異端者達 14
© 2019 sasori_bi 異国の男だと直感的にユージオは思った。
言葉では言い表せない。ガレシア軍の軍装一式を身に着けているのに、雰囲気や顔立ちを見て何かが少し違うと感じた。アイスグリーンの髪や瞳もあまり見たことがない。外の国から来た行商の中で時折それに似た髪色を見掛けるぐらいか。それから妙に若く、まだ十代後半かそこらではないだろうかと思った。
本当のところを言うと、殺された彼らを自分に重ねていた。異端者だからと不遇な扱いを受けて、どうしようもなく追い詰められていた男たち。迫害され続けてきた自分の気持ちを思い起こさせて――だからこんなことになって、堆積し続けた感情が弾けてしまった。
ユージオは目の前に立つ男を呆然と見上げる。我に返った瞬間、この異国の男が真っ先に視界に飛び込んできた。
暴走しかけたユージオに対してなんらかの措置を取ろうとしていたのか。ガレシア軍が展開したいくつもの陣は、その青年が軽く腕を振っただけで次々と崩れて消え去っていった。
砕けた陣の白い光がさらさらと花弁のように散らばる。その中で、青年は状況に似つかわしくもない鷹揚な声を上げた。
「おっかない顔して、子供びびらせちゃ駄目でしょう隊長」
指揮を執っていた男が、青年の冗談めかした言葉に顔色を変えずに答える。
「……こういう顔だ」
「子供に接する時は、もっとこう笑顔じゃなくちゃ。というわけで、子供らの保護はこっちに任せて下さい」
指で口角を上げる仕草をして見せた青年は「俺、子供の扱いは得意なんです」などと、やはり冗談めかした口調で言い放つ。隊長と呼ばれた男は呆れた様子で嘆息した。
「お前も子供だからちょうどいいんだろうな」
「いやまったく仰る通り」
好きにしろ、という投げ出したような返答に、これまた鷹揚な声ではあいと一つ返事をして、青年はユージオたちをちらりと見た。
てっきり何か言われるものかと思ったが、彼は三人をそれぞれ数秒ほど眺めた後、ガレシア軍の方に視線を戻しただけだった。
少しの間を置いて、ぽつりと短い言葉だけが落とされる。
「亡骸は礼拝堂で弔われる。心配しなくていい」
クランカイトが沈んだ声で尋ねた。
「……故郷に帰せませんか」
青年は「難しいな」と残念そうに呟いただけだった。
それきり誰も何も言葉を発することはなく、しばらくどこにも視線を向けずに漠然とその場に立ち尽くした。
その一方でガレシア軍は荷車に亡骸を乗せていく。燃えた部分の荷車の幕は魔法で塞ぎ、血は水で洗い流す。先ほどまでの惨状はどんどん消えていく。まるで初めから何事もなかったかのように、誰かが死んだ痕跡は目に見えなくなっていった。
それを複雑な思いで黙って見守っていると、頃合いだと思ったのか青年が振り返った。
「そろそろ戻るらしいぞ」
「あ……」
「?」
ユージオが物言いたげに声を上げる。
首を傾げる青年へ「少し待ってくれ」と言うなり、血を流した水たまりへと入っていく。
屈んで草むらを掻き分けて、すぐにクランカイトたちの元へと戻った。
「もういいのか、坊ちゃん」
「ああ」
「じゃ、君は俺に負ぶさって。二人は少し歩いてくれ。と言っても――」
ガレシア軍が魔法で時空を捻じ曲げる。この森の一角から、どこかに繋がる道を作る。転移の魔法だ。青年はそれを遠巻きに眺めながら肩を竦める。
「あれで王都のすぐ前まで移動するから、せいぜい王都の中を少し歩くだけだろうが」
そういう青年の言葉通り、捻じ曲げた空間の歪みを潜ってみると、あっという間に王都の外に到着した。フローレインに聞けば、来る時もこの道を通ってきたらしい。道理で早いわけだった。
三人はガレシア軍に送られて王都の中へ戻った。
青年が背中を貸すというのを少ない言葉で断って、クランカイトたちと並んで荷車の後ろを追うようにして歩いた。街の中はいつもと変わりない雑然とした空気だったが、ガレシア軍がぞろぞろと歩いてくる姿を目にした時には、さすがに誰もが驚いた様子で道を譲るのだった。
前もって言われていた通り、ガレシア軍が真っ先に向かったのは礼拝堂だった。
そこにはクランカイトたちの両親が待っていて、無事な二人を見た瞬間、涙を流しながら膝を崩している。
力いっぱいに抱き締められる二人を遠巻きに眺めていると、異国の風貌を持った青年が再び口を開いた。
「君の家族は?」
「いない。ここが俺の今の住処」
「ああ、道理で迎えがいない」
泣いて迎えてくれる親が来ないと不思議に思ったらしい。納得したように頷く男は慰めを言うこともなく、気がかりが解消されて満足そうだ。
ユージオは変な男だと思い、思ったまま顔をしかめた。それを見透かしたように青年は薄く微笑む。
「君に親がいたら、その傷の責任をどうしようかと思ってたとこだ」
「誰のせいでもない」
「君たちはあの男たちを庇いたかったように見えたけど、もしかして今のもそうか?」
「……今さらそれに答える必要があるのか」
死んでしまった今になって、そんなことを聞いて何になるというのか。
どうしても険のある声音になるユージオに、青年はやれやれとでも言いたげに軽く肩を竦めた。
あの時、この青年が魔法を使う所は見ていない。おそらく彼は手を下したわけではないだろう。そう考えてはいてもどうしても、ユージオは彼と馴れ合った態度で接する気にはなれなかった。
青年もそれについて弁解することはなく。
「ところで、耳飾りは?」
自分の耳元を指さしながら尋ねられ、ユージオははたと思い出して自分の左耳に触れる。ヴェーダたちと話をする際に放り投げて、どさくさで拾わずに戻ってきてしまった。
「……お、落とした」
「落としたあ? またなんとも不信心な……いやまあ俺は聖職者でもないからいいが」
半端に口を噤んだ青年が、思案げにアイスグリーンの瞳を伏せた。軍服で惑いそうになるが、やはりその顔立ちや表情は思いがけず若い。
「それじゃ、俺から詫びに一つだけ」
青年は自分の耳元に揺れる耳飾りを外した。
どうするのかと思っていると、ユージオの服の中にするりと落とし込んでしまう。ポケットの中身とぶつかって、耳飾りはこつんと軽い音を立てた。
ユージオは慌ててそれを突き返そうとする。しかし、取り出そうとする手を押さえて制し、青年は笑みの失せた真剣な目を向けてきた。
「今日の怒りを忘れたくないなら、決して手放してはいけない。……何があっても」
急に真剣な青年の瞳にぎょっとして、ユージオは身動きもできずに硬直する。不思議な色の瞳に取り込まれたように動けなかった。
しかし、その言葉の意図はよくわからないまま。
「……? どういう」
「君は耳飾りをなくして、代わりのものは持っていない。耳飾りを身に付けているかと聞かれて『いいえ』と答える。どうだ?」
ますます意味がわからない。
しかし、青年は訝るユージオを気に留める様子もなく、面白そうにユージオを見下ろしてくる。その目はユージオを通して、他の誰かを見ているようにも感じた。
「夜の海の色の髪。俺のご主人様に誓って、信じて貰っていい」
「……ご主人……?」
「君と同じ色の髪をした人。俺の特別、好きな色だ」
「あんたの主人ってなんだ。軍人に主人なんてものは……」
だが、青年がユージオの髪に触れようと伸ばしてきた手は、途中で止まった。
眩い金色の髪が視界に映り込む。続いて警戒心を丸出しにした声音が耳に入ってくる。
「何してるんです?」
目の前に立つクランカイトが、青年の手を掴んで留めていた。
向こうで両親と話をしていたはずだが、なぜここに。というか、もう少し心配する親に付いて、一緒にいてやればいいのでは。
そう思いながらユージオが「カイト」と呼び掛けるが、クランカイトは反応しない。青年はクランカイトを見て面白そうに笑う。
「綺麗な坊ちゃん。感動の再会は?」
「不届きな軍人が友達のそばにいたんじゃ、おちおち感動して涙してもいられなくて」
「おっと、身に覚えもないのに不審者の気分だ」
そう軽い口調で言い放つと、青年は手を引っ込めた。
クランカイトと目を合わせるようにして屈むと、その目をじっと見据える。クランカイトは訝りながらも目を背けなかった。
「……これはまた。あの嬢ちゃんと兄妹か?」
「答える義理、あります?」
「ないなあ。でも、心配には及ばない。そうじゃなくて……」
下心があって余計な詮索をしようというのではないと、青年は首を横に振った。
それでもやはりクランカイトをまじまじと物珍しそうに眺めて、至極不思議そうな声音で問い掛ける。
「難儀なもんだな。その魔力は一体どうした?」
「どうって……」
クランカイトはそれきり言葉を失った。その後ろでユージオも意味が取れずに首を傾げるが、クランカイトの表情は見えない。
明らかにクランカイトの空気が変わったことだけは肌で感じていた。だが、それほどまでにクランカイトが反応を示す理由が、ユージオにはますます理解できなかった。
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