代償 11
© 2019 sasori_bi 一度林を出てムガンの家へと戻ると、いつの間にか建物の中には集落の老人たちが集まっていた。奥でリッカが茶を淹れている。
建物の中に入ると一斉にその視線を受けた。軽く頭を下げて会釈をしてみるが、声を掛けてくる様子はなく、それぞれ何かを話している。ムガンは気にするなと嘆息混じりに言った。
そして、じっとユージオの顔を見下ろして不思議そうに呟く。
「……顔色が良くなってるか?」
やはり不調は伝わっていたらしい。ユージオは苦く笑って頷く。
「アルマナに助けて貰った」
「ああ、あそこの婆さんか。よくおかしげなことを口走るが……まあ、なんだかんだ皆が世話になってる」
そう言うムガンの表情は、どこか形容しがたいものだった。
彼女の名前が聞こえたのか、集まっていた老人たちが、また会話を中断してこちらに視線を向けていた。妙な目で見られると言われたが、彼女の言う通りその態度はどこかしらよそよそしい。
ユージオは早々に視線を逸らすと、特に気にせずムガンへまた言う。
「しばらく彼女のところにいる。珍しい魔法を知っているようだから、聞いてくる」
「そうか。昼はどうする」
「アルマナが招いてくれた」
ムガンは「わかった」と頷いて、奥にいるリッカの方を指差す。ユージオは奥の仕切りに声を掛けてから顔を出し、リッカに昼餉のことを伝えた。
「困ったね。シュエがごねそうだ」
「夕方までは戻るつもりだ」
リッカが笑って「伝えておくよ」と肩を竦める。ユージオは頷いて捲っていた仕切りを下ろし、ムガンへとまた向き直る。
「土地の呪いが何だか、もしかしたらわかるかも」
「そうか。期待しないでおく」
「そうだな」
ユージオは軽く笑って建物を出て、また林の方へと戻った。朝餉の後に向かった時には、何もない傾斜ばかりの道のりがひどく遠いように感じていたが、一時的にでも体調が戻った今は、さほど苦痛な距離ではなかった。
近付いていくとなぜか、林の入り口にアルマナの姿があった。ユージオはそれを見つけて慌てて駆け寄る。
「どうしたんだ」
「あんた、レガ様のこと知ってるんだろ。ついておいで」
ユージオを待っていたのか、そう言うなりアルマナは踵を返して林の方へと引き返す。ユージオも言われるがままアルマナについて歩き出した。建物に戻るだけならたった今歩いてきたばかりの道だし、案内も不要なのではないだろうかと首を捻っていると、アルマナがちらりとユージオを横目で見る。
「そういえば、どこに寝泊まりしてるんだ」
「ムガンが面倒見てくれてる。ここの頭領なんだってな」
「ああ、あの若造か。こんな小さい頃は、毎年毎年風邪をひいてやってきたから、泣くほど苦い薬を煎じてやったね。そんなだから私のことが苦手なんだ。可笑しいったら」
くっくっと堪えたように笑うアルマナの横顔に、ユージオは思わず「うわ」と小さく声を漏らした。その表情から察するに本当にひどい味だったのだろう。
だが、薬という言葉に反応してふと尋ねる。
「魔法以外に、薬も煎じるのか」
「まあね」
「そういえば、出してくれたお茶、もしかして薬か?」
「ああ、あれか。胃の腑がすっとしただろう。消化促進にいい」
「そうか。あれは……ちゃんと美味しくてよかった」
泣くほどひどい味でなくてよかった。そう思いながら苦く呟く。
アルマナは急に進む方向を変え、横道へと入っていった。
「こっち」
あまり人が使っている形跡はなかった。顔に掛かりそうな枝葉を持ち上げながら先に進むアルマナに従い、ユージオも道という道のないような方向へ進んでいく。足元は少し下草が薄いような気もするが、誰かが頻繁に通っているというほどの気配もない。
すぐにアルマナは立ち止まった。彼女が見下ろす視線の先を追うと、そこに小さな小屋のようなものが建っていた。
すぐにそれがムガンの言っていた祠だと気付いた。
「……この祠、もしかしてレガ信仰の?」
アルマナは持っていた籠の中から果物を手に取ると、一つ祠の手前に置いた。その手はそのまま、祠の手前に薄らと伸びたまだ柔い雑草を毟る。
「ま、形ばっかりは。昔からある。私が死んだらもう誰も世話をする人はいなくなる。悪いが付き合ってくれるか」
「……うん」
彼女以外、もう誰も覚えていない信仰。誰が何のために建てたのかもわからない祠。アルマナが覚悟するように、もういつまでそこに祠として祀られるのかも分からない。アルマナがいなくなればすぐに雑草に埋もれて荒れ果ててしまうだろう。
アルマナは襟首から引っ張り出した首飾りを軽く握った。その場に跪き、額に拳を押し当てる。
拝火のように作法があるようだ。ユージオは同じように首飾りを手に取って膝を突き、握った手を額に触れさせた。何を祈るでもなく、ただ黙ってその場に俯く。風や葉擦れの音だけがそこに響いていた。
何もきっかけのようなものはなかった。
首元にちりちりと違和感があったような気もする。ただ、それはほんの一瞬のことで、気に留めることすらしなかったのだが、その直後に首筋に熱いような、あるいは冷たいような、痺れのような、得体の知れない感覚が走った。
ユージオがとっさに襟元から左側の首筋を触って確かめるが、ひりひりと日焼けのような違和感が残っているだけで、手に触れられるものは何もない。虫か何かに刺された可能性も考えたのだが、痕跡がないのでわからない。
「どうした」
アルマナが振り返る。ユージオは困惑したまま、自分の襟元を広げてアルマナに見えるように首を傾ける。
「違和感が……」
「……妙なものがあるようだが、そのせいかね」
「何が」
まだ疼痛が残っている。左側の首筋から肩口に掛けてじんと痺れている気がするが、腫れているような気配もない。
アルマナの視線に「どうなっている」と首を傾げると、アルマナは灰色の瞳を眇めてじっとユージオの左肩を見る。
「妙な模様が入ってる。それは元から入れてるもんか?」
「模様? 肌に?」
「……違うようだね」
自分の身体に妙な痣や跡はない。模様と見なせるような何かも同じで、アルマナの言うような心当たりはまったくなかった。アルマナの見慣れないような目つきを見る限り、寝ている間に何かされたというのも考えられない。
あれこれと嫌な想像をしながら尋ねる。
「害はありそうか」
「どうだか。虫だの獣だのにやられた様子はないし、腫れもない。赤くもなっていないな。刺青に似てる」
「刺青……あ、ちょっと痛みが引いてきた」
そんなもの、入れた覚えはまったくないが――と首を捻りながら、ユージオは軽く肩を動かし服を直す。害がなさそうならそれでいいが、後々どんな影響があるだろうと少し不安は残っている。
アルマナは祠をちらりと見下ろして、首から下げられた首飾りを手に取った。
「角の彫り物に似てるか。あんた、レガ様に気に入られたかね」
冗談めかしてそう言うと、すぐに「小屋に戻るか」とアルマナは籠を持ち上げる。ユージオはその背中を追って歩き出しながらも、納得できないような思いで服の上から肩口を擦る。
まるで神様が本当にいるかのような口ぶりだ。
「……あり得ない」
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