異端者達 7

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 アドラスと呼ばれた男は頬杖を突いたまま、自分たちのことについて語り出す。その語り口は特に何の情も込もっていない。

「俺らの故郷の集落には、もともと信仰していた土地神がいてな。なにぶんへんぴな場所だ。――外から押し付けられたブリード教には皆、抵抗こそないが、従う理由もなかった」

 どうやらもともとは王都に住んでいる人間ではないらしい。仮に王都に住んでいたなら、ユージオの母のようにきっと外れ者にされるのだろう。ブリード教徒である息子のユージオでさえ、あれだけ風当たりが強い場所だ。
 だが、クランカイトは耳慣れない言葉に首を傾げた。

「土地神?」

 王都にいるクランカイトには、そんな存在があるとは聞いたこともなかった。
 クランカイトが知るのはブリード教の主神であるアスラ神だけだ。また、それに列する神々も存在するが、土地神という考え方ではない。彼らは主神と共に世界を構築した、いわば世界の摂理と同義だ。

 別な男は首に掛けていた麻紐を手繰って、小指ほどの大きさの白い首飾りを見せてくる。それが獣の角だということには、少し遅れて気付いた。

「信仰の証がこれ。……住んでた山にいるとされる土地神だ。俺らは狩猟民だったからな。馴染みのない得体の知れない神さんより、いるかどうかわからなくても、よほど身近でわかりやすい。俺らはその土地の恵みで生活してたんだから」
「狩猟……山の中とか?」
「その通り。王都を囲む大山だ」

 王都の周辺に、山岳地がある。彼らはその場所の民のようだ。大通りから外れ、人が立ち寄りにくい険しい場所も多い。
 薄暗い中で目を凝らせば、彼らの肌は浅黒く日に焼けていた。高山特有の日差しのためだ。皆が同様の肌の色なので、おそらく例外はなく、皆が同じ場所の出身なのだろう。
 本当にその土地神というのがいるのかどうか、それについては尋ねなかった。ブリード教と大差なく、それは概念に等しい存在なのだろう。実在を問うのも不毛なだけのもの。だが、そこを除いても理解できないことはある。

「わけがわからないって顔だな」
「いもしない土地神を信仰し続ける理由が、あまりよく……」

 ヴェーダがふんと鼻を鳴らした。不快そうな顔で「坊ちゃんらしい傲慢な物言いだな」と吐き捨てる。
 アドラスはそんなヴェーダを「まあまあ」となだめた。彼はクランカイトの言葉にも多少の理解を示すような言葉を口にする。

「まあ、大差はないのかも知れねえ。だが、わざわざ宗旨替えするほどブリード教に心酔する理由もない。何代も前から、俺たちの故郷はそうやって生きてきたんだから」

 言われてみればその通りだ。クランカイトだってブリード教に熱心なわけではない。親が違った宗教だったら、自分もそれに倣っていただろう。彼らと自分に違いなどない。
 アドラスの言葉の続きには、微かな嘆きが入り混じった。

「ブリード教の言う、人間に託された神の代行である力があって、ガレシアの国は発展した。……それと比例して、俺らの故郷は生きていくのに不便で険しいだけの、不毛な土地になっていった。魔法で何でも手に入る国では、獣や植物を売っても、以前のような金にはならなくなっていった」

 クランカイトは怪訝な顔をした。

「だからブリード教を憎んでいるのか」

 魔法と教えの力でもって発展してきたガレシアの国。その発展の一因となった、国民を纏めたブリード教に対する反発。
 そう一瞬は思ったが、ヴェーダが不機嫌に口を挟んだ。

「そりゃ違う。生活が豊かになんのはいいことだ。それは変わらない。だが――」

 首を傾げるクランカイトへ、ヴェーダの鋭い視線が刺さる。

「立ち寄る行商に売っても二束三文で、自分たちで王都まで売りに来ても思うような金にはならねえ。国が豊かになるほど、俺たちは貧しくなっていった。生活するのも、立ち行かなくなるほどに――子供が餓えて死ぬほどに」

 睨まれていると思ったが、どうやら違うようだ。彼の目は嘆きを堪えるために自然と力が込もり、鋭く見えるだけだ。
 ぽつりと続いたヴェーダの言葉に、クランカイトは遅れてそう気付く。

「お前らより少し小さいぐらいの、集落の子供が餓えて死んだ。生きていたら、お前らぐらいになっていただろうが」

 ガタガタと揺れる荷馬車の中には、普段よりもはるかに重みを増した、圧し掛かるような沈黙が落ちる。ヴェーダは顔色を変えないが、その悲惨さは周囲の男たちの空気で痛いほど伝わってくる。
 地方の集落のごくありふれた一市民が、それほど大きな魔力を持つわけではない。魔法で食物を生み出すにも、限られた魔力ではうまくいかない場合が多い。学校があり魔法を学べるという環境になければ、輪をかけて大きな魔法は使えないだろう。――結果的に餓死者が出ることも、絶対にないとは言えない。

「どうしようもなくなって、故郷を少し離れて商売を起こそうとしたんだ。故郷を捨てたわけじゃない。救うためだ」

 ここにきてクランカイトはわずかな接点を見つけた。微かに身を乗り出してヴェーダへ問い掛ける。

「もしかして――アステリアの両替商から?」
「察しがいいな。そうだ。お前の親父から金を借り受けようと、話をつけた」

 地元に両替商があるとも思えない。結局、元手もなく王都に出てくれば、王都の中のどこかの両替商を頼りにするしかない。そこでアステリアに融資を頼もうとするのは、当然といえば当然のことだ。

「だが、もう商売の準備を始めて、面倒な支度が済んでいざこれから始めるって時に、どうしたことか約束したはずの金が受け取れないと来た」
「?」
「当然、お前の親父に話を聞いた。そうしたらなんて言ったと思う?」

 クランカイトはゆるりと首を横に振る。ヴェーダは吐き捨てるように呟いた。

「『異端者に融資することは認められなかった。国から圧力を受けて、私の一存では融資をすることができない』――だとよ」

 頭を殴られたような衝撃で、息ができなかった。

「なんだ、それ……」
「おかげさまで商売は頓挫して、借金だけが残った。さらには、異教徒などにはとても金など貸して置けないから、すぐに返すようにと催促してくる。――そんな金はどうやっても出ないってのに」

 信じられなかった。
 自分の親の商売に、それほど興味を持っていたわけではない。親が真実、善人だと信じていたわけでもない。ただ、親の方からそんな心無い仕打ちをしたなど。――これほど恨まれるに相応の理由を作るまでとは、思っていなかった。
 驚いたクランカイトはわずかに取り乱す。

「どうにかならなかったのか!?」
「こっちの台詞だ。どうにかならないのかと何度も聞いた。だが、終いには話さえできなくなった。脅迫するなら軍を呼ぶ、だと」
「…………ッ!」

 信じたくなかった。けれど、そう考えれば近頃の親の心配も理屈は通る。
 恨みを買うような真似をした自覚があった。だから心配をして、早く帰るようにとあれこれ口うるさく言ってきたのだ。

 そう思えば、クランカイトに対する彼らの怒りも軽蔑ももっともだ。故郷を救おうと縋るような思いでアステリアを頼ったのに、これからという時にすべて台無しにされたのだ。クランカイト自身には関係がないことでも、その憎悪の矛先が向けられて、決して身に覚えがないとは言えなかった。

「今さら改宗したところで考えが変わることはないだろう。だが、借金を背負って故郷に戻ることもできない。余計に自分たちの首を絞めただけだった。もう揃って首でも括るか、逃げ出すか――どちらにしても故郷をさらに苦しめると思うと、どうしても踏み切れない」
「それで、どうして俺……いやフローレインを」
「アステリアの娘の魔力の話を聞いたんだ。聞くところによると、そういう子供は高値が付くってな。今まで借りた分ぐらいにはなるだろう。だから俺たちは売人に話をつけて、お前たちの様子をそれとなく探った。が――所詮は素人の集まりだからな。予定外のことだらけだ」

 アドラスが同意するように頷く。

「そもそも、いつもより早く帰ってくるし、一人しかいないもんだから、手順が変わったんだよなあ」
「まあもう、この際どっちでもいい。あの両替商にひと泡吹かせてやれればな。お前にとっては、自分に関係のないことだ。気の毒でないと言えば嘘になるが」

 彫りの深いヴェーダの目が、クランカイトをちらと一瞥する。嘆息混じりの呟きは、とうに煮えたぎる怒りすらも冷めたような、やるせなさだけが残っていた。

「――かといって、お前の親父を許せそうにもない」

 クランカイトは何も言えなかった。
 こうなったのも仕方がない、むしろ受けて当然の報復なのだと、そんなことさえ思ってしまった。初めて自分の親を恥じるほどに――彼らに対して本当にやるせなく、悲しく思った。
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