魔法使いとブリード教 3
© 2019 sasori_bi 子供たちは騒然となり、教師たちは混乱しながらフローレインを囲んで火を消そうと躍起になる。司祭や巫女は激しく燃え盛る聖火の方に掛かりきりだ。だが、聖堂内で魔法は禁じられている。そのせいで講じる手段もなく、闇雲に手や上着で火を払うだけだ。
「水……ッ」
クランカイトは混乱の最中にとっさにそう思い立ち、階段へ引き返そうとする。
だが、それより早く乱暴に肩を押された。少年だった。
「邪魔だ、どけ……!」
そう怒鳴って手摺りに寄ると、少年は階下に向けて手を伸ばした。どう考えても届く距離ではない。何をするつもりなのかと思っていると、少年の澄んだ声が凛と声を張り上げる。
「『万象に従い“最善なる天則の神”が神意を令す』……ッ」
クランカイトは少年の指先を追うように視線を階下へ向けた。すると、一階の聖火とその周囲に広く輝く陣が形成されていく。
(詠唱……!?)
陣を渦の中心にして礼拝堂内に風が吹き始めた。
クランカイトは手摺りに掴まりながら、隣の少年の横顔を見た。何の躊躇もなく魔法を行使しようとする姿にただただ驚いた。
「『質料は形へ、可能態は現実態へ、式は解へ。原初から完成へ転輪し、真理に依りて具現せよ』」
橙色の瞳が炎を映して、燃えるように輝いている。少年は陣を閉じるためにきつく指を握り締めた。
「結着しろ……!」
ドン、と地が突き上げられるように一度、音を立てて揺れた。不安定な力の反作用で起こりやすい事象だ。クランカイトにも経験がある。だが、陣自体はどうにか問題なく形成されたようだ。
直後、一気に勢いを増した風が礼拝堂内を暴れ回る。
クランカイトはよろけながら階下にいるフローレインの方を見た。こんな激しい風が起これば、火はますますその勢いを増してしまうのでは。そう危惧しながらフローレインの姿を注視する。
そして、その暴風の中で目を細めたクランカイトは、そよとも揺れないフローレインの髪に気付いた。
それどころか、彼女に燃え移った火は明らかに弱々しく小さくなっていく。
炎はどす黒く煙を上げながら収縮し、燻るようにみるみる小さくなっていく。クランカイトはその様子を唖然と見つめた。何が起きているのかと困惑する。
彼がどういう魔法を使ったのかはわからない。しかし、フローレインの身体に付いた火は完全に消えていた。さらには陣の中に入った聖火までが、黒煙を上げながら明らかにその勢いを弱めている。
それに気付いた途端、クランカイトは無我夢中の少年に飛び付いた。
「もういい、聖火まで消えるぞ……!」
「!!」
少年の手を包むようにして掴むと、少年は体勢を崩してぐらりと倒れ込んだ。
クランカイトも力任せにぶつかったため、少年と一緒に倒れ込む。魔法を強制的に解除され、礼拝堂内に巻いていた風がふつりと止んだ。
「うわ!」
「あいた」
少年を敷き込んで倒れたが、その際、強かに膝を打ち付けた。縺れるように折り重なった身体は、すぐに起き上がることもできずにじたばたともがく。風に巻かれていた金色の髪が重力に従って、下敷きになった少年の頬にさらさらと落ちた。
クランカイトが立ち上がって上から退くと、少年も跳ね上がるように上体を起こした。憔悴を露わに詰め寄ってくる。
「……な、何するんだ危ないな!! 魔法を使っている間は邪魔をするなとあんたは先生に教わってないのか!?」
「許可もなく勝手に魔法を使うなとは教わってる」
けれど――と言葉を継ごうとしたが、それより先に少年は後ろめたそうな顔をして俯いた。彼も知らないわけではないようだ。
「……正確には、魔術だけど……」
それでも、禁を破って魔法を使ったことは変わらない。
いくら非常事態に焦っていたとはいえ、加減もせずに過剰な規模の魔法を巻き起こしたのだ。冷静に考えて、もう少し待てば大人がどうにかしてくれただろうに、その判断を待てなかった。しかし、ここまで派手に使ってしまえば叱りを受けるのは当然だろう。
それでも――
クランカイトが手を伸ばして少年を助け起こしていると、下にいた巫女が階段の方からやってきた。顔を見た途端、金切り声を上げる。
「ユージオ・シアン!! あなたは何をしているのです……ッ」
少年はびくりと肩を竦めた。先ほどフローレインを助けた時の無鉄砲さは鳴りを潜め、悪さをした子供そのものの顔で小さくなっている。
その姿を見たクランカイトは、少年を庇うように巫女の前に立った。人好きのする満面の笑顔でにっこりと笑って見せる。
「彼は礼拝堂の子ですよね?」
巫女は怪訝な顔をしてクランカイトを見下ろす。
「……君は?」
「彼女の双子の兄です」
少しの非難を込めてそう名乗ると、巫女はばつが悪そうな顔をした。この礼拝堂の聖職者達の、火が移った子供よりも替えの利く聖火の方を優先する姿を見れば、彼らが重きを置く方はよくわかった。
フローレインを助けて、危うく聖火を消しそうになった少年が、これから叱責されるであろうことも。それを知りながら、クランカイトは毒のない笑顔で巫女に礼を告げる。
「彼と、彼を育ててくれたこの礼拝堂の先生にお礼を言わせて下さい。彼のおかげで、妹はどうやら無事だったようですから」
巫女は対照的に冴えない顔色で、クランカイトの笑顔に曖昧に頷いた。その内心をクランカイトはそれとなく理解しながら「ありがとうございました」とさらに礼儀正しく頭を下げる。
巫女は腰を屈めてクランカイトと目線を合わせた。
「妹さんのことは、こちらの油断もあったこと。お礼を言われるようなことではないのよ。心配させてしまって、ごめんなさいね。……それと、ここにいては駄目でしょう? 早く下に戻りなさい」
クランカイトと目を合わせながら苦い笑みでそう言うと、さっさと姿勢を戻して踵を返した。
立ち去る間際、少年の方をちらりと一瞥する。
「それからユージオ、後で先生から少し話があります」
そう言い残し、巫女は長い祭服の裾を摘んで、来た方へと引き返していく。
すっと笑みの失せた顔で、クランカイトは少年に声を掛けた。
「ここの巫女ってのは皆あんな風に感じが悪いのか?」
「……そうだな」
少年はそれきり何も言わなかった。暗い顔色でとぼとぼと階段の方へ歩き始める。
クランカイトもそれ以上しつこく少年に声を掛けることができず、大人しく一階にいる同級生の輪に戻った。
結局、その日の祭祀は中止された。
混乱も収まらない教師たちの指示で、礼拝堂から直接帰路についた。他の子供たちも怯えて祭祀どころではなくなった。後日改めて安全対策をし直して仕切り直すという結論で、子供たちは皆その場から帰された。
帰りの道中、当事者であるフローレインに何が起きたのかと尋ねたところ、
「わからないの。なんだか急に火がボウって大きくなって……気が付いたら巻き込まれちゃってた」
そう言って、焼け焦げて煤の付いたローブを摘みながら首を傾げるのだった。
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