異端者達 17

© 2019 sasori_bi
 シグリに引き止められてずいぶんゆっくりと朝食――ほとんど昼近くになっていたが――を済ませ、ユージオはそれからやっと学校へ向かった。

 新しい耳飾りを礼拝堂から譲り受けたと、シグリは手ずからユージオの耳に付けてくれた。制服もシグリが保管しており、埃や泥を落としてくれたようだ。まるで母親か何かのように――確かに双子の母ではあるのだが――甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
 ユージオはそんな彼女への名残惜しさを振り切って、制服を着込むと早々にアステリア家から立ち去った。

 シグリが言うには、二人は傷一つなく健康そのもので、ユージオが眠っている間の一日だけ休んだが、その間も心配するようなことは何もなかったという。
 けれど、ユージオの記憶が確かなら、クランカイトとフローレインは司祭の魔法を受けたはずだった。それがどういうものであるかはわからないが――傷を負う類のものでなくても、何の作用もしていないとは考えにくい。現にユージオは、記憶の糸をぐちゃぐちゃに引っ掻き回されるようなひどい苦痛があった。

 学校の屋根の上にはネヴィンが留まっている。どうやら傷一つもなく無事のようだ。そのことに少し安堵しながら、転がるように学校へと駆け込む。この時間に二人がいるはずの教室を目指した。
 休み時間なのか生徒たちが廊下をしきりに行き交う。その合間を縫うように先を急いでいると、ちょうど廊下を歩いている二人を見つけた。

 ユージオは二人の肩を掴んで振り向かせる。

「司祭の魔法は……!?」
「ユージオ!」

 二人はユージオの姿に目を丸くした。
 今日はもう学校に来ないと思っていたのだろう。そのせいもあってまるで幽霊でも見たかの驚きようの二人は、ユージオの問いなど二の次というように安堵を見せた。

「よかった……! 目が覚めたんだね、傷は痛くない? もう学校に来て大丈夫なの?」
「お前、病み上がりでそんなに走ってくる奴があるか。しかも何をそう焦ってる?」

 一見したところ、どうやら二人も何ともないようだ。憔悴しきったユージオの方がむしろどうしたのだろうという目を向けられている。得心が行かないが、ひとまず二人が元気そうなだけでよかった。
 シグリの言った通り、心配するようなことはなかったのだ――とユージオはほっとする。
 息を切らせるユージオを支えながら、クランカイトは怪訝な声を出す。

「お前、一応まだ怪我は治ってないんだから、そんなに無茶をするなよ」
「だって……あの時あんたら、礼拝堂で」
「礼拝堂?」

 ユージオの心臓がどくどくと激しく鳴っている。その音が走ってきたことによるものか、それとも――二人が浮かべた覚えのないという顔つきに何か嫌な予期を抱いたからか。どちらかはわからなかった。
 フローレインが首を傾げる。

「いつのこと?」
「いつって……カイトが攫われた日だろう。ガレシア軍に連れられて、礼拝堂に行って、そこで……」

 司祭が得体の知れない魔法を使った。
 だが、クランカイトはますます怪訝な顔をする。

「……? 礼拝堂に行ったか?」

 一瞬、いつものようにふざけているのかと思ったが、そうではないと気付くのにそれほど時間は掛からなかった。
 本気で言っている。そう思った瞬間、ユージオは安堵も忘れて食い入るようにクランカイトを見据えた。

「カイト……あんた」

 信じられないという思いで呼ぶと、クランカイトもユージオの反応にただならぬ何かを感じたのか。普段の笑みの欠片も残さない、真剣そのものの顔つきに変わる。

「……ちょっと待ってくれ。変な夢とか見たわけじゃ、ないんだよな」
「なんか変な夢見たような見てないような気はするけど、そうじゃない」

 慣れない寝具でおかしな夢を見た気はしなくもないが、そういう話ではない。もどかしい思いで首を横に振り、ユージオはヴェーダたちのことを思い出して沈んだ声になる。

「ヴェーダたちがあんなことになって、それで……」
「……ああ」

 ひどい光景だった。あの時の衝撃は、そう簡単に忘れられるものではない。あんな――心のない命の奪われ方を、そう簡単に終わったことと片付けてしまえるはずがない。
 そう思っていたのに、クランカイトから返される返事は、とても正気とは思えないものだった。

「ヴェーダたち、捕まったらしいな」
「!!」

 そこでようやく違和感は確信に変わる。
 食い違う記憶も、言葉も。クランカイトがふざけているのでなければ、実際に二人とユージオにある記憶は何かが違っている。
 どこからか。何かが。

「………………」

 自信はない。もしかしたら自分だけが何かおかしなことになっているのかも知れない。怪我をして頭がどうにかしたのかも知れない。けれど、記憶が混濁しているというにはあまりに記憶は鮮明で、夢や妄想の類とはとても思い難いのも確かだ。
 自分が間違っている可能性を完全に捨てないまでも、ユージオはぼそぼそと二人に確認する。

「なあ、あの日の……カイトが攫われた日のこと、俺に説明してくれ。なんか……おかしくなってるの、かも」

 フローレインが冴えない顔色で首を傾げている。おかしなことを言っていると思われているのだろう。ユージオもこのおかしな状況を完全に呑み込めていない。だが、何がどう異なっているのかの摺り合わせをしなければ、この現状を理解できそうにない。
 クランカイトは神妙な顔つきで口を開く。

「……あの日、お前が助けに来てくれたんだろう。それで、ヴェーダたちに協力するって約束して」
「ああ」
「そうしたらガレシア軍が来て……」

 ふとクランカイトは言葉を切った。
 考え込むように口を噤む。その顔は何か引っ掛かりを感じている様子だ。

「……?」

 自分でもわからないというように首を捻る。そんなクランカイトの代わりに、フローレインが自信なさげに言葉を添える。

「ええと、私も軍人さんたちと合流した。それで軍人さんに保護されて、家に帰った……んだよね?」
「………………」

 フローレインの質問にクランカイトが頷くことはなかった。答えるクランカイト自身、不思議とあやふやになる答えに訝っている様子だ。記憶の欠落を自覚して疑問を抱き始めたか。
 ユージオは駄目押しと自覚しながら質問を重ねる。

「その後、礼拝堂に行ったことは、覚えてるか」

 二人は揃って首を振った。もちろん――横に。ユージオにとってそれは、信じられないながらも半ば予想をしていた否定だった。
 攫われた事実は覚えている。ヴェーダたちと話したことも覚えている。その後、ガレシア軍が来て――そして、ヴェーダたちがその手で殺された以降の記憶が曖昧だ。

 ユージオは薄々その原因に勘付いていた。

「司祭がおかしな魔法を使ったことも?」
「……おかしな魔法?」

 クランカイトに問い返されて、ユージオは「そうだ」と一つ頷く。

 儀式と言いながら司祭が使った魔法。原因があるとしたら他に考えられない。そして、司祭はその魔法が使った事実ごと記憶から消し去った。それが意図的と言わずして何と言うのか、ユージオにはわからない。

 なぜユージオだけ覚えているのか。それについても当然、心当たりがある。
 ユージオは隠し持っていた耳飾りをそっと服の上から確かめる。まだこれは確信ではない。だが、偶然にしてはあまりにも辻褄が合う。そして――それをどうしても今すぐに確かめずにはいられなかった。

 クランカイトはそんなユージオをじっと見詰めて、その胸の内を探るように顔を覗き込んでくる。

「……なあユージオ。一体何が――」
「アステリア……!」

 急に第三者の声が割って入った。

 名前を呼ばれて反応した二人の内、先に口を開いたのはクランカイトだ。自分とフローレインを指さしながら間の抜けた問いを掛ける。

「どっちの?」
「お前に用事はない!! フローレイン!」

 そう怒鳴りながら詰め寄ってきたのは、おそらく――はっきり顔を覚えていないので絶対ではないが――同級生と思われる少年だった。
 アーサー、とフローレインが少年のものと思しき名前を呼ぶ。ユージオは見覚えのある声と顔の理由に思い至った途端、思わず小さく声を上げた。接点というほどではないが、多少の関わりは持っていた。

 ――黒魔女の息子は、他人を惑わす魔法の使い方でも知ってるんだろ。

 聞えよがしにユージオを嘲笑した同級生の内の一人だった。いつも取り巻きに囲まれている少年だ。その後フローレインにこっぴどく怒鳴られて、それきりユージオに因縁をつけることも少なくなっていたが――そんな少年が、なぜフローレインを名指しでやってくるのか。
 フローレインは臆する様子もなくクランカイトの前に出て、アーサーを見据える。

「私が何?」
「大丈夫か!?」

 肩を強く掴まれて、フローレインが驚いたように「うわ」と小さく声を上げる。
 それを後ろからクランカイトがすかさず引き離した。が、アーサーの興奮は収まらない様子だ。取り乱した様子でフローレインに詰め寄る。

「お前がならず者に攫われたって聞いて……無事なのか!? 怪我とか!!」
「ええ? ちょっと何、私? 私は別に攫われたりしてな……」
「ひどいことはされなかったのか!?」
「されてないよ!! なんなの!?」

 フローレインが混乱で声を荒げた。人の話を聞くどころの話ではない少年の慌てぶりに、フローレインは半ば圧倒されている。

「ちょっと落ち着いてよ! 私、攫われてなんかないし。誰に聞いたの、そんな嘘。それともアーサーの勘違い?」

 噛み付くように答えたフローレインに、アーサーは面食らったように言葉を濁らせた。

「え……嘘? かん、ちが……」
「攫われたのはこっちだよ」

 フローレインがクランカイトを指さして言う。後ろでクランカイトがアーサーへと冷たい視線を向けている。

「その通り。……それで? 仮にレインが攫われたんだとして、それがお前にどう関係あるっていうんだ?」
「う……じ、じゃあ、フローレインは何かひどい目に遭ったとかじゃ……」
「「ない」」

 二人の重なった即答に、アーサーががっくりと肩を落とした。安堵したのか、それとも心配が徒労に終わってがっかりしたか。どちらでもいいことだが――
 アーサーは吐き捨てるように再び声を尖らせた。

「それならいい……ッ! まったく、騒がせやがって、この悪目立ち双子が!! 紛らわしい! そんなだから誘拐なんかされたりするんだからな!」

 そう言って踵を返して去っていく。残されたフローレインが不満げに顔をしかめた。

「悪目立ちって……何それ。悪口言いに来ただけ?」

 クランカイトが悪びれもせずしれっとうそぶく。

「お前嫌われてるんじゃないか」
「ひっど。カイトが嫌われるならわかるけど、私は嫌われるようなこと……あっそういえば、前にケンカしたことあったっけ。そのせい?」
「たぶんな」
「そっかあ。すっかり忘れてた。じゃあしょうがない……のかな」

 あからさまなクランカイトの騙りを鵜呑みにしたフローレインは、そう肩を落として溜め息を吐いた。
 水を差されて少し頭は冷えて冷静になった。そんなユージオを振り返り、クランカイトは再び先ほどの話題を持ち出そうとする。

「それで、ユージオ。さっきの話だけど」
「ごめん」

 それを無理やり遮るようにして、ユージオはぱっと手を振った。

「何でもない。それより俺、やっぱり授業出れないから。それじゃ……!」

 言うなり駆け出した。誰の耳に触れるとも知れないこんな場所で、この話題を持ち出すことに忌避を感じた。その感覚はあながち間違いでもなかったのだろう。

 ――軍のみならず、司祭までもが絡んでいる。
 ならば、あのことを忘れた二人をいたずらに引っ掻き回してしまうわけにいかない。遅れてそのことに気付き、ユージオは先ほどの話題を避けるようにして二人から離れる。

「ユージオ!?」

 後ろから名前を呼ぶフローレインの声すら聞こえない振りをして、ユージオは来たばかりの学校から引き返していった。
© 2019 sasori_bi

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