代償 16
© 2019 sasori_bi
ユージオの不在が分かってから数日、クランカイトは不気味なほど静かだった。
アーサーはというと、期末の試験結果や単位の取得状況に一喜一憂しながらも、山と積まれた長期休暇の課題へと早々に着手していた。課題をさっさと片付けて休み明けの準備をしておかないと、確実に講義についていけない。親に頼んでどうにか家庭教師も見つけたが、それも長期休暇の間だけのことだ。地頭が特段優れている自負もないので、どれだけやってもやり過ぎにはなってくれない。なので、クランカイトの異変に対してあまり関わっている余裕がなかった。
ルシンは時々クランカイトと話していたようだが、手紙がどうと言っていたので、聖宮との手紙のやり取りなのだろう。そういえば巫女になった婚約者がいたとかいう話だったのを、後から思い出した。それでクランカイトかユージオと何か結託したところがあるのかも知れない。
クランカイトが反応を示したのは、昼休みだった。戯れのように手で弄びながら水晶を眺めていたかと思えば、急に立ち上がった。
「ど、どうした」
「戻ってきた」
「戻ってきたって……ユージオ?」
クランカイトはそれに答えることもなく、ふいとアーサーに背を向けてどこへともなく歩き出した。アーサーも慌てて立ち上がり、クランカイトの後ろ姿を追い掛ける。
「どうして分かった」
「あいつの持ち物に道具を仕込んであるから。一定の距離に入るとほら」
クランカイトが無造作に放り投げて寄越した水晶片を、かろうじてアーサーが受け止める。ただの魔法媒体か何かだと思っていたが、水晶の中に薄ぼんやりと青いような色が、水に絵の具を落としたように滲んでいた。
対になる魔法道具をユージオが持っているのだろうが、仕込んだという言葉にはどうしても不穏さが隠せない。
「クランカイト、お前これ、無断なんじゃ……」
「気にすんな。安否確認だ」
「いちいちやることが怖いんだよお前らは!」
それについては仕込まれている方のユージオも含まれていたが、クランカイトの反応はなかった。聞いているのかいないのか、昼休みが終わりそうなことも構わずに平然と校舎の外を目指す。
ユージオもクランカイトも、自分で術式を書くのは当たり前で、聞いたこともない道具を平然と作り出す。どれだけ道具をよく見ても、どんな術式を書いたのかアーサーに少しも見当がつかないのは、持っている知識量がそれだけ掛け離れているからだろう。
怖いけれど、凄いと思うのも確かに本当だ。どちらが勝るのかはとうに分からなくなってしまったが。
クランカイトが校舎を出て向かう方向は、どうやら寮のようだ。入り口に管理者がいて扉は開いているはずだが、寮の中はおそらく無人だろう。
そう思いながらクランカイトを追って寮の玄関へ進み入ると、大きな荷物がそこに浮かんでいた。
正しくは、後ろ姿が一瞬そう見えただけの、荷物を背負ったユージオだったのだが。
ユージオはクランカイトとアーサーの足音を聞いて、あまり驚いたようでもなく身体ごと振り返った。
駆け寄るクランカイトの姿を見つけると、何か緊張の糸が切れたかのように、重い荷物をどさりと肩から落とす。
「カイト、これ」
ユージオが何かをクランカイトに渡しているようだ。アーサーがクランカイトの後ろから覗き込むようにして、ユージオの差し出すものを確かめる。
そこには何かの植物がユージオの手に握られていた。
「何をのんきに草なんか取ってきてんだ!!」
クランカイトの大声に思わずアーサーは肩を竦める。外などでは大声を出す機会もあるが、人を怒鳴り付けるための大声というのはあまり耳に馴染みがない。
だが、驚きつつもアーサーが心底クランカイトの言葉に同意していると、ユージオは消え入りそうな声と共にその手をクランカイトに差し出す。
「見たことなかったから……水に浸けてくれ」
「いくつだお前は!?」
心底感情を露わにして怒鳴るクランカイトは、そう言いながらユージオの手から植物をむしり取る。根ごと引っ張ってきたらしく、下からぱらぱらと細かい土が落ちるのが見える。
子供の頃はよくああして、外の草木や石を持ち帰って室内を土で汚していたな――などと懐かしく思ったが、それをやっているのはもう何ら大人と遜色ない青少年だ。しかも、安否を大いに気に掛けていたクランカイトに対して、当の本人が今まさに気に掛けているのがそれなのだから、クランカイトの怒りもよく分かる。
アーサーが何も言えなくなっている前で、クランカイトはようやく怒りを振り払ったように一つ息を吐き、静かに言う。
「おかえり」
「ただいま……もう限界」
ふとユージオの表情が安らいで見えた。
いつも仏頂面で、人を小馬鹿にしているのだろうかというあしらうような態度なのに、その一瞬、クランカイトに向けた表情はやけに気が緩んでいる。
自分の目を疑いながらその場に立ち尽くしていると、ゆっくりとユージオがクランカイトに凭れかかる。
どうしたのだろうと近付いてみると、すうすうと規則的な息の音がした。
「……もしかして、寝てる?」
クランカイトは脱力していくユージオの身体を支えながら、軽くアーサーを振り返った。
「荷物、持てるか。無理ならいいが」
「ものすごく重そうなんだが……」
と答えたはいいが、目の前で軽々とユージオの身体を担ぐクランカイトの姿を見れば、それ以上は渋れなかった。男一人の重さと荷物とを比べれば、おそらく荷物の方が軽いだろう。
持てると返してユージオが背負っていた荷物をどうにか持ち上げ、クランカイトについて歩き出そうとする。
が、先にクランカイトの足が止まった。
「……ん?」
「どうした、クランカイト」
重い荷物を持って階段を上らなければいけないので、正直早く進んで欲しい――と思いながら、結局力尽きてアーサーは荷物を一度下ろした。
ユージオを軽々肩に担いだクランカイトは、涼しい顔をして振り返る。
「さっきの水晶持ってるか」
クランカイトが手を加えて魔法道具にしていた水晶片のことだろう。慌てて懐から取り出しクランカイトに放ると、クランカイトはそれを受け止めて、光に翳すようにしながら覗き込む。
そして、怪訝そうに軽く眉をひそめた。
「んー……魔力が……」
「魔力? が?」
「濁らないのが、妙……」
「?」
クランカイトが何をしていて、何を確認しているのかがよくわからない。アーサーは首を傾げながら次の言葉を待つが、クランカイトは説明する気があるのかないのか、視線をどこか遠くに放った。
「……変だなこれ」
そう呟くなり、何か考え込むように押し黙ったまま、クランカイトはユージオの自室へと向かって行った。クランカイトが何を引っ掛かっているのか、アーサーには分からないままだった。
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