魔法使いとブリード教 4

© 2019 sasori_bi
 礼拝堂での慎ましい夕餉が終わった後、少年――ユージオは司祭に呼ばれて書斎にいた。
 無論、昼間の禁を破った咎めをこれから受けるのだ。司祭以外にも巫女が同席して、部屋の中心に立たされたユージオを囲んでいる。総じて眦を吊り上げた険悪な顔色だ。

「なぜ大人に任せてじっとしていなかったのです? 魔法はあなたたちが思うよりずっと危険なもの。子供が不用意に使用することは、怪我で済まない可能性も充分にあるのですよ」

 しかめ面で言う巫女に続き、他の巫女も口々に言う。

「それに、いくら級友を助けるためとはいえ、聖火がどれほど不可侵のものであるのかということは、あなたには毎日教えてきたつもりなのですが……わかっていなかったとは、これほど残念なことはありません」
「もしもあの時に聖火が消えていたら、過失では済まされないのですよ。内乱の罪に値する大きな罪になりかねません。もしもそれが礼拝堂で育てられている子であれば、増して大騒ぎになること」

 ――馬鹿馬鹿しい、とユージオは内心で吐き捨てた。

 総じて少女よりも、火や、それを失いでもして自分たちの立場が脅かされることを恐れた連中だ。少女を助けようと囲んだのは引率していた教師たちで、決して彼女たちではない。そんな連中に囲まれてもっともらしい叱責を受けたとして、すんなり聞き入れる耳は持ち合わせていない。
 ユージオは憮然と溜め息を吐いた。しおらしく反省する気も起こらない。拳を握り締めながら無遠慮に反論する。

「火なんか台所から持ってきて適当につけ直せばいいだろ。女の子が一人死んだり、ひどい火傷を負ったりすることよりも、火の方が大事だなんていうあんたらは、誰かの親じゃないからそんなことが平気で言えるんだ」
「なんてことを……!」

 巫女たちが一斉に顔色を変えた。
 普通、礼拝堂に従う巫女は生涯未婚か、または事情により離縁することになった者がなる。彼女らは総じて子供がおらず、また、子供がいないことが巫女の条件となっている。そのことに対して複雑な思いを持つ者も少なくない。
 ユージオの言葉はそうした巫女の逆鱗に触れた。

「先生、やはりこの子を礼拝堂で育てようだなんて、我らが神への冒涜だったのでは。……彼の母親は、皆が知るように異端者です。だから呪いを受けた。そうでしょう」

 人の親のことまで持ち出して好き勝手言いやがって。
 そうユージオは内心で悪態を吐いた。聖職者とはいえしょせんは人間で、感情的に怒り散らす醜い俗物だ。

 ――ユージオを残して死んだ母は、異端と呼ばれる棄教者だった。

 国教であるブリード教を信仰しないことは、この国では国民である証を捨てていることと同義だ。確かに母は耳飾りをつけていなかったし、礼拝堂に通うこともなかった。そして、それを隠すことも否定することもしなかった。
 それと同時に母は、一度でもブリード教を軽んじたことはなかった。ユージオに耳飾りを付けさせたことだって、ブリード教に対する信仰心が完全になかったなら、そうしなかったはずのことだ。そうユージオは思っている。
 それを異端と決めつけて好き勝手罵る巫女の方が、よほどさもしい生き物に思えた。

『ここの巫女ってのは皆あんな風に感じが悪いのか?』

 今日会ったばかりの少年の言葉がふと思い出される。
 美しい金の髪を持っていた。瞳は瑕のない翠玉で、まるで繊細な宝石細工のような姿だった。そんな少年が、ユージオとまったく同じ意見を零してくれるとはまさか思わなかったが。
 あの言葉を思い返し、少し胸がすく思いになる。

「何を笑っているの!?」

 巫女の甲高い声に、ユージオははっと口元を押さえて現状を思い出す。
 無意識に笑っていたらしい。自覚がなかった。そんなユージオを、巫女はあからさまに不気味がった目つきで見下ろす。

「やはりその子供は魔女の血を継いだ異端です。だからこそ今日だって、あのように事故に見せかけ、神聖なる火を侵そうとしたのでしょう。恐ろしい悪魔の所業に他な……」
「止めなさい」

 司祭が巫女の言葉を窘めるように遮った。
 彼は巫女たちよりも幾分冷静な目をしていた。ユージオをどこか気の毒そうに見下ろす。

「これは彼の母の異端を正すために、神より与えられた必然の機会です。また、彼に与えられた素晴らしき好機でもある。それを貴女たち御巫が冒涜などと、滅多なことを言うものではありません」
「ですが先生……!」

 司祭は軽く手を上げて巫女を制する。

「わかっています。このまま無罪とするにはあまりに危うい。いつまた彼が不用意に魔法を用いて危険を冒すとも知れません」

 司祭はユージオの夜空色の髪をそっと撫でた。

「ユージオ・シアン。あなたの級友を救おうとする行動は尊いものです。それ自体を咎めるわけではありません。しかし、魔法は時に人を傷付ける諸刃の剣でもあるのです。あなた方の年頃には特に力が不安定で、加減もまだ完全にはわかっていない。だからこそ、あのような状況がまた起こった時、自分で行動せずに大人に助けを求めなければなりません」

 どこまで当てになったものだか、と内心で嘲るが、ユージオは言葉に出すことはしなかった。せっかく静かになった巫女たちがまた騒ぎ出すのは目に見えているし、巫女たちとは違い柔和な態度で接して来る司祭にまで噛み付く気力はなかった。
 司祭は眉尻を下げながらユージオの前に膝をついて目線を合わせてくる。

「それがわかるまで、少し時間を作りましょう。ユージオ、あなたには一日の禁固を言い渡し……」
「先生!」

 扉がけたたましく開く音と、突然割って入った慌てた声に、呼ばれた司祭も驚いたようにさっと立ち上がった。
 書斎の扉を押して入ってきたのは、その場にいなかった別な巫女だった。
 息を弾ませて司祭へと駆け寄る。

「その、アステリア氏が夫妻で見えられて、先生とお話がしたいと……」
「アステリア氏?」

 司祭は心当たりがないというような顔をして巫女に問い返す。
 ユージオも怪訝な顔で首を傾げた。これから懲罰を受けると思っていたのに、思わぬ来客が起きたようだ。それも、よくある客ではないようだ。
 罰を受けるのか受けないのか、宙ぶらりんになった状態のユージオへと、巫女の視線が下りてくる。

「それから、娘を助けてくれた少年にお礼を言わせて欲しいと言っておりまして。ど、どういたしましょう」

 今まさにその話をしていた矢先のことに、その場の視線が一斉にユージオへと集まった。

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