異端者達 4

© 2019 sasori_bi
 ――頭がぐらぐらする。
 手首に嵌められた戒めで、身体の中の魔力の流れが滞る。気の巡りまで悪くなるようで、どうにも気分が悪かった。

『アステリアの娘だな』

 彼らはクランカイトを囲むなり、そう言って拘束してきた。
 フローレインと間違われたことに一瞬は動揺した。しかし、否定も肯定も意味がないことは直後にわかった。クランカイトの返答も待たずに荷車に押し込まれたからだ。
 不覚を取った、というのは少し強がりが過ぎるかも知れない。何しろ、あの人数を相手取って太刀打ちする方法などなかったのだから。例え魔法を使ったとしても、複数の大人を相手に子供が一人で抗って、勝ち目があるとも思えない。腕っぷしに関しても同じで、後ろから押さえ込まれればもうどれだけもがいても逃れられなかった。
 そうでなくても、まともに魔法が使えたとは思えないが――

 たぶん、髪の長さでフローレインと間違われたのだろう。似たような背格好の男女の子供がそれぞれいて、髪の長い方を女だと思うのにそう不思議なことはない。

 荷馬車の奥に詰め込まれたクランカイトは、半ば俯きがちに座り込む。口は塞がれなかった。クランカイトが騒いだり、大声で助けを呼んだりするような素振りさえ見せなかったためだろう。そもそもそんな余力はなかった。
 クランカイトを見張るよう囲んで、誘拐の実行犯である複数の男たちは荷台に乗り込んでいる。五人――六人か。荷馬車の御者である人間も含めると七人いる。
 誰しも神妙な顔つきで、まるで護送される犯罪者か何かのような、重々しい空気を放っている。クランカイトはぐったりとしながらも、どこか他人事のようにその男たちを見ていた。虚ろに薄く目を開いたまま、ぼんやりと考え事をする。

(……そんな顔するぐらいなら、やらなければいいのに)

 だが、なぜそうまでして計画的にクランカイトを攫ったのか、その理由についてはいくらか気に掛かった。

「何見てる」

 男の一人と目があって、そんなことを尋ねてくる。クランカイトはゆるく横に首を振った。

「……どうして俺をさらったのかと」
「『俺』?」

 一人が怪訝そうに問い返し、男たちは一斉にざわめく。一気に広がった動揺を滑稽に思いながら、クランカイトは青褪めた顔でぽつぽつと言葉を続けた。

「調べたならわかると思うけど……俺は娘じゃない方。娘の方は……先に帰ったはず」

 男の一人がクランカイトに詰め寄り、前髪を乱暴に掴んだ。クランカイトは痛みに顔をしかめるが、気分が悪くて抵抗する気力もない。
 急にクランカイトは突き飛ばされるように解放される。男は忌々しげに舌打ちした。

「……本当だ」

 男たちは一気に憔悴し出す。

「おい、どうするんだ、ヴェーダ!? 間違いじゃ済まねえぞ!」
「もう一度戻るか?」
「馬鹿言え、そんなことしたら今度こそ誰かの目に触れるだろう!! そんなことになったら……」

 おそらく実行犯のまとめ役なのだろう。ヴェーダと呼ばれた男は、無言で考え込んだまま何も答えない。他の男たちは気を揉んで苛立たしげな声を交わし合う。
 その取り乱しようが、クランカイトには理解できなかった。身代金を目当てに両替商の子供をかどわかしたのであれば、その目的がクランカイトでもフローレインでも同じのはずだ。だが、彼らはまるでフローレインでなければならないかのような口振りをしている。
 現に、クランカイトの方だと気付いた途端、荷台の中は激しい混乱に包まれていた。

「車を止めるか?」
「いやでも、戻ってうまくいくとは思えねえ」
「日を改めて……」
「じゃあこいつはどうする? 口封じに……」

 殺すのか、という言葉を聞いて、ぞっと背筋が冷たくなる。言った男たち自身も臆したように口を噤んだ。誰も同意をしないところを見ると、そこまで手を汚し切れていない連中のようだ。
 仮に殺されるとしても、抵抗しようという気力はない。時間が経つほどに身体の中の魔力は淀み、どんどん身体が重くなっていく。身動きできそうにない。危機感でべたついた嫌な汗が背中をじとりと濡らした。

「このまま進む」

 しばらく考え込んでいたヴェーダが、沈黙を破って言い放つ。

「このままって……」
「どのみち船で売人を待たせてる。幸い、同じ顔のガキだ。娘と偽って引き渡して、対価を貰っちまえば終いなんだ。……このまま行く」
「本気か」
「じゃあ他に手があるっていうのか!?」

 ほとんど怒声になったヴェーダの声に怯んだか、相手の男は口を噤んだ。
 一連のやり取りを聞いたクランカイトは、その売人というのが子供の人身売買をする違法な売人であることをうっすらと察知する。それならばフローレインでなければいけないわけだ。だが、それにしても妙に素人紛いの集まりだと、そんなことをぼんやりと考える。
 足音が近付いてきた。クランカイトの前で立ち止まったヴェーダは、再び手荒にクランカイトの髪を掴んで上向かせた。

「いいか、坊主。くれぐれも余計な口を利くんじゃねえぞ。大人しくしてりゃ、痛い目見ることはねえ」
「ッぐ……」
「わかったな!?」

 クランカイトは痛みに呻く。返事がないことに苛立ったように、ヴェーダが凄んでみせる。
 クランカイトは汗を滲ませながらうっすらと目を開いた。間近にあるヴェーダの精悍な顔が目に入る。
 だが、それに対する返事がクランカイトの口から発せられることはなかった。
 その耳元をじっと見据えて、翠の瞳をゆるりと瞬かせた。

「異、教徒……?」

 彼の耳にはブリード教の信徒を示す耳飾りがなかった。
 目だけで周囲に視線を巡らせれば、彼らも同様だった。誰一人として耳飾りを付けていない。つまり棄教者か、あるいは異教徒なのではないだろうか。学校でも街でもそんな人間を見る機会はなかったので、どう受け止めていいかわからない。
 驚いていると、ヴェーダは忌々しそうに顔を歪めた。

「は。お育ちのいい坊ちゃんには、異端者はさぞ珍しかっ――」

 だが、その言葉が最後まで発せられることはなかった。
 急に馬車を引いていた馬がいななき、荷馬車がガタガタと激しく揺れ始めた。

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