異端者達 13

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「少し派手にやりすぎたんじゃないか」

 クランカイトはその声にゆるりと顔を上げる。
 そこには、眉をひそめて顔を見合わせるガレシア軍がいた。おびただしい血と亡骸を前に、まるで不快なものでも見たかのような目つきをしている。

「後始末が面倒だろう。もう少し大人しく殺しておけばいいものを」

 一瞬は聞き違えかと思ったが、そうではない。クランカイトは思わず彼らを凝視した。信じられないような言葉を聞いて、いっそ呆気に取られてすらいた。

 ――始末、だと。

 そう思った瞬間、沸き立つような怒りが一気に込み上げてくる。
 彼らにとってはこれだけのむごたらしい行為も、その程度のことでしかないのだ。相手を人間だとすら思っていないのかも知れない。そうでなければこの現状を平然と見ていられるはずがない。彼らにとっては――ヴェーダたちが同じ人間だとは思えなかったのだ。

 その考えが彼一人のものでないことは、続いた会話ですぐにわかった。

「死体は魔法で見た目だけ戻しておけばいい。血は雨でも降れば流れる」
「その前に何気なくこの血の量に出くわしたら、さすがに気味が悪くなりそうだな」
「だったらお前がどうにかすればいいだろう」

 一人が荷車の火を消し、別の一人は渋々というように亡骸へ手をかざした。触れることすら忌避するように、魔法を操って切り離された身体を繋げていく。まるで作業のように淡々としたその行動を、クランカイトはへたり込んだまま瞬きもせず見詰めていた。
 腹の底から突き上げてくるような激しい憎悪を、かろうじて身の内に押し留めながら。

 と、そこでようやくガレシア軍は、クランカイトたちに気付いたかのように振り向いた。

「――ああ、そうだった。安心しろ、お前たちはきちんと親もとに戻してやる。アステリア氏直々の要望でもあったしな」

 まるで見当違いも甚だしい言葉を掛けてくる軍人は、先頭に立ってヴェーダたちと会話していた男だ。
 彼は先ほどの会話には加わっていなかった。頭から血で汚れてはいるが、この状況になる以前とも顔色は一切変わらない。そこに目的を果たしたことによる脱力はなく、血を被ったことへの嫌悪感もない。
 まるで石ででもできているかのように無感情な男は、抑揚のない言葉を淡々と続ける。

「その前に少し、礼拝堂に連れて行くことになるが。まあ心配するようなことはない。準備が整うまで少し大人しくしていろ」

 そう言って踵を返し、だらだらと億劫そうに動く軍人たちの指揮に戻る。その後ろ姿をクランカイトは慎重に窺った。
 周囲の男たちと、僅かに腕章が違う。菱形の模様の数が多い。周囲の男たちも、彼に何事かを指示され、そのたび従順に従っている。彼がこの中で一番上の階級におり、彼らの采配を握っていると考えて間違いなさそうだ。
 そう思っていると、小さな声に急に思考を遮られた。

「……れが、あんたの言うことを」

 転がっていた小石が砕けて、ピシ、と乾いた音を立てた。
 突き上げるように地が揺れた。風に煽られた木々が不気味にざわめき、森全体が唸り声のような音を立て始める。
 明らかに不自然な現象に、クランカイトは怪訝な顔をした。フローレインも驚いたように小さく悲鳴を上げる。その場の全員が異常に気付いて周囲を見回していた。
 魔力がここ一帯に渦巻いて暴走している。魔法ですらない。ただ魔力だけが感情任せに暴れ狂っている状態だ。

 ――だが、その原因は自分ではない。いくら我を忘れそうなほど怒り狂っていたとしても、幸か不幸か、必ずどこかに冷静な思考が残っている。そういう自分が、この状況で彼らに食って掛かるほど無謀ではない。
 クランカイトは何気なく隣にいるユージオを見て、そしてやはりと確信した。

「ユージオ!」

 魔法ですらない不完全な陣が、点滅するように幾つも現れては消えていく。そのたびに異音や破裂音がそこかしこから聞こえてきた。木の皮が爆ぜ、風が吹き荒れ、地面に亀裂が走っていく。橙色の瞳が、燃え滾る怒りに輝いていた。

 ――止めなければならない。
 そう思うのに、しがみついてくるフローレインがいてユージオに手が届かない。色んなことが起こって、フローレインも混乱しているのだろう。突き放すこともできず、クランカイトはやむなく声を張り上げた。

「ユージオ、落ち着け!! そんなことしたって駄目だ……! お前がそんなことしても、もうなんにもならないんだよ……!!」

 魔法の力があろうとも、死者が蘇る術はない。どんな膨大な魔力であっても覆らない世の理というものは必ずあって、生死はまさに人間が介入できる範疇にあるものではなかった。
 失われた命を戻すことはできない。感情任せに理性の制御を壊して魔力を暴れさせたところで、彼らが生き返ることはない。だから、こんなことをしても無駄なのだ。もしかしたら気が済むかもしれないというだけの、たったそれだけのこと。悲しいほどにもう――何の意味も成さないことだった。

「聞こえてないのか!? おい、ユージオ! ……ユージオッ!!」

 風の音がうるさくて声が届かない。例え微かに届いていたとしても、とても彼の正気を取り戻すには至らない。
 無力さにもどかしく舌打ちをする。そんなクランカイトの聴覚から、急に風の雑音が消えた。

「……!?」

 気が付けば、ユージオの身体が透明な殻のようなものに囲まれていた。
 魔力ごとその透明な中に閉じ込められて、暴走は収まり、周囲は急に静けさを取り戻す。しんと静まり返る森で、ガレシア軍があれこれと言い合う声だけが響いていた。

 そんな中、黒い影がぽつんとユージオの前に立っていた。
 明朗な声がクランカイトの耳に届く。

「――そっちの綺麗な坊ちゃんの言う通りだぜ」

 影と思ったのは、黒い服を着たガレシア軍の一人だった。

 手袋で覆われた両手をポンと合わせる。その動作を合図にしたように透明な壁は割れ、崩れて消えていった。驚いたユージオはすでに我に返ったように呆然として、溢れ出ていたはずのおびただしい魔力は収束していた。
 そんなユージオを前にしたガレシア軍の男は、唇に指を当てて目を細める。

「君のやってるこた、残念ながらもうただの八つ当たりにしかならない。君が魔力を暴走させて、亡骸にこれ以上傷つけることもないだろう。いったん落ち着いて、それで――そうだな」

 風でずれた帽子を軽く持ち上げると、薄緑の髪が露わになる。
 クランカイトから見えるその横顔は、悪戯っぽい笑みが滲んでいた。

「怯えてる嬢ちゃんに気を遣ってやったらいいんじゃないか?」

 そう言ってこちらを見た男は、異国風のくすんだ瞳の色をしていた。

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