代償 20
© 2019 sasori_bi 目を合わせようとしないユージオの態度だったが、クランカイトはそれ以上特別な反応を示さなかった。代わりというように、懐に手を差し入れて何かを取り出し、ユージオの方へとその拳を差し出す。
ユージオが身体を起こして、怪訝な顔で拳の下に手を遣ると、クランカイトは持っていたものをその手のひらに転がした。
紐でぐるぐる巻きにされた肉厚な葉の塊だ。だが、見た目よりずしりと重い。中に石が入っているからだ。――ユージオにとってそれは、もう何年も近くで見てきたものだった。
「何でこれ?」
クランカイトが濁った魔力を吸わせた後に、魔除けの葉で巻いた水晶だ。彼にとっては生きて行く上で必要不可欠な、薬にも等しいものだった。普段は部屋の隅の箱に無造作に押し込んでいるものなのだが。
なぜ今渡されるのだろうとユージオが首を傾げると、クランカイトは寝台に座って視線だけ寄越す。
「開ーけーて」
「いやこれ、開けたらあんたの方に魔力が戻っていくだろ。何の意味があって開けるんだ」
「意味はある。俺の気が済む」
「まったく意味が分からないんだが……」
溜め息を吐きながらも、片手に持っていた軽食を棚の上に置いて、ユージオは紐に指を引っ掛けた。クランカイトの意図はまったく分からないが、必要があってそう言っていることだけは分かる。
周りの葉を指でそっと捲って、中の水晶を露わにする。クランカイトの魔力を吸って、石の中は淀んだ渦を巻いている。
クランカイトの視線に促されるようにして、ユージオはその水晶を摘んだ。
「これでいいのか。一体何をしたいのか分からないが、本当に何の意味が……」
あるんだ、と尋ねようとしたユージオの言葉は、途中で切れた。その茜色の瞳が驚愕に見開かれる。
ちょうど一瞬目を離したため、いつそうなったのかは分からなかった。だが、ユージオの指に挟まれた水晶の欠片は、開けた瞬間の濁りなどすでに留めていなかった。窓からの月明かりに翳してまじまじと眺めても、向こう側の景色が合わせ鏡の中のように幾重にも透けて見えるだけだった。
ユージオは恐る恐るというようにクランカイトを見る。
「魔力、戻ったか」
「具合が悪いってことはないな。戻ってくるのが目で見て分かるようなものでもないが」
水晶の中から溢れた魔力は目で見えない。もしかしたらあの渦のような黒い淀みがクランカイトに戻っているかも知れないが、彼はその実感がないようだ。
何が起きているのか分からない。ユージオはクランカイトに詰め寄る。
「淀みは? どうなった」
「俺が知りたい。俺の目には、お前が直接触った途端に淀みが消えたように見えたんだが」
「は? ありえないだろう。心当たりがない」
「心当たりがないか? 俺はあるが」
クランカイトはユージオの襟元へと手を伸ばしてくる。
思わず水晶を投げ出して首元を庇ったユージオに、クランカイトは一気に不機嫌を露わにしてその手首を掴んだ。
乗り上げるようにして片脚でユージオの全身を押さえ込みながら、その服の襟元を握る。手荒に掴んで引っ張ると、その左側の首筋から肩口に掛けて、くすんだ黒い模様が走っていた。
――刺青のようなそれは、もちろん出掛ける以前にはここになかったはずの、クランカイトの見知らぬものだ。
「これは何だって?」
凍てつきそうな冷たい声音だった。おそらく同様に冷たく自分を見下ろしているはずの眼差しは直視できず、ユージオは気まずい表情を必死に背けた。
どの道見つかれば怒るだろうとは思っていたが、こうも早く露見するとはさすがに思っていなかった。言い訳の用意も間に合わなかった。
「…………な、何だろうな」
「すっとぼける気か? 脱げ!」
「止めろ馬鹿、変態! 何考えてるんだ信じられない、うわ今、変なところ触……」
何と言われても、自分でも分からないものを答えようもないだろうが――などと反論しようものなら却って彼の不興を買うことは想像ができたので、どうにか言わなかった。が、どちらにしてもますますクランカイトの怒りには触れてしまったようで、無理やり押さえ付けて衣服を剥ごうとしてくる。
必死に抵抗して揉み合っていると、クランカイトの膝が身体のあちこちに残っている青あざにぶつかったらしい。
服に気を取られて、とっさの悲鳴を呑み込めなかった。
「痛っ……」
――あ、まずい。
そう思って気が逸れた一瞬の内に、服を乱暴に捲り上げられて、そのあちこちに残っていた青あざがとうとう彼の目に晒される。
驚いてうっかり視線を戻した途端に、必死に逸らしていた目が合ってしまった。
「――ありえないのはどっちだこの馬鹿」
すっと細められる、彼の怒りに満ちた翠色の双眸がしっかりと見えた。
「ああ待て落ち着け、言わせて貰うとこれはあんたが想像しているみたいな危険なことがあったわけでなく……」
「お前に言わせたら例え物取りと行き会っても危険なことじゃねえんだろうなあ?」
物取りと行き会ってはいないのだが――という釈明も、もちろん口には出せなかった。この場合真偽はどうでもよく、ただ単純に自分の危機意識に対してクランカイトから全く信用されていない。こうしてしっかり証拠が残っている今、例え何を言っても詰られるのだから逃れようがなかった。
首元の刺青のような模様はともかく、青あざについてはアルマナがユージオを荷車に乗せる時にあちこちぶつけただけなのだが、それを話そうとすると一人倒れて命を落とし掛けた流れも必然的についてくる。危険がなかったと言いながらそれを話そうものなら、今以上に激怒されるのは間違いない。
声を荒げないまでも、降ってくる声はやはり寒気を感じそうなほど冷たかった。
「そういえば人買いに捕まった人間が、刺青を入れられて管理されてるなんて聞いたことがあったな」
「ど、どうしてあんたはいちいちそんな物騒な考えが出てくるんだ……もっと普通に足場の悪い山道で引っ掛けたり転んだりしたとかでいいだろ」
「足場の悪い山道で引っ掛けたり転んだりした傷ならどうして大人しく見せられないんだ?」
「あーそれは……あんたが心配症だから」
「なるほどな。それでこの刺青はどう言い訳する?」
「……世の中不思議なことがあるらしくて……」
一応事実を話してはいるのだが、端から疑われているのでは何を釈明したところで届くわけもなく、クランカイトの怒りを煽っただけだった。
「何しらばっくれてやがるお前は!?」
「ああ分かったから夜中に大声を出すな……! 悪かった、あざは心当たりがある!」
胸倉を掴まれて凄まれてしまい、とうとうユージオは怒りに屈した。諦めて思い切り白状すると、さすがに掴んだ手は離してくれた。ユージオは慌てて衣服を戻す。
クランカイトは怪訝な顔をしていた。烈火のような怒りは表面上落ち着いて見えたし、その声音もいつも通りに戻ったが。
「あざ? 刺青は?」
ユージオは形容しがたい表情で首を傾げる。自分も知りたいほどだと思いながら、ようやく身体を起こして体勢を整えた。
「それが……一応経緯は話すけど……」
どさくさで置きっぱなしになっていた軽食を取って齧りながら、ユージオはようやく一連の出来事を説明し始めた。
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