異端者達 9

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 ヴェーダは御者に声を掛けて車を止めてくれた。引き返しこそしないものの、どうやら話を聞いてくれる気にはなったらしい。御者のナズルもヴェーダに呼ばれて荷車の中に入ってくる。
 ひとまずほっとしながら、クランカイトは改めてユージオを膝元に寝かせた。魔封じも外れてずいぶん息をするのが楽だ。

 ヴェーダを筆頭に、男たちは改めて名前を教えてくれた。先ほど聞いたアドラス以外にも、それぞれシン、エッダ、バルドレイ、ウルと名乗った。

「あなたたちは、改宗するほど心酔していないから、ブリード教の信徒じゃないと言っていたでしょう」

 男たちに囲まれながら、クランカイトは真摯に彼らへ尋ねる。ユージオの説得らしきものが効いたか、クランカイトに対する男たちの態度もずいぶん軟化していた。
 確認のために改めて尋ねると、ウルやエッダが複雑そうな顔をして頷く。

「その通りだ。それに、多少なりともきな臭い感じもする。偏見というわけじゃないつもりだが……」
「さも正しい教えだと言わんばかりに押し付けてくるような態度は好かん」
「でも、従ったらいけない理由みたいなものもないわけでしょう。だったらいっそ改宗すればいいんじゃないかと思ったんです」

 男たちが驚きの声を上げる。それとなく反発を感じるその反応を、クランカイトは当然という顔で受け止めた。

「ブリード教に……」
「いまさらそんなこと」
「安心してください。本当にしろという話ではないです」

 拍子抜けしたような顔つきの男たちへ、耳元で揺れる耳飾りを軽く摘んで見せる。

「どうせ故郷に戻れば改宗したかどうかなんてわからない。故郷の土地神が王都に出張して見張るわけでもなし、そう思えば罪悪感もないでしょう? それに、本当に信徒みたいな真似をしろという話でもなく。……王都で商売をする間、せめて耳飾りなりなんなり身に着けるぐらい、したらいいと思ったんです」

 どうせ見かけはただの、木を彫った耳飾りだ。もともとは信徒に子供が産まれた時、礼拝堂から贈られるものだが、礼拝堂から貰えなくても似せて作るぐらいは容易い。
 男たちは異を唱えなかった。それを承諾と受け取ってクランカイトは話を進める。

「そうしたら俺は、できる限り親に掛け合ってみます。改宗したんだったら融資を断る理由もなくなるんだから、考え直せと強く出ることができますし。見た通り子供の言うことですから、まともに取り合って貰えるかは難しいかも知れませんが――せめてもう一度話をする機会ぐらいは作ってみせます」

 それでいいかと尋ねると、ヴェーダが神妙な顔つきで一つ頷いた。

「こんなことを言える立場ではないとは重々わかっているが……お前に頼ろうと思う」

 ユージオをちらりと一瞥し、ヴェーダは苦虫を噛み潰したような顔になる。子供を殴ったことにはさすがに良心が傷んだか。クランカイトは非難の言葉を呑み込み、ユージオの血で濡れた自分の手を握り締める。

「俺が融資するとでも言えたら格好いいんですけど、まだ家を乗っ取れるような歳じゃなくて、すみません」
「……いらん気を遣うな」

 冗談めかすクランカイトに険しい顔をして、ヴェーダは深く嘆息した。クランカイトは苦笑して見せる。

「もしも父さん……アステリア氏が商売の話に不安があるようなら、俺とユージオもその商売の話についてもう少し考えを詰められるように協力します。これもあまり頼りにはなれないでしょうけど、王都の商売についてなら、あなたたちよりは多少知っていることも多いはずですから」
「……本当に、何から何まで」
「待ってください。この辺までが正攻法です。――それでここからが可能性の高い奇手の話」

 男たちが一斉に怪訝な顔をするのを、クランカイトは可笑しげに見渡した。

 子供が親の商売に首を突っ込んで、一人前に考えを変えさせられるかというと、それはかなり難しいだろう。もう十年先であれば違ったかも知れないが、今のクランカイトの年齢で、大人の商売にまともに口を挟めるかというと、かなり困難だろうという自覚はある。
 そうなったらやむを得ない強硬手段だ。

「それも全部、アステリア氏が断った時の手段についてです。そうですね、俺や妹を使って身代金をせびるってのも、ありといえばありですが――その後あなたたちが罪を問われることを考えると、さっきのこいつの意見を踏まえてなるべく避けたい」

 横になったユージオは、言葉を発するのも億劫そうなほどぐったりしている。それを見て胸の内を引っ掻き回されるような心配に駆り立てられるが、クランカイトは唇を噛んでぐっとその動揺を堪えた。
 ユージオが考えるように、異端に対する軽蔑をさらに煽るような行動はさせられない。だが、ここにきて大人しく引く必要もないだろう。

「ですのでその時は妹を使いましょう。今日は周りに人がいて失敗したという体で、ひとまず売人に連絡をします。それで後日改めて妹を売人に引き渡して金を受け取る」
「は!?」

 アドラスが頓狂な声を上げて身を乗り出した。クランカイトの常軌を逸した発言に、信じられないと言いたげに血相を変える。

「お前、自分の妹を売ろうっていうのか!? 自分は逃れようとしておいて……!」
「まさか。――人身売買は認められていませんから。その売人に悪さをしたところで罪を負うこともない」

 そこまで言ったところで薄々クランカイトの意図を察したか。ヴェーダが胡乱げな顔つきで尋ねてくる。

「……お前の妹を渡して、その後は?」
「金を貰ったら速やかに、軍にでも通報して捕まえて貰うか、または俺たちと協力して妹を売人から解放して貰います。つまり……」
「売人相手に詐欺でも掛けようって魂胆か!」

 クランカイトは晴れやかに笑って肯定する。

「売人から金を巻き上げたところで、相手が訴えに出れるとも思えませんから」

 何ならフローレインが魔法で売人を吹っ飛ばしても問題ないだろう。魔封じさえつけられなければ、仮に捕まったフローレインが逃げ出すことも可能だ。口裏を合わせ、魔封じを付けたように装って売人に引き渡せば無事で済む。

 黙って聞いていたバルドレイが感嘆の声を上げた。

「大した奴だな。……自分を売ろうって連中相手に、よくもそんなに知恵を絞ってくれたもんだ」
「それほどでも、と謙遜したいところですけど」

 クランカイトは苦く微笑む。
 ユージオが来なければ、そうまでして助かろうと足掻いたかどうかわからない。血が絡み付く夜空の色の髪を、同じく血がこびりついた手ですくい上げながら。

「俺は悪魔でも憑いているだろうから、人より悪知恵が働くのかも」

 バルドレイが首を傾げるのに構わず、自棄の色がにじんだ声音で嘆息混じりに零した。
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