魔法使いとブリード教 5

© 2019 sasori_bi
 初等学校は学年の垣根を越えて同じ教室で授業を受けることが多いので、教室内の顔ぶれは授業のたびに変わる。
 同じ学年のみで受けるものは、せいぜい必修の授業のみだ。そこで顔を合わせるのが自分の同級生たちということになるのだろう。
 だから、同じ教室の中にいたことすら今まで知らなかった。授業を受けるために、移動した教室で机に座ると、ユージオはそこで初めて彼に声を掛けられた。

「同じ教室にいるじゃん」

 昨日、礼拝堂で高みの見物を決め込んだ場所に現れた金髪の少年だった。ユージオと同じく制服である真っ黒いローブ姿なのに、長い金髪のせいかやけに眩しく感じる。
 彼は悪戯っぽい笑みでユージオの隣に座った。

「折檻された?」

 隣に座ったこともそうだが、掛けられた問いにも思いっきり顔をしかめた。美しい外見に惑わされて一見心配のようにも聞こえるが、この場合まったくそうではないことを、ユージオは昨日の会話の中で充分知った。

「わかってるだろ、あんた」
「お礼なら気にしなくていいぞ」
「図々しい」

 吐き捨てように一蹴すると、彼は楽しそうに「冷たいな」と笑った。満面の笑みではない。ふと力が抜けた微笑みのような緩やかな笑顔だ。およそ同年代の子供とは違っている。
 その顔を見てユージオはあからさまに嘆息した。

「両替商の御子息はずいぶんと好き勝手できるようで、いい身分だな?」

 トゲのある言葉を選んで投げ、ユージオは腕を組んで横目で少年を見た。彼はきょとんと目を瞬かせる。何の話かというような顔つきだ。

「何をどう言ったのかは知らないが。親を言葉巧みに操って、思い通りに使って、満足したか」

 そこまで重ねて問いを投げると、彼はやっと思い当たったというような顔をした。

 昨夜のことだ。あの後司祭に連れられ、ユージオはアステリアを名乗る夫妻に会った。
 代々両替商を商っているという夫妻だった。ぱっと見でもすぐに身なりや雰囲気で、資産家であることはわかった。
 娘が危険に晒されたのだから怒り心頭かと思いきや、彼らは礼拝堂の人間たちやユージオに娘を助けられたと信じて疑わない口振りだった。終始にこにこと笑顔で話をしていた。窓から帰り際の姿を見掛けた際には巫女に何かを渡していたので、要するに寄進という名目の金だろう。
 結局そのせいかユージオの処罰はうやむやになり、今朝の巫女たちはユージオに対して冷たいというよりぎこちない態度だった。散々叱責した後に弱みを作られてはどう接していいかわからないかも知れない。それを想像して、ユージオも彼女らに何も言わなかった。

 良くも悪くも口が巧く、資産家の息子然とした振る舞いをする少年は、自分の胸に手を当ててにっこりと笑う。

「改めて、クランカイト・アステリアだ。昨日燃えかけたのは双子の妹のフローレイン。……妹を助けてくれて本当にありがとう」

 ――あくまで彼はそういうことにするつもりらしい。

 礼拝堂は思わぬ実入りがあり、子供を危険に晒した責任逃れができたし、両替商の夫婦も気分を良くしたまま事態は収束した。多少の出費も、あってないような程度のものだろう。ユージオの処罰もなくなり、まるっきり丸く収まった。今さら難癖をつける気にもならないほど。

「……そう思いたいなら、そう思えばいい」
「素直に『どういたしまして』とは言ってくれないんだな」
「うるさい。助けたと思うな。別に処罰なんか慣れてるし、それが一度二度増えた程度でなんとも思わない。……あの口汚い巫女どもの嫌がらせでな」

 少年、クランカイトの顔からすっと笑みが消えた。

「『黒魔女の息子』って話か?」

 どこかで聞いたのだろう。
 礼拝堂に来た彼の両親ではないだろう。だとすると、おそらく同級生の誰かの陰口を耳に入れたか。どこでも棄教者は異端なのだ。息子であるユージオに対する反応も、どこにいても変わらなかった。

「周りが勝手に言ってるだけだ」
「じゃあ」

 聡い彼はそれ以上追及せずに、ユージオに向けて指を指してきた。

「ユージオ・シアン。合ってる?」
「……それは、合ってる」

 ――そういえば、お互い昨日は名乗らなかったか。

 クランカイトは毒気が抜けるような笑顔をまた見せた。細められる翠の瞳は宝石のような鮮やかさで、つい視線が吸い寄せられる。
 自身の突っ掛かるような態度を思い出して急に気まずい思いになりながら、ユージオも少なからず気になっていたことを彼に尋ねた。

「結局、何が起こったんだ」

 騒ぎが起きてからのことしか見ていないので、仔細がよくわかっていなかった。昨夜もアステリア夫妻との話の途中で退室するよう指示されたので、その後どういう話が交わされたのかは知らない。
 クランカイトは頬杖を突いた。

「昨夜、親から聞いた話では、レイン……妹な。レインの魔力が生まれつきケタ外れに多いらしい」

 この国の人間が大なり小なり魔力を有していることは、ごくありふれた当たり前のことだ。
 魔力の保有量は人により決まっているが、遺伝が多少なりとも影響すると考えられている。運動能力に優れた親の子は、少なからず運動能力に優れるように、魔力の多い親の子もまたそうであることが多い。結果として魔法を使う素質である魔力の多い者が、成り上がって財を築いていく。資産家の大半が大きな魔力を持つ家系であると言って語弊はないだろう。
 だが、稀に例外もある。

「そういう家系じゃないのか」

 クランカイトは首を横に振る。

「せいぜい平均より少し多いとか、その程度だな。まあ両替商なんてやってるから、そんなに魔力が少ない家系ってこともないはずだが」

 両替商という職業柄、金銀や貨幣をよく扱う。そういう場所を狙って魔法を用いた強盗が現れるのは、当然想定されることだ。そういう不逞の連中を返り討ちにできる程度の魔力は備わっていなければならない。平均より上というクランカイトの観察眼は確かだろう。
 しかし、必ずしも親と同じような魔力を有するとは限らない。

「母親側の先祖の中には、魔力の量が突出していた人がぽつぽついたらしいから、レインは先祖返りってやつかな。言われてみればレインの魔法は、俺と同じものを試しても結果がずいぶん違うと思ってたが。そのせいだったんだろう」
「それが昨日の事故とどう関係する?」
「加減がわからず注ぎ過ぎた魔力に、火が反応して膨れ上がって、レイン自身を巻き込んだ。司祭の先生が言うにはそういうことらしい。加減がわからない子供のやることでも、普通は起こることじゃないらしいが――」

 あの聖職者たちにとっても不測の事態だったのだろう。これまでそのような事故が起こったためしがなかったから、警戒してこなかった。だから、油断していた中で初めて起こった事故だと、そういうことなのかも知れない。

 ――それだけ類を見ない莫大な魔力を、あの小さな体に保有しているということだ。

「昨日は気合も入って思いっきりやって、結果燃えたって部分が大きいだろうけど」

 馬鹿だよなあ、とクランカイトはあっけらかんと笑う。
 兄妹で遠慮がないからこそ、そんなことをけろりと言ってしまえるのだろう。果てしない魔力の裏には相応の危険が付き纏うだろうに、そんな軽い言葉で片付けてしまうところに仲の良さが感じられた。

「おかげさまで無傷だ。焦げた髪を切ったら頭が軽くなったってはしゃいでる」
「……痛ましいことだ」
「全然。どうせ俺の真似して伸ばしてただけの髪だからな。あちこち騒いで引っ掛けるレインには向いてない」

 あいつそそっかしいからさ、とクランカイトは楽しそうに語る。その表情は年相応の無邪気さが感じられた。ユージオは意外に思いながらその横顔を見る。
 真似したくなる気持ちは、わからないでもなかった。
 流れるように真っ直ぐな金の髪。後ろで一つに括られてはいるが、身じろぎするたび優雅に揺れるその輝きは、少女ならきっと誰しも憧れる美しさだろう。そんな純粋さのないユージオですら、掛け値なしに美しいと思えるのだから。
 加えて、宝石のような深い緑の瞳だ。

 本当は、昨日声を掛けられるより以前から、ユージオは彼の姿を見て知っていた。
 長い金の髪の少女と一緒にいる、同じ顔の少年。二人で並び立つ姿は、何か神聖なもののように思えるほど絵になる光景だった。揃っていない時はいつも人に囲まれて、ただそこにいるだけで周囲に愛される、自分とはまるっきり違う部類の人間だろうと思っていた。
 それが実はこうも性悪な中身をしていて、ユージオに平然と話し掛けてくるなどとは、何かの冗談のようだ。いや、冗談であって欲しい気さえする。

 ――その翠の瞳がユージオをすり抜けて、そのさらに奥を見ていたことに気付くのには、少し遅れた。

「噂をすれば馬鹿が来た」

 ユージオは怪訝に思ってクランカイトの視線を追った。身体を捩るようにして振り返る。
 途端、同じような金色の髪が目に入ってきた。
 ただ、こちらはクランカイトと少し質が違って、毛先が元気に跳ねている。長さも違い、動くと毛先がぴょこぴょこ揺れた。
 肩ほどの長さの髪を持った少女は、クランカイトの言葉を聞いて目を丸くした。

「置いていくなんてひどいと思ってたら、なんかすごいひどいこと言われてる!!」

 ユージオを間に挟んで隣に来た少女は、クランカイトと瓜二つの顔に怒りを浮かべていた。

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