代償 21

© 2019 sasori_bi
 アルマナと会った経緯。意識を失った原因。身体の青あざはアルマナに救って貰った際のもので、刺青はレガ神の祠の前にいた時、気が付いたらそこに在ったこと。
 話す合間に食べ切った軽食の包み紙を丸めて投げ捨てた。

「だから本当に、人に危害を加えられた事実はない。危険に首を突っ込んだという事実も、同じくない。一人で行ったのは不用心だったと今は思うが……」

 反省を添えながら、ユージオはクランカイトの杞憂を改めて否定する。どう思ったのかクランカイトが深く溜め息を吐いた。

「……アルマナって人がたまたま見つけて助けてくれなかったら、とは考えただろうな」

 ユージオが想像したことを、クランカイトが想像しなかったはずもない。尋ねられて「考えた」とユージオはすぐに頷いた。そんな風に命を落とすことなど考えも覚悟もまるでなかったから、心底背筋が冷えた。クランカイトの今の心境も似たようなもののはずだ。
 そんな思いをさせてしまったと思うと胸が痛む。

「刺青は……お前の話を疑わねえとしたら、確かに世の中不思議なことがあるもんだな」
「アルマナが何もしていないというのは真実だと思う。あの人がむやみに嘘を吐くような人なら、あんな風に集落から遠ざかって暮らしてはいない」

 体裁や処世術として簡単に嘘を吐けるような人であれば、例え違和感を持っていようとも表面上は集落に馴染んで暮らしていったはずだ。だが、彼女はそういう性質ではなかった。

「そうは言っても、神がいるかどうかなんつう、数百年前から散々議論され尽くしたもん、今さら改めて検証するのも億劫だな」

 どうせ答えなんぞ出ねえのに、とぼやくクランカイトの呟きには、内心で同意する。アルマナですらも自らが信仰する神などいないと思っていると言っていた。ユージオも同じく、ブリード教の最高神であるアスラ神が概念以上の存在であると思ったことはない。
 だがしかし、そうなると途端に話は行き詰る。

「仮にこれが人為的なものだったとしても、耳飾りを着けた上で魔法の影響を受けるっていうのが考えられない。そうなると魔法じゃないのかも知れないという話になるが、魔法でないなら……神秘になるのか」
「とにかく理由はもういい。気にするべきは、どんな悪影響があるかってことだろ」

 これ以上話したところで平行線だ。追求を打ち切ったクランカイトに、ユージオも反論を口にすることはなかった。
 その代わりに悪影響と言われて思い付くものも、今のところない。

「体調は……まだ疲れが残っていてなんとも言えないが、おかしいと思う瞬間は特になかった」
「痛みも?」
「これが現れる前後は、少し違和感があったか。虫か何かに刺されたような、痺れのような痛みは少しだけ感じたが、すぐに収まった。今は痛みも違和感もない」

 襟で隠れた首元の模様を、ユージオは服の上から触る。こうして触ってみても、やはりあってないようなものだ。服に隠れて普段は人から見えないし、自分でも鏡を見てようやくその存在を思い出す程度のものだ。現状、ただの装飾以上の意味はない。
 が、寝台に座るクランカイトは、先ほど葉の中から取り出した水晶片を指で摘んで翳している。

「痛みがないってのは分かった。今のところ認識している悪影響はねえんだな」
「ない」
「ならいい。……が、そうなると問題はこれだな」

 水晶片を上に放り投げながら、クランカイトは釈然としないような表情をした。
 クランカイトは何か思うところがあるようだが、ユージオにはどうしてそんなものをクランカイトが持ち出してきたのか話が見えない。
 ユージオが触れたから、淀みが消えた。そんなことを彼は言っていたが。

「俺が触ったことが関係あると?」
「さっきお前を抱えた時、急に身体が楽になった気がする。妙だと思って水晶を覗いても、あるはずだった汚濁は消えていた。今もそうだ」

 抱えた――と彼が言う記憶はないが、最後に起きていたのは寮の玄関だ。目が覚めたのが自室だから、ここまで運んでくれたということなのだろう。

「お前に汚濁が混ざったかと思ったが、そういうこともなかった。そうなると、考えられるのはお前のその模様が汚濁を消すか何かしているということなんだろうが」

 汚濁を消す、とユージオはクランカイトの言葉を繰り返した。
 クランカイトの言うことを嘘だと言う気はないが、俄かには信じがたい。そもそもクランカイトの魔力の汚濁自体、何の原因があってそうなっているか分からない。そうである限り、汚濁に干渉するものが何なのかも分かることはないだろう。

 ――得体が知れないことには変わりないが。

「……あ」

 ユージオの口から思わず声が漏れた。

 ――呪い。

 クランカイトが怪訝な視線を寄越す。しかし、ユージオはそれに答えず、視線を下げて考え込む。
 汚濁した魔力を帯びた水晶の中の、渦巻く黒い靄。

『獣に黒い靄が掛かっていることがあった』

 思い出すのはアルマナの言葉。
 そしてもう一つ。

『悪魔と取引してそんなことをするのなんて、俺しかいない』

 子供の頃にクランカイトが零した言葉。

 ――そんなはずがないと思うのに。

 一度浮かんだ思い付きを容易に振り払うことができない。

「何か心当たりがあったのか」
「え……いや、何も」

 首を横に振ると、クランカイトが怪訝な顔をしながらも「そうか」と一言呟いた。

「まあ、何で魔力が濁るのかも分からなきゃ、分かりようがないしな」

 ユージオは自分の激しい動悸を悟られないようにゆっくりと息を潜める。嫌な汗を背中に感じた。そんなことはない、と何度も自分に言い聞かせても、自分の気持ちをうまく宥めることができなかった。
 しかし結局のところ、こちらも考えたところで何の結論も出ない話でしかない。クランカイトは諦めたように水晶を棚の上に放り出して嘆息する。

「あくまで仮説でしかないし、それでお前に悪影響がないとも断言できない。お前の意思に関わらず勝手にそうなるんじゃ、迂闊に触るわけにもいかないわけで」

 ギ、と寝台を軋ませてクランカイトは立ち上がる。
 ユージオは聞き流しそうになった言葉が少し遅れて引っ掛かり、それまで押さえ付けていた嫌な気持ちを半ば忘れながら、眉を顰めて顔を上げた。

「…………ん?」

 クランカイトが制服の上着から何か取り出している。身体を傾けてそれが何かと後ろから窺うが、よく見えない。
 何をしているのかと思っていると、振り返ったクランカイトの手には手袋が嵌められていた。涼しい顔色で信じられない言葉を発した。

「当分接触禁止で」

 ――一方的に言い渡された禁止令に、ユージオはその顔に思いっきり拒絶感を露わにする。

「……あんたひとをそんな病原菌みたいに」
「こうでもしなきゃ忘れてうっかり触っちまうだろ。何かあってからじゃ遅い」
「それ、俺が付ければいいんじゃないか」
「いい。どうせ剣を扱う時にも手袋を着けるんだし、俺の方が慣れてんだ」

 理屈の上ではそうなのかも知れないし、お互いの大事を取ってそうしていることも分かるのだが、何となく腑に落ちない。仮にも――いや、仮も何もなく事実ではあるのだが、想い人を相手にずいぶんな対応ではないかと思う。
 布越しなら問題ない認識らしく、端の方に詰めるようにと戻ってきたクランカイトに肩を押された。

「あと、お前がつけると耳飾りみたくすぐになくしそう」

 返す言葉もなくなった。さてはまだ怒っているのでは――と心の隅で少し思ったが、下手に蒸し返すのも悪手だと思い、それについて触れることはしなかったが。
 起きた時同様クランカイトはまた寝台に横になった。寝るつもりらしい。
 ユージオもまだ疲れが取れない。それに鍵も閉まっている部屋ではどうすることもできない。朝を待つにしても寝るしかないのが実際のところで、迷いを放り出して結局大人しくクランカイトの隣に横になった。

 ――明日になったら、ユキシロのところに行かなければ。

 そう思いながら目を瞑ると、ほどなくしてユージオはまたあっけなく眠りに落ちた。

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