手引書異変 4

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 見覚えのある光景に、いつもの体勢。呆然と見上げた先にある翠玉の瞳は、月明かりを含んで煌々と光っていた。
 だが、半ば呆けたままのユージオを見下ろすクランカイトは、すぐにその意図を察したか、しかし察したからこそそれが理解できないという様子で首を傾げた。

「え? まだ続けるつもりあった?」
「あったわ!!」
「し」

 唇を指先に触れられて、大声を出したことを窘められた。寮の壁はそれほど厚いわけではなく、内容までは通さないものの話し声は隠せない。大声を出せばなおさらだ。
 慌てて口元を手で押さえたユージオは、すぐに思い直して声を潜めて反論しようと口を開く。

「これじゃ、いつもと変わらな……」
「いつもと同じでなんか悪いのか?」
「悪い。俺が納得できない」
「俺がいいって言っても?」
「いや、だから――……」

 まだ反論を続けようとする言葉を、口付けに塞がれた。
 中途半端に話している途中だったせいで、呼吸が乱れてまた息苦しくなる。反論の代わりにまた拳を握ろうとしたが、両手を上から押さえつけられてそれも叶わなかった。そのうちゆっくりと下肢を突き上げられて、切れ切れの呻き声が鼻から洩れていく。

「ん、う、ぅ……、っは……!」
「……はは」

 唇が離れたと思ったら、真っ先に彼の唇から零れたのは笑い声だ。
 息も絶え絶えに相手を睨み付けると、クランカイトは笑い声を潜めながら、しかしまだ衝動が去らない様子でくっくっと笑い続ける。笑う気配が身体の芯に響いてくるせいで、罵る言葉も出ないまま口を噤んで身悶えるのが精一杯だった。

「別に色事を極めたいわけじゃねえのに、何をそう躍起になってんだか」
「ッわ、らう、な!」
「一度でも不満だなんて言ってねえのに、早合点が過ぎる」

 笑いの衝動は収まったようだが、ゆっくりと身体を突き上げられて揺さぶられ、何度も繰り返し痺れが全身に走る。押し出されるように快楽の証のような透明な体液が滲んで、赤く染まった欲情を伝っていく。
 探るように下腹を撫でたクランカイトの手を濡らした。その感触でユージオの快楽を確かめたのか、規則的に身体を揺さぶられ続け、ユージオの四肢が意思に反して時折びくりと跳ねる。

「あ……!」

 平気なはずだった。脚を開くことも、同性である彼を受け入れることも。嫌ではないのだ、本当に。
 ――けれど、初めは薄い膜に覆われていたような不明瞭な感覚が、数を重ねるごとに鮮明になっている。繋がった場所のかたちや熱、脈打つ鼓動。自分の中に僅かな凝りのようなものがあって、そこを擦られると何も考えられなくなる。よくない依存性でもありそうな、理性を突き崩す鋭い快が怖い。
 勝手に涙が出るのを堪えられない。

「ッ、あ――……」

 頭を伏せたクランカイトが、胸の先に口付けた。女でもないのにと言おうとしていたはずなのに、熱い口腔に含まれ、きゅっと吸い上げられて、じくりと下腹から痺れが走った。
 背中が弓なりにたわんで、顎が浮く。手は引き剥がそうとクランカイトの頭を掴むのに、身体は意思に反してねだるようにそこを押し付けてしまう。やんわりと歯を立て、硬く凝った芯を潰すように刺激されて、啜り泣きのような声が漏れた。

「カイ……や、め……」

 そんな場所で感じている自分がそら恐ろしかった。何の意味もない、人目に晒したとしてもどうともなかった場所。それが、どうしてこんな恥ずかしいことになるのか。理解したくもないのに。
 小さな突起に宥めるように舌が這わされ、暴かれた場所が竦むように蠢く。内襞の隆起した場所が強く擦られ、頭の中を白く塗り潰すような痺れに悲鳴が上がりそうだった。
 もがく身体をやんわりと上から押さえ込まれると、もうどこに快楽を受け流していいのかわからない。こめかみに涙が流れる。
 小さく息を吐いたクランカイトが、身体を起こして呟いた。

「あー……しくじったな。こっちだと月の影で見えねえわ。……灯り付けていいか?」

 クランカイトが伸び上がり、寝台の傍らに手を伸ばす。
 ユージオは半ば朦朧とした意識でゆるりと目を開いた。彼が何を言ったのかよくわからなかった。

「……なに……」
「灯り、少しだけ点けるぞ」
「消灯時間……!」
「少しだけ」

 我に返ってクランカイトの腕を掴んだが、それより早くぱっと灯りが点された。寝台の周りが仄かに照らされる程度の、小さな照明だ。それでも窓から見えないだろうかと冷や冷やしてしまう。
 だが、ユージオの顔を見下ろしたクランカイトがふっと微笑んだ。

「やっぱり泣いてた」

 目尻に滲んだ涙を指先でなぞり、楽しそうに呟く。灯りのせいでよくわかるその表情を見て、一体自分はどんな顔をしているのかと慌てて顔の前に腕をかざした。

「勝手に出てくるんだ」
「知ってる」

 濡れた音を立ててからかうように一度強く突き上げられた。小さく「ん」という声が漏れ、かっと頬が熱くなる。こんな時に灯りを点けるなんて本当に趣味が悪い。
 かざした腕を掴まれて、退けられた。クランカイトの指がこめかみの辺りに触れ、涙の跡を辿っている。

「泣いてくれるのも好きなんだよな」

 こめかみから髪を指で梳いて、引き寄せた髪の先に口付けられる。快楽があるわけでも、肌が触れるわけでもない仕草なのに、髪の先から情を感じるような気がして不思議だと思う。
 だが、泣き顔を見られるばつの悪さに、口から出るのはやはり非難の言葉だ。

「嫌な顔と泣いてる顔が好きだなんて悪趣味野郎……」
「こんな時でもないと泣いてくれねえだろ」
「あんたの方が泣かないだろうが」

 体調を崩して寝台から起き上がれない時でも、誘拐された時でも、無傷で両親と再会できた時でも。クランカイトが涙を見せることはなかったし、他のことでも同じだ。泣いているかと思いきや、目に睫毛が入ったとのたまった時には正直頭に来た。
 クランカイトは少しも悪びれた様子もなく言い切る。

「俺は生まれからして何不自由ないから泣く理由がない」
「うるさいな……」

 本当にこの男ときたら、この何不自由ない容姿で余計なことを喋るのはどうにかならないのだろうか。






 戯れのような時間は終わり、本気で快楽を追おうと身体をうつ伏せにされて、両腕を掴まれ押さえられる。途切れることなく絶えず突き上げ、身体を揺さぶられて、どれだけ快楽に泣いてもがいても解放されないことを知っている。
 悲鳴を堪えるために必死で敷布を噛んでも、啜り泣いて、切れ切れの嬌声を零すことが堪えられない。きつく掴まれる腕の痛みに、クランカイトがどれだけ気が回らなくなっているのかを知る。背中に触れる身体の熱さや、汗の濡れた感触、耳元に荒い呼吸の音が届いて、その激しさにじんわりと胸が熱くなる。無遠慮なほどにぶつけられる欲情に煽られて高揚していく、やけに熱っぽく湿った空気。
 鼓動が暴れて、一人勝手に縊られるような息苦しさに陥る。そうして目いっぱい竦んだ場所を、はしたないほどの音を立てて突かれて開かれる。擦りたてる欲情が膨らんでいて、それが不意に脈打ち、身体の中を濡らされる。――その感覚すらわかってしまうのが怖い。

「ん、ンン、ん……ッ」

 達した後も、何度かゆるゆると突き上げられ、粘ついた水音が立つ。びく、びくと何度も痙攣する身体を、逃がさないように力尽くで押さえ込まれる。声を殺せば殺すほどに、逃す術のない快楽が身体の内で暴れるような気がする。
 背中に感じる鼓動がゆっくりと収まって、押さえつける手の力が緩んでいく。吐精しきったのだと頭の隅で思ったが、身体が重く動けない。そのうち楔を抜き取られると、散々暴かれた場所は開いたまま、だらしなく白濁を伝わせる。その感触に凄まじい羞恥が沸き立ち、ぱっと肌が粟立った。
 身動き一つ出来ずに硬直していると。

「っえ……」

 無言のクランカイトに身体を反転させられた。
 淡い照明の灯りの中、目を瞠るユージオの視界に、自分を見下ろすクランカイトの顔が見える。
 軽く唇を舐めて、身体を屈めてユージオの下肢に身体を伏せる。彼が一体何をするのか、ユージオは一拍遅れて察した。

「止め……」

 慌てて制止しようとしたが、すでに遅かった。まだ吐精していないユージオの欲情に手で触れて、開いた口がそれを含んでいく。

「ん――……!」

 びく、と足の爪先が跳ね、力なく悲痛な声を上げた。自分の口から漏れた声だと信じられないような、甘ったるく上擦った響きだった。

「だめだ、そ、やめ……」

 張り詰めたままのものが、熱い口腔に包み込まれてやんわりと刺激される。信じられない思いで目を剥いていたが、すぐに堪えられず目をきつく閉じた。
 重苦しい快がまだ身体の中に残っていて、軽く触れられるだけでも鋭く痺れが走る。それなのに、口に咥えられて嬲られれば、過ぎた快楽はもういっそ暴力のようだ。声を殺し過ぎて潰れた喉では悲鳴というほどの声も出ず、弱々しい吐息のような哀願だけがほとんど無意識のうちに唇から漏れ出た。

「や……たす、け」

 縋るように彼の髪を掴んでみても、引き剥がす力が出ない。意味もなく金糸の髪に指先が絡むだけだ。
 もがく脚を押さえられながら、真っ赤に染まった先端を含まれ、吸われる。達していないのに、無理やり絶頂に追い込まれそうな感覚に、瞼の裏でちかちかと閃光が弾けた。

「い、やぁ……っ」

 がくがくと身体が震える。芯を帯びた性器に舌が絡んで、促すように舐め上げられた。けれど、まだ後ろでの快楽が尾を引いたまま、前で感じる快感には感覚が切り替わらずにいる。早々に欲を吐き出して楽になることもできず、生殺しのように与えられる感覚に溺れた。

 ――ああ本当に、きっとひどい顔をしているのに。

「ッう……、や……」

 泣いて、何度も許しを請う。それでも解放されることはなく、弱々しい啜り泣きの声が止んだのは、絶頂が先だったのか気絶が先だったのか記憶になかった。





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