異端者達 10
© 2019 sasori_bi「いた」
膝をぎゅっと抓られ、横になっていたユージオが「すぐ適当なことを言う」と横目で睨んできた。起きてはいられないようだが、意識はあって聞いていたようだ。
確認のように尋ねる。
「なんかもっといい案あるか」
「ない。悪くない」
「お褒めに預かり」
ユージオは「褒めていない」と仏頂面で冷たく言い捨てる。最悪の事態を打開したというのに、褒め言葉すらくれないところが彼らしい。クランカイトはこんな時ですらいつも通りの彼にほっとしながら笑みを零す。
ヴェーダは御者の方を見た。
「ナズル、引き返せるか。戻るぞ」
「了解。まあこの道幅ならどうにか回れるだろう」
ヴェーダの「頼む」という声を背中で受け止めて、ナズルは荷車の幕の間から外へ出て行く。少しして、荷馬車は再び動き出した。道幅いっぱいに半回転し、そのままごとごとと一定の速度で荷車が揺られ始める。
先ほど同じ道を通った時とは、荷馬車の中の空気はまるで違っていた。男たちは肩の力が抜けたのかそれぞれ明るい表情で、クランカイトたちに対してもずいぶん砕けた態度に変わった。元来そういう性質だったのだろう。
「お前。それから、そっちのガキも。……悪かったな」
思いがけないヴェーダの詫びに、クランカイトはゆるりと首を横に振った。
「仕方ないと思いました。こいつには怒られましたけど」
「すごい剣幕だったな。……誰も言い返せなかった」
ヴェーダは感心したようにユージオの横顔を覗き込む。その眼差しは険しさが緩んで、少しばかり優しげにも感じられた。
「言われてみれば、その通りだ。もしこの騒ぎが国中で取り上げられれば、故郷の者たちをもっとひどい偏見で傷つけることになっただろう。――かといって、何もしないわけにもいかなかっただろうが」
しかし、こうならなければクランカイトが知らずにいたこともある。
「たぶん、こんなことになっていないだけで、同じようなことはきっと他にもあったんだと思います。国に冷遇されたのは、あなたたちだけじゃなかった。俺が……知らなかっただけで。だから今回のことは――結果的に知ることができたから、それはよかったです」
父が言うには、国から圧力が掛かったという。おそらくアステリアの両替商のみならず、他の両替商のところでも同じようなことが起きているのかも知れない。そこまでしてガレシアの国はブリード教以外の教えを弾圧している。
――なぜなのだろう。
そう不思議に思いながらも、クランカイトはその疑問を口に出さなかった。代わりに揶揄の言葉をヴェーダへぽんと投げ遣った。
「でも、人攫いは向いてないから、やっぱりそれはやめた方がいいと思いますよ」
「王都のガキってのは、皆お前らみたいに可愛げがないのか?」
「お前ら? 王都の子供で可愛げがないのなんて、せいぜいユージオぐらいですよ」
冷たい目鼻で尋ねられながらも、クランカイトは平然とうそぶく。下からまたぎゅっと抓ってくる手があるが、クランカイトは甘んじて受けるだけで反応しなかった。
ヴェーダは心底呆れたように深い溜め息を吐く。だが、ユージオを再び見て、罪悪感にでもかられたか。憂鬱そうな顔つきで目を背けた。
「……悪いな。治してやれればいいんだが。治癒の魔法が使える奴が、この中にいない」
「治癒の……魔法?」
クランカイトは首を傾げる。
「それは――人間に治癒の魔法が使えるっていう意味ですか?」
「? 何かおかしいことを言ったか? 怪我をしたら普通、治癒できる人間に見せるだろう」
「医者のことじゃなく?」
「うちの故郷には医者なんて高尚なモンはいな――」
ガタン、と荷馬車が止まった。
言葉を切ったヴェーダが怪訝な顔をする。クランカイトの視線を受けて、首を横に振った。何か指示をしたわけでないようだ。
話の続きが気になるのに、それどころではなくなってしまった。苛立ちながら少し待ってみても、荷馬車が再び動き出す気配はない。
少し遅れてやっと違和感に首を捻る。
「おい、ナズルー?」
「どうしやがったんだ、一体」
焦れたアドラスたちが腰を上げた。しかし、ユージオが怪訝な顔をしながら身体を起こした。
何か気になることでもあったのか。
「待っ……」
ふらつく彼を受け止めて肩を貸す。
だが、クランカイトはふと鼻についた臭いに視線を巡らせる。ナズルの返答はない。明らかに異常な事態が起きている。ユージオの様子を見て、クランカイトもそう感じた。
そして、周囲を窺って不穏な気配の正体に気付いた。
「また道が塞がってるとか言うんじゃねえだろうな?」
「そうそう同じことが何度もあってたまるかよ。まったく、今度は一体何が――」
「燃えてる……」
クランカイトの呟きに、ヴェーダが弾かれたように振り返った。
クランカイトの視線の先に、小さな赤い光が揺れている。そこから立ち上る煙が荷車の中に不快な臭いを漂わせた。中ではない。外から荷車が燃えている。
人為的な何かによるものだ。呼び掛けたはずのナズルの反応もない。――外に誰かがいる。
そう確信したクランカイトは緊張に顔を強張らせた。ユージオがほとんど力の入っていない腕を持ち上げ、燃えている箇所に向ける。
「消せばいいのか」
「そんな傷で魔法なんか使わなくていい!!」
「だからって、このまま燃やしておくわけには……」
言葉を切って、怪訝そうな顔で手首を見下ろす。クランカイトの腕にはもう、魔封じの帯はついていない。
「そうだ、カイトは……」
「俺は――」
途中で言葉を切り、クランカイトは外の様子を窺おうとするヴェーダの方に反応する。
「ヴェーダ。外に誰かがいます」
「わかってる。……が、外に出なけりゃ燃え死ぬぞ」
「とりあえず俺たちが先に出ます。人質にされたと見られれば、いよいよ言い逃れできない。いいですか」
「……ああ」
確認を取ると、ヴェーダはすんなり頷いた。ある程度の信頼を預けてくれたのだろう。クランカイトもその思いを無下にするつもりはないので、容易に頷いてくれてほっとした。
ユージオを連れて、荷車の幕の間から地面に下りる。先に下りて、ユージオを抱えるようにして隣に下ろすと、荷車に付いた火をちらりと窺う。
流れてきた火矢の類ではない。荷車に直接火が灯っている。となると考えられるのは一つ――魔法による発火だ。
外にいるはずのナズルの姿を探そうとすると、驚くような声がその場に響いた。
「カイト、ユージオ……!!」
少女の声だ。よく聞き覚えがある――毎日聞いている、間違うはずのない声。
声がした森の方へと視線をやると、転がるように走ってくる姿がある。肩までの金の髪が跳ねるように揺れていた。
「レイン!」
なぜここにいるのか。
動揺している間にも、駆け寄ってきたフローレインがぶつかるように抱きついてくる。かろうじて受け止めたが、二人分の重みを一身に受けたクランカイトはよろめく。
フローレインの身体は震えていた。
「見つけた、よかった……!」
「どうしてここに」
「ネヴィンが……家の中に入ってきてまで教えてくれた。カイトも帰ってこないし、そうしたらこの荷車の中だっていうから……!」
森の中から黒い服を着た男たちがぞろぞろと姿を現す。野盗か何かと身構えたが、そうではなかった。
――胸に光る竜の国章。金の飾緒で彩られた黒い軍服。
国内の治安を守る行政執行機関、ガレシア国軍の証だ。彼らの中には空間転移の魔法が使える者がいる。その魔法でここまで追ってきたのだろう。
「ナズル!!」
ガレシア国軍の一人に捕えられたナズルの姿を見て、クランカイトは動揺する。フローレインがその反応を見て、何かを察したか。狼狽えるようにナズルとクランカイトを交互に見遣った。
「ネヴィンが探して、私がその道案内役で、転移の魔法でここまで来たんだけど……」
「しくじった……ごめん」
隣のユージオが小声で呟く。クランカイトは歯噛みした。フローレインは困惑しながらも、ユージオの怪我を見て顔色を曇らせた。
本来は救いの手となったはずのその姿が、今はもう――素直に喜べる状況ではなくなってしまっている。
クランカイトとユージオは半ば途方に暮れるような思いで、目の前にいるガレシア国軍の姿をじっと見据えた。
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