異端者達 6

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 クランカイトとユージオは荷車の奥に揃って押し込まれる。ユージオの方に意識はない。クランカイトは再び魔封じを取り付けられ、一瞬は楽になったものの、胸が押さえ込まれるような息苦しさで朦朧としてくる。

 クランカイトは抵抗しないことを約束し、かろうじて拘束を免れていた。脱いだローブでユージオの傷口を押さえる。黒いローブが重く血を吸って赤黒く色を変えていた。
 こめかみを軽く切っただけで、血の量ほど深い傷ではなさそうだが、膝に抱えたユージオの意識は戻らない。手に触れる冷たい感触がユージオの身体なのか、それとも自分の手が冷え切っているのか。自分の身体がろうにでもなったように感覚が遠くてわからなかった。

 道を開いた男たちが戻ってきて、荷馬車は再び動き出す。クランカイトは絶望的な気持ちでぽつりと口を開いた。

「……こいつは、関係ないだろう。見逃してやってくれないか」

 怪我をさせてしまった。このまま目を開かないのでは、そんな恐怖が身体を竦ませる。自分がどうなるのかよりよほど、今はユージオのことが心配でたまらない。

「駄目だ。戻って密告されちゃ敵わねえ」
「せめて医者に」
「無理だと言っているだろう」

 ヴェーダが苛立たしげに舌打ちをした。クランカイトはやむなく口を噤む。これ以上食い下がって彼の気が変わるとも思えない。ただ彼の気分を害すだけで、事態が好転することはない。

「――ま、年のわりに聞き分けはいいだろうが。えらく大人しいな、お前」

 ヴェーダが頬杖を突きながらぽつりと呟いた。意外そうな言葉は、この年頃の子供が周りにいるであろう人間のものだった。
 ――身内か、あるいは誰か身近な子供のことでも思ったのか。
 そんな想像をしながら、クランカイトはゆるりと重く瞬きする。

「魔封じで……気分が、悪い」
「そんなこともあるんだな。使うこともないし、知らねえだけか……吐くなよ」
「だいじょう、ぶ……」

 面倒そうな言葉を掛けられて、クランカイトは短く答える。寝かせたユージオの方がよほど容体は悪そうだ。それに比べれば傷一つない自分など、具合が悪いなどと言えるほどのものではない。

 ユージオを見下ろしたまま身動き一つしないクランカイトをどう思ったか。ヴェーダが忌々しげに溜め息を吐いた。

「ったく、面倒くせえことになった。が……売っぱらうガキが一人増えたと考えりゃ、なんのことはねえ。少しの怪我くらいは大目に見て貰いたいところだが」

 ヴェーダの言葉に、半ば放心していたクランカイトは我に返る。

「行き当たりばったりもいいところだ」
「別に、特別に魔力の多いガキとかじゃねえんだろう? そんなのが売れるのか」
「魔力以外にも使い道ぐらいあるだろう。そうだな、例えば軍属の魔法兵とか」
「ああ、そういえば。気の毒になあ」
「気の毒ってこともないだろう。うまくやれば出世もある」
「その前に死ぬ奴の方が多いがな」

 ユージオの傷口を押さえたまま、クランカイトは一人息を呑む。――考えていなかった。これからユージオがどうなるのか。
 腑抜けていられる状況ではないことに気付く。このままでは自分だけでなく、ユージオまで一緒に売人に渡されることになる。最悪、自分のことを後にしてもユージオを助けなければならない。

 クランカイトは考える。彼らの考えを変えるにはどうするべきか。鈍い頭を無理やりにでも動かして、打開策を練る。
 きつく拳を握りしめた。不調を訴えてぎこちなく軋む身体を無理やり動かし、どうにか顔を上げる。

「……なああんたら、妹と人違いをしたんだろう。……なら、人買いを相手にするよりも、予定を変えて――俺の親に身代金を要求した方が、いいんじゃないのか」

 恐怖はとうに通り越した。売人に渡されるまでここで殺される心配がないのなら、無駄なあがきをしない理由もない。それに、どうも彼らは殺人について消極的な姿勢に見える。そこに付け要る隙はありそうだ。
 おかしなことを言い出したクランカイトに、男たちは一斉に怪訝な顔つきをした。

「お前、何を言ってる?」
「アステリアが……両替商だって、わかっていて攫ったんだろう? 金の出所が売人からうちの親に変わるだけだ。なんでそうしない?」
「知って何になる? 答えてやる義理はねえ」

 ヴェーダはさすがに乗ってこなかった。
 急に饒舌になったクランカイトへ不審の目を向けてくる。が、まるっきりクランカイトの話を耳に入れず無視するわけではない。それだけで充分に好都合だ。

 クランカイトは質問を変えた。

「じゃあ、単なる興味本位なんだけど……なんで耳飾りをしていないんだ。あんたらは本当に異教徒ってやつなのか?」

 ぐるりと男たちを見回して尋ねると、ますますヴェーダが不快そうな顔をして周りの男たちへ言い放つ。

「うるさいガキだな。……おい、なんか噛ませておけ」
「気分が悪いんだ。気分転換に話でもしてくれないと吐きそう。どうせ売人に引き渡してそれっきりなんだろう? なら教えてくれてもいいじゃないか」

 他意のない子供そのものの態度で、クランカイトはずけずけと踏み入ったことを尋ねた。異常な緊張で、汗でべたつく背中が冷たい。指先までも冷たく、触れたユージオの温度はやはり感じ取れない。
 それでもクランカイトは必死に、冷静を装って彼らの胸の内を探る。

「俺の周りには、ブリード教の信徒じゃない人はいないから。珍しいんだ」

 街中を見ても、耳飾りをつけていない人間を探すのは難しい。外から来た商人の中にはそういう人も稀にいるが、基本的に話をすることはないし、まして他の宗教についてあれこれ尋ねることもなかった。
 珍しいというのは本当だ。彼らも自覚があるようで、クランカイトの言葉を疑うことはしなかった。

「まあ王都なんかじゃ特にそうだろうな。皆肩身が狭くて出てっただろうし」
「おい、アドラス。余計なこと言うんじゃねえ」
「いいじゃねえか。そんぐらい聞かせてやれよ。……こいつの親父が何をしたのかも含めてな」

 その名前が出た途端、ヴェーダの目つきがぎらりと昏く濁る。男たちからは憎悪の気配がしてきた。クランカイトはそのわけもわからないまま、彼らの視線にわずか怯んだ。

「父さんが……?」
「どうやらこの坊ちゃんは何も知らないらしい。おめでたいことだ」
「どうして信徒じゃないことに父さんが関係あるんだ?」

 クランカイトは焦れながらさらに問いを重ねた。
 しかし、ヴェーダがゆるく首を横に振る。

「ま、お互い暇には違いない。そう結論を急かずに黙って聞いていろ、恵まれた両替商の坊ちゃん」

 その呼掛けに含まれた軽蔑は、クランカイトにとってはまるで心当たりのないものだった。
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