異端者達 16

© 2019 sasori_bi
 夜空の色の髪。橙色の温かい瞳。
 穏やかに歌を歌っていた。薬を火に掛けて煎じながら、どこのものとも知れない穏やかな旋律を口ずさんでいた。
 懐かしい光景だ。懐かしくて――たまらない気持ちにさせられる。

 そんな母に大慌てで駆け寄って、小さなユージオはほとんど泣きそうな声で訴えた。

『母さん、母さん! 綺麗なお姫様が倒れてるから、助けてあげて……!』

 そう叫んで無理やり母の腕を引っ張ろうとしたが、母は動じなかった。火を止めて始末まで抜かりなく済ませ、そうしてやっとまとわりつくユージオに従って駆け出す。
 ユージオは家の外に出て、森の中に倒れていた子供の元まで母を案内した。母は子供の隣に屈んで様子を見ながら、苦い呟きを零した。

『君、この子は確かに綺麗だけど、お姫様じゃなくてだね……いやまあいいけど』
『ねえ母さん、この子だいじょうぶ? いつもみたいにお薬で元気になる?』

 母の周りで心配げにうろうろするユージオに、母は首を傾げながら子供の様子を確かめ始める。

『うーん、どうかしら。呼吸は問題なし。意識は……ねえ君、聞こえる? 聞こえない!? ……駄目だね』
『駄目なの!? 治らない!?』
『いえ駄目っていうのはそうじゃなくて……あっユージオ! お母さんアレ欲しいなアレ、アレわかる!? 取ってきて!! 急いで行って、ゆっくり戻ってきて!』
『わか……行ってくる!』

 後から思えばこれは、体よく追い払って静かにゆっくり様子を見ようとしていただけだが、当時は気付かないままユージオは家の中に一目散に駆け込んだ。そして、特に目的もない母のために、あれでもないこれでもないと家の中を探して、目についた瓶を取って戻った。
 母に言われたようにゆっくりとした足取りで戻っていくと、ユージオは屈む母の背に乗るようにして瓶を渡した。

『母さん、これ?』
『うんうん、これこれ。偉いねユージオは、ありがとう。……それでね、この子なんだけど、大丈夫。ちゃんとよくなるわ』
『本当!?』

 ぱっと笑顔を浮かべると、本当、と答えて母は立ち上がる。背中に乗っていたユージオは自重に負けて地面に下りた。
 運んでも大丈夫だからと、母は子供を背中に負ぶって、家の方へと引き返す。
 片手でユージオの手を繋ぎながら、ほんの少し苦い笑みを零して、母は寂しそうに呟いた。

『でもね、よくなるっていうのは、目が覚めて、起き上がれるってことで……治るというのとは違うの』
『治らないの!?』
『ええっと……この子の身体はちょっと珍しいことが起きていて。悪いところがあるのではないから、体質……なのかしら。ごめんね。……だから、一時的に元気にしてあげるっていうのを繰り返すしか、ないの』

 繋いだ手を大きく振りながら言う母は、少しやるせないような空気を持っていたと思う。その時のユージオには、それが治ることとどう違うのか、まだよくはわかっていなかったが。

『それはこの子が苦しくなること?』
『いいえ。周りの子と変わらないくらい元気になんでもできるわよ』
『……一緒に遊べる?』

 そう尋ねたユージオに、母は何を思ったか。ぎょっとしたように慌てた声を上げた。

『あっこの子は女の子じゃないからね!? 男の子だから! いくら好みでもそんなにもじもじすることは……って私が慌てても仕方ないけど』

 すぐにいつもの冷静さに戻ったが、苦い微笑みはそのままだった。

『そうね。私がこんなだから、君にまで窮屈な思いをさせているわね。でも、大丈夫よ』

 暖かな橙色の瞳を細めて、母――アルシーナは優しい手で頭を撫でてくれた。

『ユージオが一緒に遊びたいと思って、この子もそう思ってくれるなら、遊べるわ。だから家に帰って、この子の治療をしてあげましょうね』








 ――身体が痛い。眩しくて瞼を閉じていても白く光が差してくる。

 ユージオは軋む身体を動かして寝返りを打った。ふわりとした感触が身体を包んでいる。心地いい。礼拝堂の固くて薄い粗末な寝具とは違う。
 そう思った途端に、ふと違和感で意識が覚醒する。

「……?」

 知らない場所だった。白い石壁の部屋は大きな窓があって、薄いカーテン越しに柔らかく光を取り込んでいる。

 寝かされていた寝具はふわふわと雲のようにユージオの身体を受け止めて、ここから抜け出すのが困難に思えるほど寝心地がいい。だが、明らかに見覚えのない部屋に、そのまま眠りこけていられるほど呑気ではない。

「っ……いたた……」

 ユージオは痛む身体をどうにか起こした。どれぐらい寝こけていたのだろう。すっかり身体が固まってしまっている。
 何か夢を見ていた気がするのに、目が覚めたら忘れてしまった。
 そのままぼんやりと光に目が慣れるのを待っていると、扉が開く音がした。

「まあ、起きたのね」

 柔らかな女性の声だった。巫女のものではない。
 ユージオが振り返ると、そこには見覚えのある女性が立っていた。
 ユージオが寝ていた寝台の脇にやってきて、お湯の入った盥を置く。

「怪我をして、丸一日眠っていたんですもの。ぼうっとするわよね。顔を拭く? それともまた眠る?」

 あれこれと質問を掛けてくる栗色の髪の女性は、翠玉のような瞳をユージオに向けてくる。ユージオはその顔立ちに見覚えがあり、呆然と女性の顔を見詰めた。

「カイトたちの母さん……?」

 そう呼び掛けるとアステリア夫人――シグリは笑みを深めた。

「会うのは二度目ね、ユージオくん。礼拝堂ではお医者さまにも診せて下さらないみたいだから、治るまでうちにって、先生たちにお願いをしたの。具合はどう?」

 シグリの言葉の半分も頭に入って来ない。
 ユージオは身体を起こしたまま、軽く額を押さえる。頭が重く、まともにものを考えられる状態ではなかった。
 ぼうっと周囲を見回して、一体何が起きているのかわからないまま、ひとりごちるように呟く。

「どうして……」
「どうしてって、何が? 知らない場所で目が覚めてびっくりしちゃったかしら。ごめんなさいね」

 シグリは気を悪くした様子もなくにこやかだ。
 ユージオはその笑みに圧倒されるように思わず目を細めた。満面の笑顔が眩しい。

「いえ……どうして俺はここに」
「恩人をお医者さまにも診せずに礼拝堂で寝かせておくなんて、できないもの。寝ている間に怪我の手当てもさせて貰ったわ。お医者さまは何でもないとおっしゃっていらしたけど、目が覚めてほっとした」

 言われてみれば、切ったこめかみに手当てがされている。貼り薬に染み込んだ薬のにおいもした。礼拝堂ではよほどでなければ医者を呼ぶことはないので、不憫に思ったか何かしたのだろう――と納得しかけたが、ある単語が引っ掛かり首を傾げた。

「……恩人?」
「うちの子供を助けて貰うの、もう二度目よ。レインとカイト、二人とも怪我一つなく済んで、どう感謝していいか。こんな怪我までさせてしまって、でも……本当にありがとう」
「助け……」

 ユージオははたと眠る前の記憶を取り戻す。クランカイトが攫われたのだった。
 そうして次々と記憶は覚醒する。ヴェーダたちのこと。ネヴィンに呼ばれて駆けつけたフローレインのこと。そして、彼女が連れてきたガレシア軍のこと。
 あんなことがあって。そして、命からがら王都に戻って、それから。
 ガレシア軍に連れられて礼拝堂に行った。そこで司祭が待っていて、彼が自分たちに魔法を――

 その出来事を急に思い出したユージオは、上掛けを跳ね上げてシグリに詰め寄った。

「カイト……カイトは!? レインも、二人は無事なんですか!?」
「きゃ……ええ、無事よ。今はすっかり元気で、学校に……」

 ユージオはそれを聞いて寝台から飛び降りた。

「ありがとうございました、俺も学校に行きま……!」

 そして、そのままその場にへたり込む。足に力が入らない上、どうやって立ち上がればいいのかもわからない。
 半ば途方に暮れながらユージオはその場で固まった。自分の身体が木か何かにでも変わったかのように自由にならない。

「……」
「まあまず、焦らずゆっくり立ちましょう。それから朝ご飯をご馳走するから、食べて行ってちょうだい」

 そんなユージオの顔をお湯に浸して絞った布で拭いて、シグリは目の前でにっこりと笑った。
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