異端者達 15

© 2019 sasori_bi
 クランカイトの魔力がどうしたのだろう。
 ユージオは首を傾げるが、当のクランカイトは沈黙したままだ。後ろで返事を待つが、押し黙ったまま口を開こうとしない。
 そうしている間にガレシア軍の一人がやってきた。

「おい、司祭の用意ができたそうだ。連れていけ」

 青年に言い放つなり、踵を返して去ってしまう。青年はやはりはあい、と鷹揚な返事をその背中に返すのだった。
 青年の声音に気抜けするも、途中で打ち切られた会話の続きが気がかりだった。ユージオの中で解決されない疑問が半端に燻る。が、クランカイトは言葉を返す気もなくなったように首を横に振っている。どうやら返事を聞けそうにはないようだと、ユージオは半ば諦めがちに思った。

 ――それにしてもこの男、ごくごく下の木っ端軍人だろうか。
 あれこれ命令される様子にふとそう思ってはみるが、青年は口元に不敵な笑みを浮かべて振り返る。
 その表情が一寸、不気味に映った。得体の知れないところのある男だ。若いというのに妙な含みのある雰囲気は、年齢に似つかわしくない怜悧さを滲ませている。

「ま、言いたくないこた、無理に聞き出したりはしないさ。坊ちゃんの言う通り、そんな義理もないしな。……それじゃ中へどうぞ、お二方――と、向こうの嬢ちゃんもか」

 うやうやしい仕草で礼拝堂の方へと手を伸べる。おどけたような態度でも、その振る舞いは不思議とさまになって見えた。
 そんな青年をクランカイトは胡乱げに見遣る。

「……あんた、何なんだ?」

 クランカイトの問いに、青年は笑みを深めた。緩やかな笑顔はやはり人を食ったようで考えが読み取れない。

「ガレシア軍人以外の何かに見えるってんなら光栄なこったな」

 そう答えると、彼はフローレインを呼びにユージオたちから離れていった。呼び止めようと一歩前に出たクランカイトも、嘆息と共に考えを変えたようだ。
 青年がいなくなってやっと、クランカイトはユージオを振り返る。そこには普段通りの彼の表情があった。

「……礼拝堂に何があるんだ?」
「わからない。が、行けばわかるだろう」
「確かに、言う通りだ」

 あっけらかんと答えると、クランカイトはさっさと礼拝堂の門を潜り、聖火を構える塔の中へと入っていく。ユージオはそれを追って歩き出しながら、服の中に落とし込まれた耳飾りを服の外から押さえた。その意図もわからないまま。
 今日一日で色んなことがありすぎて、もう考える気力も残っていない。ユージオは青年のことなど思考の隅に追い遣って、ただ無心でクランカイトの後を追い掛けた。

 聖火の揺れる礼拝堂の中は、炎が爆ぜる音だけが響いている。ユージオは微かな違和感に首を捻った。いつもと塔の中の雰囲気が違う。

「……静かだ」

 思わず零れた呟きが、石造りの塔の中に反響する。普段は拝火に訪れて頻りに人が行き交うのに、何故か今は不自然なほどに人がいない。

「巫女もいない」

 周囲を見回しながら中へ入っていくと、聖火の影から司祭が姿を現した。
 険しい顔つきに首を傾げる。が、後ろから追い掛けてきたフローレインへと意識の矛先は移った。

「気が付くとすぐ二人でいなくなる!」

 非難げな声と共にやってきて二人の隣に並ぶと、その静まり返る塔の中に怯んだか、いくらか声量を抑えた。

「の、除け者反対。……それで何、今日は礼拝堂、どうしたの」
「さあ」
「人払いをしました」

 首を捻るフローレインとクランカイトの声に答えるかのように、司祭がそう言ってこちらにやってくる。
 両手には浅い盆が載せられていた。織物の布が掛けられた盆を差し出すようにして、司祭は軽く腰を屈める。

「耳飾りを外して、この上に置きなさい」
「先生……?」

 ユージオが呼び掛けても、司祭は返事をしなかった。
 奇妙な指示に三人はそれぞれ目を見交わすが、フローレインが真っ先に言われた通りに耳飾りを外して盆の上に置く。
 クランカイトは微かに躊躇を見せた。

「必要がありますか」
「ええ。大きな災いは、加護が薄まった証です。改めて祝福を賜る儀式のために、耳飾りを外す必要があります」
「……?」

 怪訝な顔ながらも、儀式という言葉にやむを得ずという様子で、クランカイトもフローレインに倣う。
 だが、ユージオだけは盆を差し出され、わずかに顔色を曇らせた。

「あの」
「耳飾りは?」
「……落としてしまって」

 そう答えながらも、後ろめたさにひどく動悸がしていた。
 あの青年の言葉を信じるわけではない。けれど、彼が耳飾りについて言及した通りの現状に差し当たって、何故かユージオはとっさに青年の言うことに従っていた。そんな自分に驚いてもいたし――同時に、司祭に対して必ずしも全幅の信頼を寄せているわけではない。だからこそ、ヴェーダたちと接したこともあり、ここに来て急に反発を抱いていたのでもある。

 司祭は少しの間押し黙る。
 疑わしかっただろうか、と騒ぐ心臓を抱えながら、沈黙の中で固まっていた。しかし、やがて司祭はユージオの言葉を信じたように踵を返した。

「大変な目に遭ったのですから、やむを得ませんね。後でまた礼拝堂に置いてある耳飾りを贈りましょう」
「……すみません」
「構いませんよ。耳飾りを失くす人は、思いがけず多くおるものです」

 ユージオは司祭にわからないようほっと息を吐く。隣のクランカイトが怪訝な顔をしてユージオを見ていたが、ユージオは何も言わなかった。
 耳飾りを載せた盆は、聖火のそばの台の上に置かれる。赤い光に照らされて、それはどこか不穏に映った。きっとそれはユージオの内心の動揺のために他ならないのだろう。そうわかっていても、どうしても気はそぞろで憂鬱だ。早くこの場から離れたかった。

「あの、先生。儀式というのは」
「心配するようなことはありませんよ。すぐに終わります」
「……そうですか」

 ユージオはそれを聞いて少しばかりほっとした。これから何時間も儀式に付き合わされると聞いたら、本当に絶望的な気分になるところだった。
 司祭は盆を置く代わりに台の上にあった権丈を手に取り、音を立てて石畳に突き立てた。そこを中心に陣が広がり、三人は陣の内側に置かれる。
 司祭は静かな声で謳う。

「――『“竜の月”の御意を傭い仰ぐ』」

 司祭の魔力がゆるりと聖火を揺らす。ユージオはぞわりと背筋に不快を感じて息を呑んだ。
 魔法だ。何の魔法かはわからない。聞いたことのない詠唱だ。けれど――竜の月に関する詠唱など、そんなものがあっただろうか。
 疑問に思っていると、きんと耳鳴りが始まった。始めは小さく、どんどんその音は大きくなっていく。頭が微かに痛み、気分は悪い。まるで車に揺られて酔ったような不快さが一気に押し寄せ、微かに足がふらつく。
 靄が掛かったような意識の中で、司祭の声が遠く聞こえてくる。

「何も気付いていないのなら、そのままに。――忘れてしまいなさい。血塗られた記憶は、あなたたちには必要ない」

 声が反響して何重にも重なって聞こえた。
 ざらざらとひどい雑音が重なる音の嵐の中、ユージオは耐えきれずその場に膝を突いた。視界が揺れて、まともに立っていられない。

 一気に頭の中に映像が巡る。まるで他人に無遠慮に引っ掻き回されてでもいるかのように、今日一日のさまざまな場面が無秩序に次々切り替わっていく。

 駆け寄ってくるフローレイン。荷車に引きずり込まれるクランカイト。去り際、微かに一度だけ笑ったヴェーダ。アドラス、ナズルたち。彼らの顔が次々浮かんで消えていく。そして最後の、噴き出すように血が流れる凄惨な光景。

 ユージオは薄れていく意識の中で思った。

 ――これは人間が魔法を掛けられるということだ。

 そう気付いた時にはもう遅かった。クランカイトやフローレインは。そう思うのに、揺さぶられるような不快感でその場から一歩も動けない。立ち上がることすらもままならない。
 司祭の無機質な声を意識の端に拾った。

「願わくば、この先も気付くことがないようにと、私たちは祈るばかりです」

 その声を最後に、ぷつりとユージオの意識は途絶えた。
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