異端者達 11
© 2019 sasori_bi ユージオは苦々しい顔色で目の前に並ぶガレシア国軍を見据えた。
「ネヴィンに、レインの方に行くように言っておいたんだ。もしもの時の助けが来るように。……でもまさか、こんなことになるなんて思わなかったから」
うまく逃れることができなかった場合の、次善の策はあらかじめ打っていたようだ。抜け目のなさに感心するが、今回は残念なことにそれが仇になった。
「道理で一人で逃げてくれないわけだ。気を持たせるようなことして、魔女の息子はそういう手管かよ」
「うるさ……俺が元気だったら殴ってたぞ」
「じゃあ元気じゃないうちに言いたいこと言っといた方がいいな」
「こんな状況で……?」
確かに、とクランカイトは苦く笑う。
せっかく危機から逃れて丸く収まるという時に、さらにそれを乱すような第三者が現れたのだからたまらない。
フローレインは冴えない顔色の二人に不安げな顔をしている。喜べない事情まではわからずとも、その雰囲気だけは察したのだろう。だが、ユージオの額の傷を見て、さすがに黙っていられなかったようだ。
「ユージオ、その怪我……」
「なんでもない!」
ユージオは慌てたように傷を押さえた。フローレインが面食らって目を丸くする。
「な、なんでもないんだ……」
「とりあえずそういうことにしとけ」
「か、カイトまで?」
これまでの経緯をまったく知らないフローレインのどこか間の抜けた反応に、緊張感が削がれそうだ。クランカイトは溜め息をどうにか呑み込んで、荷車の方へと視線を戻す。
ヴェーダたちがぞろぞろと幕の内側から出てくる。ヴェーダとガレシア軍の間に庇うようにして立ち、クランカイトは彼らと向き合う。
ガレシア軍は仮面のような無表情だ。それが奇妙に薄気味悪く、向かい合うのに奇妙な居心地の悪さを感じた。
「子供が攫われたと聞いたが?」
クランカイトは息を呑む。
少しでも臆した様子を見せれば、後ろ暗いことを見抜かれるだろう。そう考え、平静を装ってガレシア軍に答えた。
「……身に覚えがありません。少なくとも俺たちとは無関係だと思います」
「その異端の者どもは?」
「知り合い以外の何がありますか?」
平然と答えるクランカイトの言葉に埒が明かないとでも思ったのか。向こうの立場からすれば、人違いで済む話でもない。人攫いだと思ったが知り合いだった。そう結論付けてあっさり引き下がってくれる望みは薄そうだ。
今度は追及がヴェーダの方に及んだ。
「そっちの男。本当か? そこの子供は傷を負っているようだが」
ユージオをちらりと見て、ガレシア軍の男はわずかに胡乱げな顔つきを見せた。ヴェーダはふんと鼻を鳴らす。
「端から疑われちゃ、答える気にもならねえな」
「答えないならそれを犯意と見なすぞ」
「……怪我は最初からだ。これから医者に見せに行こうとしていたところだが、何か問題があるか?」
「そうか」
嘆息混じりのヴェーダの返答に納得しているのか、いないのか。ガレシア軍は短くそう答えただけだった。
ヴェーダたちを庇うようなクランカイトの発言を聞いて、理由はわからずとも薄々その意思は察知したか。フローレインが慌てたように一歩前に出た。
「わ、私の勘違いだったみたい! 大騒ぎしちゃって、ごめんなさい。でも本当に全然、大丈夫だったみたいだから――」
「異端者ども。お前たちをこの場で捕縛する」
「!」
クランカイトは目を瞠る。ユージオからも微かに驚いたような息遣いが聞こえた。
ガレシア軍は被害者と思わしき子供の言葉にすら耳を貸す気はない様子だ。例え無実だろうがヴェーダたちを加害者として拘束し、罪人に仕立て上げて事態を収めるつもりか。
アドラスたちの動揺を背後に感じながら、クランカイトは非難の色を滲ませて尋ねる。
「どういうことですか。誘拐の嫌疑でというのなら、それは今、間違いだと言ったはずですけど」
相手は答えない。間にいるクランカイトたちが見えていないかのように、ガレシア軍の鋭い視線はヴェーダたちへ向いている。――明らかな敵意でもって。
「怪我のことなら本当に、彼らは無関係です。こいつが一人で転んで打っただけの傷で――」
「命令だ。その子供たちから離れて大人しくこちらに来い」
物々しい口調で命じるガレシア軍に、クランカイトは歯噛みした。
まるで聞く耳を持たない。始めからこうするつもりで来たとしか思えない。理由はただ一つ――きっと、彼らが異教徒であるということのために。
納得がいかない。そんなことで、必要もないのに罪に問われるのはおかしい。そう思うのに、この状況をどうにもできないことが歯がゆくて苛立たしい。
だが、ガレシア軍の方に向かっていくヴェーダの背中が目に映る。
クランカイトは信じられない思いでその後ろ姿へ声を掛けた。
「ヴェーダ……?」
「まあ、こうなっちまったなら仕方ねえ。もともとは俺らが悪いんだからな。こうなることも、考えてはいた」
横をすり抜けたアドラスも、ヴェーダに続いてガレシア軍のもとへと向かっていく。その横顔には苦い笑みがあった。
「まあ、駄目もとだったからな。おまけに色々とずさんだったし。こうなって当然だ」
「何言ってる……待て、行くな」
ヴェーダに続くように、皆が次々にガレシア軍の元へ向かう。引き止めようととっさに手を伸ばしたが、指先すらその背中に届かなかった。
振り返ったヴェーダが、初めてクランカイトに向けて笑みを見せた。武骨な男のぎこちない笑みに、クランカイトは嫌な予感で胸の内を掻き毟られるような思いがした。
「ありがとうな。未遂で終われてよかった。お前を売人に渡さずに済んだらしい」
子供に悪さをするなんて、例え上手く行ったとしても後味が悪すぎる、と。
呆然と立ち尽くすクランカイトに言い残し、ガレシア軍の前に立つ。毅然と軍人たちを見渡して、ヴェーダは軽い口調で尋ねた。
「さて、それで俺たちを捕まえて、どうする? 縄をかけて引っ立てて、それから? 裁判にでも掛けてくれるってのか」
「いいや。その必要はない」
ガレシア軍の奇妙な返答に怪訝な顔をしたのは、ヴェーダのみならずクランカイトたちも同じだった。
裁判にかける必要がない。そういう意味で言ったのか。あるいは縄をかける必要がないと言ったのか。どちらにしても意図が不明瞭な言葉だ。
だが、その意味を知る前に、フローレインが異変を感じて二人を庇うように反応した。
「危ない……ッ」
クランカイトとユージオが、魔法が発動する瞬間の微かな空気の変化を感じた時にはすでに遅く――
「異端者はこの場で処刑と決まっている」
その言葉が聞こえた直後にはもう、辺りの光景は一面が真っ赤に染まった。
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