異端者達 8
© 2019 sasori_bi 荷車の中には再びの沈黙が満ちる。クランカイトも思わぬ事実にどうしていいかわからず、途方に暮れた。
現状を考えれば、被害者とまでは言えない。けれど、完全な加害者かというとそうではない。その曖昧さがクランカイトを惑わせた。
――このまま諦めて、彼らに売り払われるべきか。
一瞬考えて、それは違うと思った。彼らが罪を犯すだけで、何の解決にもならない。かといってどう償えばいいのかもわからない。
うなだれ俯いていると、それまで意識がないと思っていたユージオが小さな声を出した。
「……っが、う……」
「!」
吐息に混じった小さな声に、クランカイトは彼の顔を覗き込んだ。ユージオはぐっと身体に力を込める。
「っと、なしく、聞いてりゃ……何を勝手なこと……」
床に手を突いて起き上がろうとする。けれど、まだ完全に血が止まったわけではない。クランカイトは慌てて静止しようと彼の肩を押さえる。
「ユージオ! まだ……」
「いいから。大丈夫だから……」
ユージオはクランカイトの手を外させ、どうにか起き上がった。自分の傷口を押さえながら、クランカイトを睨む。
「カイト。……何で悪くもないのにあんたがそんな顔してる」
「俺自身は悪くなくても……俺の親は」
「親なんて知ったことじゃない!」
そう一喝すると、ユージオはヴェーダの方を振り向いた。歯を食いしばってどうにか起きている彼が、平気なはずはない。そう思っても、必死な彼の気迫に気圧された。
ユージオは怖気づくことなくヴェーダへと食って掛かる。
「おいあんた、異端でもなんでも――それは駄目だ。いくらこいつの親父を許せなくても、あんたらのやろうとしていることも許されない……」
「お前に言われなくてもわかってる」
「わかってない!」
身を乗り出すようにして怒声を上げるユージオの身体を、クランカイトは慌てて支える。とても一人で起きていられる状態ではないはずだ。
「俺は……ッ」
「ユージオ!」
「俺はあんたらの気持ちもわかる。けど、それでもやっぱり……こういうことは、違う」
ユージオは自分の耳飾りを外して、彼らの方に放り出した。細い耳飾りが音を立てて床の上を滑る。男たちは驚いたように口々に呟く。
「お前、どうして」
「自分の神さんになんてこと」
信者としての証であり、信仰心そのものを示す耳飾り。それを乱暴に投げ出すユージオの行動の意味を、彼らが気付かないはずはないだろう。現に彼らはユージオの行動に面食らっている。
クランカイトもユージオの思わぬ行動に固唾を呑んだ。
「俺は異端の息子で――俺自身は信徒でも、それでも黒魔女の息子だと言われて、差別されて――死んだ母親を理由もなく蔑まれて、ひどいことを言われる。だから――そういう連中は大嫌いだ。本当に――憎らしいと思う。許せなくて、復讐してやりたいと、思ったことだって――ある。だから、あんたたちのことは、少しは――他人事じゃ、なくて」
ぽたりと一つ、水滴が落ちる。泣いていると思ったのは一瞬で、すぐにそれが血だと気付いた。クランカイトは再びユージオの傷口に布を押し当てる。幸い、彼は拒絶しなかった。
ユージオが初めて見せた憎悪の感情を、クランカイトは戸惑いながらそっと窺う。ヴェーダたちも、自分たちと似たような境遇のユージオに対して強く出られないのか。戸惑ったように互いに視線を交わしている。
ユージオは痛む傷に顔を歪めながら、それでも口を噤もうとはしなかった。
「……けど、異端者であるあんたたちが悪いことをしたら、国中で大騒ぎになって、みんなそういうことをするんだと思われるようになる。最悪――異端自体が罪みたいになることだって、ないとは言えない」
クランカイトは目を見張る。そこまで考えていなかったが――思えばその可能性は高い。
異端者が罪を犯せば、それは周りから見て個人の罪ではなく異端者すべての罪になるだろう。異端者は罪を犯す。そんな謂れもない偏見がたちどころに広まって、ますます風当たりは強まる。そして、最終的に異端そのものを罪として、今よりも差別は激化する。
子供に危害を加えたという事実を盾に取り、理不尽だった迫害は偽善の口実を得る。そこまで考えていて彼らが行動したかどうかは疑問だが。
「あんたらが自分たちの理不尽をやり返すためにこんなことをしても、この国の異教徒皆がそうだと思われて、故郷の人もきっと今よりもっとつらい思いをする。そういうことも――わかってるのか。本当に?」
「子供が何をもっともらしいこと……」
「子供だからとまともに話も聞かない、相手にもしないことは、異端だって差別するような連中とやっていることは同じだ。異端者の話に耳を貸すバカがどこにいるのかと、あんたらは言われたことがないのか?」
ヴェーダたちは打ちのめされたように言葉を失っていた。ユージオの燃えるような橙色の瞳には涙が浮かぶ。言葉にならなかったぶんの激しい怒りの感情の現れだ。
ついにユージオは冷静さを投げ出し、声を荒げて強く問い質す。
「たくさんの誰かを同じ目に遭わせる。それでもあんたらは、自分たちの復讐のためだけにこの国の異教徒全員を巻き込もうって覚悟が、本当にあるのか……!?」
怒りに満ちた声を張り上げるユージオの横顔を、クランカイトは呆然と見詰めた。聞えよがしに語られるあからさまな侮辱に無言で耐えていた彼が、ここまで激情を露わにする姿に――なぜか不思議と、救われるような思いがした。
親のやったことを知らなかった自分にも、きっと非があると思った。これほど恨まれることも当然なのだと。危うくその思いに流されかけていたが、激昂するユージオの姿に、それは違うのではと思い直す。
だが、その苛烈な怒りの感情には、ユージオの身体が持たなかった。多少は収まっていたはずの血が、傷口を押さえる腕を伝ってぽたぽたと立て続けに数滴、床に落ちる。それを見てクランカイトは青褪めた。
「ふざけるなよ。そんな理由でこの上まだ差別されなくちゃいけないのか? 俺はこれ以上そんな勝手に巻き込まれるのはご免だ……ッ!」
「ユージオ! もういいから落ち着け、傷が……っ」
「うるさい……!」
なだめようとしたクランカイトはしかし、今度は逆にユージオの怒りを買うことになった。
制服を掴まれて、額がぶつかるほどに詰め寄られる。
「大体あんたも何だ!? 思っただろ、こうなっても仕方ないって! 仕方ないことあるわけないだろ!! あんたの親が犯罪者だったら、あんたが罰を受けるべきだっていうのか、違うだろ!? もっと粘れよ、暴れまくって抵抗しろよ! 売っぱらわれたいのかこのバカ!! その時になって後悔しても遅いんだぞバカ……!!」
後半はともかく、言葉の前半は図星だ。見透かされて返す言葉もなく、クランカイトは面食らって口を噤む。
もはや抑えがきかなくなった奔流のようなユージオの怒りの矛先を向けられ、こんな状況だというのにそのうち苦い笑みすら浮かんできた。
だが、肩口に顔を俯け、ユージオの体勢がずるずると崩れてくる。やはり無理をしていたのだと察しながら、クランカイトはその身体を支えた。
「あんたは……」
――続いた言葉は力なく、どこか嗚咽が混じっていた。
「俺のこと、異端だなんて白い目で見たこと、なかったのに……差別するような連中とは違ったのに――」
じんわりと肩口が濡れて熱い。泣いているのだろう。これまでにない恐怖や怒りで、感情の制御が効かなくなっているのかも知れない。
背中に腕を回し、宥めるように叩いてやった。
「それなのになんでこんな目に遭ってるんだ……この、大バカ野郎、クソッタレ金持ち……」
「最後の罵倒、今めちゃくちゃ胸に来る」
本当にろくな部類の金持ちでなかった自分の家を嘆きながら、クランカイトは力なく声を上げて笑った。こうも面と向かって貶されては言い返す言葉もない。
クランカイトは一つ嘆息し、苦い笑みのままヴェーダたちの方を見る。彼らはすっかり意気消沈して、それぞれ気まずそうな顔つきで俯いていた。
クランカイトは態度を改めながら言葉を掛ける。
「……この通り、俺の友達の親は異端と言われていたみたいで。だから、異端がどうとか異教徒がどうとか、俺は言いたくなくて」
そのように扱うのはもちろん、まるで排斥するかのような異端という言葉そのものも好きではない。親の仕打ちなどもってのほかだ。
「あなたたちには本当に――どう言っていいかわからないけど、こんなことをさせてしまったことが悲しい。けど、これ以上こいつが悪く言われることになるのは、俺も耐えられないから」
感謝や尊敬を込めてユージオを抱き締めながら、クランカイトは微笑んだ。
「ひとまず、馬を止めてくれませんか。……それと、逃げませんから、この魔封じも外して欲しい」
ヴェーダに向けて手を差し伸べる。彼は気まずい顔をしながらも、クランカイトの腕の魔封じを外した。
クランカイトはそのヴェーダの手を掴んで引き留める。
「悪いことは、考え直しませんか。これよりもマシな方法で、少し考えがあるので」
ぐるりと周囲を見回すと、彼らは怪訝な顔をして互いに目を見交わした。
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