聖宮の巫女 27
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改めて希望を聞かれて、特に希望もなかったユージオの代わりに、クランカイトがあれこれとノイシュに相談していた。
「鉱石というか、水晶を多く扱っている店と、薬を扱う店なんかがあれば。それから……学生がよく使う安くて美味い飯屋とか、日用品なんかの店か」
それでいいかと目配せされ、ユージオは同意を込めて頷いた。使える手持ちもそれほどないため、用があるとしたらそのぐらいだろう。書店に興味がないと言えば嘘だが、セレスト校の蔵書ならばその必要もなさそうだった。それに、今の好奇心の矛先はそれよりも《地の底》の中に向いていた。
と、思い出したようにクランカイトが笑う。
「それから、セレストにしかない場所や物なんかも、あればぜひ」
「はっはっは! 難しい注文を付けてくるなあ」
明朗に笑ったノイシュは、了解を告げると迷いのない足取りで歩き出した。ユージオたちは後に付いて街を歩く。夜だというのに街全体がひどく明るく、人の往来も多い。
時折大きな荷車を幾つも牽いた異国人の集団の姿もあり、王都に向かう行商だろうと想像できた。装いからしてずいぶん違っているし、髪色や肌の色、それに顔の造りもどこか違うように見える。大陸との船の往来は途絶えていないのだろう。
ガレシアの魔法道具は大陸に一般的に普及するものと比べてかなり特殊で、ガレシアの風土に合わせて特化してはいるものの、大陸にも相応の需要があるようだ。王都や交易路で多く買い付けていくらしく、セレストには道具職人は少ないが、王都の方に行けばかなりの数職人がいる。
行商は魔法道具に代わり、ガレシア国内で産出されない鉱石や金属、上質な織物や珍しい食べ物を持ち込む。王侯貴族の間でも高値でやり取りされているようだ。無論、両替商にも外貨を自国の通貨に代えるため、よく行商の出入りがある。それと、金銀のような貴金属にも用途があり、両替商であるアステリア家でも重用しているようだ。クランカイトやフローレインは、行商からの土産をよく両親に貰っていたという話だ。
このセレストでは特別珍しい道具職人や特産品のような話は聞いたことがない。それを知っていて要求するクランカイトに、しかしノイシュは少しも気を悪くした様子はなかった。
目印になりそうな中通りの看板を指しながら小路に入っていくノイシュを追うと、本当に車が入っていけそうにない狭い道だった。だが、宿や民家の合間に看板が下がっており、ノイシュはその店の扉を押してクランカイトたちを中に通す。
「水晶に特化しているわけではないが。俺の知る限り、手頃で多く鉱石を扱っている店はここだな」
ノイシュに示されるまま店内に入っていくと、棚には隙間なく篭が並び、何やら手書きの文字が添えられている。床にも大きな篭が多く置かれ、通路は一人がようやく通れる程度だ。面した通りも大概の小路だが、店内までが所狭しと商品が並べられて通路を圧迫していた。
店内で帳簿を確認していた店主が顔を上げ、意外そうに腰を上げた。
「いらっしゃい。……どなたかと思えば、ノイシュの坊ちゃん! 久しぶりですね」
「どうも、ご店主。後輩なんだが、あるだけ水晶を見せてやってくれるか」
知り合いだったらしい。軽く挨拶を済ませると、ノイシュは軽くクランカイトの背を押した。クランカイトは促されるまま通路を進み、店主と話し込み始める。
入り口に留まったまま、ノイシュはそんなクランカイトに首を傾げていた。
「しかしながら、水晶が入用とは、珍しいことだな。何に使う? 魔法の触媒か?」
「ああ、いえ……」
お前も必要なのかと伺うようにユージオも視線を向けられるが、軽く首を振ってそれを否定した。自分には今のところ、魔法の触媒としても必要性がない。
「体質みたいです。放っておくと、魔力が濁って原因不明の不調が出るから、石に淀みを吸わせるんです」
珍しい体質らしく、同様の症状を母親の診療履歴の中に見つけたことはなかった。また、そういう体質を持つ者が他にいるという噂も聞いたことはない。だからだろうか、クランカイトは説明を面倒がってあまり他言しようとしない。
初めて聞いたであろうノイシュは、やはり意外そうな表情になった。
「不調?」
「倦怠感、吐き気、呼吸困難、一時的な紫藍症、発熱、意識障害等々……一回ばったり寝込むとある程度回復はするんですけど……」
「初めて聞いたな。治せないのか」
「医者から呪い師から詐欺師まで一通り見て貰ったそうですよ」
呆れながら答えたユージオに、ノイシュが少しばかり気の毒そうな表情を見せる。薄らとでもその状況を理解してくれたのだろう。ユージオも話でしか聞いたことはないが、詐欺師に嵌まった人間の末路がどうなるかぐらい、想像が付かないわけではない。
水晶を手に店主と値段の交渉を始めたクランカイトをまじまじ眺めて、ノイシュはぽつりと。
「原因不明の不調なあ……」
訝しそうに呟くなり、彼はふと気付いたように視線をユージオに戻した。
「何だったか、昔のそんな疫病の話を読んだな」
「……疫病?」
問い返すと、軽い首肯が返る。
「ガレシアの建国当時……スヴァローグ�T世の治世の初期だな。王都で原因不明の病が流行ったことがあったらしい」
ユージオは瞬きしながら記憶を掘り返す。ガレシアの歴史については一通り学んできたつもりだが、古い疫病の話などは範疇外だ。それについての知識がない、ということを、自分の記憶を探って確認しながら。
「病というと、どんな」
「それがはっきりしない。それこそ倦怠感から発熱から、意識障害まで色々……原因がわからないから処置もわからず、ある程度回復してもまた同様の症状が出て、最終的に寝たきりになって衰弱し、最悪死に至る。老若男女問わず、かなりの数の人間が罹ったと書かれていたが」
最終的に――と聞いたユージオは少しだけ悪寒がした。もしもあのままクランカイトが対処法を知らずにいたら、その可能性があり得たかも知れないと思ってしまった。
胸の動悸を自覚しながら、ユージオは恐る恐る尋ねる。
「……その、流行病? は、結局どうなったんですか」
ノイシュは訝しそうな顔ながら答えてくれた。
「確か、自然と収まったような書かれ方だったな。衛生管理でも見直されたか、はたまた気候による一時的なものだったか。後世で同様の流行病の話は知らんな」
他に起きた流行病については大抵がその原因が突き止められており、すでに病名も与えられている。そんな曖昧な流行病があったなど、初めて聞いた。
症状が似ているというには、あまりにも漠然としていてよくわからないというのが正直なところだが。
「ただ、カイトの場合は感染しません」
移らない以上、疫病には為り得ないだろう。母も体質だと言っていた。
「断言するんだな」
「……カイトの家族にそのような症状はないので。でも、その記述がある本については気になります」
「正直、いつ読んだものか記憶があやふやでな。探してはおくが、見つからなくても許せ」
悪戯めかして答えるノイシュに、ユージオは軽く笑って頷いた。彼が嘘を言っているようには見えないし、例え見つからなくとも本当に探してはくれるだろうという信頼がある。でなければ、自分でも探してみればいい話だ。
そうでなくとも、疫病に関しての知識はあまり掘り下げてこなかった自分に気付き、少しばかりそれについて調べてみる気持ちになっていた。
ノイシュはユージオの一歩前に出た。店主と話し込むクランカイトを見て、勝気に笑って腰に手を遣る。
「さて、値段交渉なら、俺も一肌脱ごう。少しばかりだが後輩の役に立てそうだ」
数分後、その言葉が嘘偽りなかったことをユージオはしみじみと思い知った。
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