知りたくなかったなと思いながら、ユージオは沈んだ顔色で首を横に振った。
ノイシュの顔色も珍しく冴えない。
「ついでに交友関係もあまり健全でないしな」
「?」
「あー……まあ、君たちも、奴と同年になっては嫌かろう。ユージオ、それとなく発破を掛けておいてくれ」
「はい……そうします」
「君と主席を争うユキシロは少し見て見たい気もするがな。想像すると期待より疲労が勝るからやはり嫌には違いない」
げんなりしながら同意のために頷くと、ノイシュは話題を変えるようにぽんと一つ手を打った。その手は通りの先を指し、ユージオたちもつられるようにしてその先に視線を向ける。
「さて、この先が中通りだ。いわばセレストの中心部に位置するわけだが……来る時に通ったか?」
ユージオは顔を上げてクランカイトを見る。
「窓を閉めていたので……」
「どこを通ったか定かでは」
入学直前、アステリア家で用意してくれた車で、必要な荷物に埋もれながらクランカイトと同乗してこちらに来たのだが、ノイシュは意外そうな顔で一度ずつ二人を見た。
「二人とも同郷だったな。場所は?」
「王都の外れのトルカです。行商の交易路から外れているので割と田舎ですけど」
「トルカ? 最近どこかで聞いたな。……まあいいか」
軽く首を捻ったノイシュは、すぐに思案を投げて中通りの方へと視線を戻した。
「王都の規模には劣るが、俺はセレストの街は好きだな。セレスト校を卒業した学士も多く残っているから、古書の店も多い。小路が多くてごちゃごちゃしているから、歩いた方が融通が利くところなんかも、時に面倒だがそれはそれで好ましい」
「小路? この道なんか広くて、ここが中通りでも充分なぐらいですけど」
「セレスト校から中通りまではかなり広い方だ。本当に小路はようやく人が擦れ違える程度に狭い。初めて歩くんだったら先輩を案内に付けた方が間違いないぞ」
そう言ってにんまり笑ったノイシュは、ユージオとクランカイトの腕を掴んで駆け出す。
「うわっ、寮長……」
「! あぶな……」
急に腕を引かれ、危うく脚が縺れそうになりながらユージオとクランカイトも走る。唐突にどうしたのかと困惑しながら、人波を避けてぐんぐん先へと進む。
遠くに見えていた通りの先が迫ってくる。時折車が往来するのが見えていたその道に、少しの迷いもなくノイシュが飛び込んだ。
連れ出された中通りの中央。荷車が数台並んでも塞がらないほど広い道は、その一面に石畳が敷かれていた。建物の間際に灯りが整然と並び、道のずっと先までどこにも暗闇の気配を感じない。下町でよく見かける露店の姿は一切なく、通りに面した店はそのすべてが建物の中に収められていた。ぱっと見てすぐ目に付く大きな建物は、そのほとんどが宿だ。
ぱっと腕を放したノイシュが、晴れ晴れとした満面の笑みで悠然と両腕を広げた。
「さてお二方、どこに行こう!」
面食らう二人を向いて、わずかに声をひそめながら優雅に礼を取って見せた。
「健全でとのご希望だったな、娼館以外でどこなりと。……飯所か? それとも酒? 寮生活での不足の買い出し? どこでもいいぞ、どこでも知ってる。安く上げたい学生の馴染みの店から、良品を揃えた高級店まで一通り」
走った名残で息を切らせたままのユージオが、半ば呆然としながら通りを物珍しく見回した。クランカイトはどこに行こうかと思案しているのか、隣で軽く首を傾げていた。
そんな二人を楽しげに眺めながら。
「退屈させないことを約束しよう」
自信に照らされた笑みを浮かべるノイシュへと、ユージオはぐるりと振り向いて。
「轢かれたらどうするんです……」
疲れたように尋ねると、ノイシュはくっと片頬を持ち上げ、飄然と笑って見せた。
「気を付けていたに決まってる」
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