魔法使いの青少年 2

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 慌ただしく記章を外しながら、駆け足でフローレインはユージオの後を追い掛ける。そして、記章を無造作に制服のポケットに押し込むと、息を切らしてユージオの隣に並んだ。

「ご、ごめんってばユージオ、怒らないで! 私だって欲しくて貰ったんじゃないから、許して!」

 あの集会の後、教師たちに記章の管理について長々と注意を受けていたので、大講堂の生徒は皆、すでに授業へ向かってしまった後だ。
 廊下にまばらに残っているのは、この時間授業の入っていない生徒たちだけだ。すれ違う生徒たちは総じて、二人の姿を見咎めるたびに振り返る。広く顔が知られているため、学内でもどうしても人目を引きやすい。ユージオとフローレインについては遅刻が認められるとのことで、一筆書いて貰ったものをそれぞれ手に持っていた。

 フローレインの縋るような言葉に、怒っているのか否かわからないしかめっ面のままで、ユージオが振り向いて答えた。

「別にもう怒ってない。いくら欲しくても貰えるもんじゃないんだから、そんなこと言わずにちゃんと貰っておけ」
「だってユージオ怒ってる!」
「ないって」

 だが、フローレインはそれでもまだ気が済まないのか。これから受ける授業の教科書類を抱き締めて、幾らか落ち込んだ声で俯いた。

「わかるよ、ユージオ言ってたじゃん。魔法は見世物じゃないって。私もその通りだと思うし、危ない目に遭うこともあるって、わかってるつもり。っていうか……私の魔法が誰より危ないってことも、知ってる」

 桁外れの魔力、それを操る素質と素養。共に揃ったフローレインの魔法がどれほど強大で強力なものか。そして――それが失敗した時の反作用の大きさが魔法に比例することも、周囲が散々釘を刺してきて、充分に当人の自覚は及んでいた。

「なん、だけ、ど……」

 それがわかっていて魔法で見世物のような真似をしたフローレインは、ユージオの怒り以上の後ろめたさを持っているようだ。

「新入生代表って言われたら、断れなくて……」

 その言葉に、わかってると答えかけたユージオは、しかしすんでのところで思い直した。

「……いや俺が言ってるのそこじゃなくて」
「っていうより雛壇立ったら、皆入学式飽きたのか辛気臭い顔して私のこと見てるし、今度は何を長々やらかす気なんだみたいな目だし、わかって欲しい、あの気持ち!! 何で先生に言われただけなのにそんな白けた顔で見られなくちゃいけないのと思うじゃん! 景気よくド派手にいきたくなっちゃうじゃん!?」
「そうそれな。ならない」
「なったの!!」

 そうだった、とユージオは結局のところであった問題を思い出す。

 この中等学校の入学式の日、集まった来賓に魔法を披露する新入生の代表に、フローレインが任命された。これほどの魔力を持つ生徒が他にいない、当然の流れだろうとユージオもわかっているし、それを受け入れたフローレインを非難する理由などは増してない。だが、それにしたって加減というものがあるだろう――というのがユージオの考えだ。
 それぐらい、フローレインの魔法は凄まじかった。

「魔法だけで花火千発打ち上げるとんでもない奴は初めて見た。空までわざわざ暗くして」
「……暗い方が綺麗だから」
「レインの魔法はなんというか……言い方悪いけど三割ぐらい馬鹿でできてる感じ、ある」
「褒められていない!!」

 あの日、壇上に立ったフローレインはおもむろに黒い球体を作り出した。
 抱えるほどの大きさのそれは、ゆっくりと空に昇ってゆき――何事かと注視する観衆の視線の中、弾けて辺り一帯に擬似的な夜を作り出した。
 光の入らない真っ暗な闇の中、白い光のカラスが次々と現れる。その数は数十から数百と増え、ちょうど千羽まで増えた。一つ一つが意思をもって別な動きを取って飛び回る。とんでもなく高度な魔法――どころの話ではない。いっそ化け物じみた数の並行操作だ。その魔法の光のカラスの群れは、次々と空に昇って大音声と共に色とりどりの光の花を咲かせていく。

 誰しもが魅入り、そして溜め息を漏らした。

 一つ一つの魔法は決して難しいものではない。多少の魔力を要するものもあるが、叙勲に相当するような特別な魔法ではない。だが――その魔法を複数、桁違いの数を同時に行使して平然としている。あの日のフローレインは本当に規格外のことをやってのけた。
 その行動原理が浅はかと言わざるを得ないのが、玉に瑕というところだったが。

「でも、ついた渾名は『白鴉の魔法使い』」

 あの日の千羽の光のカラスが、あまりに圧巻だったことから呼ばれるようになった二つ名だ。フローレインは学校の外にいるはずのネヴィンを探すように外を見上げる。

「ネヴィンがいつも近くにいるから、形とか動きとかわかるし、複数を一気に作っても動かしやすくて。っていうか……」

 フローレインは不本意という顔つきに変わった。振り返ってユージオの制服に付いた略綬を指さしてくる。仰々しい記章はすでに外され、ユージオの制服に付いたものは小さな略綬に切り替わっていた。

「錬金術師に言われたくない」
「初級」
「違いがわかんないよ」

 フローレインの嘆きに、ユージオは襟元に付けた略綬を指でなぞりながら答える。

「中級・上級まであるから、それほどたいそうなものじゃない。初級は高等学校在学程度の難易度って言われてるかな。だからまあ、高等学校に行ってから取ってもよかったんだけど」

 高等学校の中でもかなり学術的に優れた学校にはなるのだろうが、初級は高等学校の在籍中に受けようとする場合が多い。それでも合格率は三割ほどで、大人を含めても五割を切るとは言われているものだが、逆を言えば勉強すれば五割弱は受かれる試験でもある。
 その試験に受かるなら、中等学校の卒業試験も決して困難ではなかったが。

「あんたらと一緒に卒業しようと、思っ……」

 と、ユージオは途中で言葉を切って、わざとしかめっ面を作って続けた。

「たら、学校の勉強だけじゃどうにも暇で。片手間に初級錬金術師試験の勉強なんか進めてみたら、受かった」
「そっかあー」
「にやつくな」

 年度末の進級試験でも、ユージオは決して先を急がずに、同級生たちと並んで通常通りに進級してきた。が、もともと上級生の授業まで早々に取ってきたユージオは、卒業間際にはずいぶん暇になる時間ができたのだ。これはユージオとほとんど同じ授業を取っていたクランカイトも同じだろうが、彼は彼でまた別なことをしていたようだ。
 と、フローレインが足を止めて階下を見下ろした。

「カイトだ」

 見れば、中庭の中央に人だかりができている。その中心は男子生徒たちで、周りには女子生徒が固まっていた。階上に当たるこの場所からの観客もおり、女子生徒が集まってユージオたちのすぐそばから階下を見下ろしている。
 窓際に寄って見下ろせば、男女双方の野次の声が聞こえてくる。

「やっちまえー!」
「今日こそアステリアを負かしてやれー!」

「カイトくーん!」
「頑張ってー!」

 その中心では男子生徒二人が模擬剣を持ってやり合っている。

 窓を開けて成り行きを見守っていると、それから間もなく片方の男子生徒が勝った。
 金の長い髪を後ろで結っている。上着は脱いでどこかに置いてあるのだろう。シャツ一枚で、片手に持った模擬剣をもう片方の男子生徒に突き付けた。

 見間違うはずもない、ここにいるフローレインの双子の片割れ。幼馴染のクランカイトだった。

 空き時間に他の生徒と手合わせをしているのだろう。ただの手合わせにしてはやけに観客が多いが、いつもの賭け事でも行われているに違いない。そうユージオが推察していると。

「カイト、いっつも剣で誰かと戦ってるよね。アレ、何やってんの?」

 フローレインが隣で首を傾げた。短い髪が跳ねるように揺れる。その横顔をちらりと見て、ユージオは形容しがたい顔をした。

(“妹に告白してもいい権”を賭けて全勝中……とかは言わなくていいか)

 何のことはない、かの有名な『白鴉の魔法使い』ことフローレインに、目下、最大の障害であるクランカイトの妨害を受けずして告白できる権利を求める挑戦者が絶えないのだった。
 なぜフローレインのことにクランカイトの許可が必要なのかわからないが、妹を射るにはまず兄から――という空気がすでに出来上がりつつある現状、とりあえず前例に従ってクランカイトに手合わせを挑むというのが慣習化しているようだ。そして現時点で未だクランカイトに勝利した者はおらず、フローレインの色恋云々についても同様の状態を保っている。
 ユージオは何とも言い難い顔をしてフローレインをちらりと見た。

「? なに」
「……もし気になる奴いるなら、自分から声かけた方がよさそうだぞ」
「???」

 そのぐらいしか掛ける言葉が見つからない。とりあえず誰かが勝ち上がってくるのを待つのは望み薄だというぐらいはわかる。
 嘆息混じりに階下を見下ろしていると、目ざとく気付いたクランカイトが手を上げてこちらを見た。

「ユージオ!」

 途端、普段のすまし顔が一気に破顔してこちらを見上げてくる。ユージオはいたたまれずそそくさと窓から距離を取った。
 フローレインが階下を指さす。

「呼んでるよ」
「……知るか馬鹿って言っといて」
「そんな無茶な。……ていうか私もいるのに眼中外ってどういうこと」

 フローレインはそんなことを呟きながら、先を急ぐユージオを追って隣に並んだ。






 目が合った――と思ったが、ユージオは反応せずにさっさと窓際から離れて行ってしまった。ついでにフローレインもそれに従って窓際から姿を消す。
 クランカイトはやむなく振り上げた手を下ろした。

「無視された」

 可笑しいような思いで堪えた笑み混じりに呟くと、そばにいた同級生の男子生徒が声を上げて笑った。

「ざまあみろ」
「いい気味だ」

 もともとフローレインに告白する権利を賭けて挑んできたが、段々いつクランカイトが負けるかというところに目的を移行させてきている連中だった。クランカイトが「うるせえ」と笑いながら剣先で小突くと、彼らも冗談だったらしく再び声を上げて笑う。
 中にはクランカイトの視線を追って窓を見上げた生徒もおり、そちらはクランカイトが声を掛けた先にフローレインの姿を見つけたようだ。

「あれ、妹の方のアステリアもいなかったか?」
「マジで? 見逃した」
「っていうか、今カイトが呼んだユージオって、錬金術師資格取ったっていう、あの?」

 今さっきの出来事で記憶に新しかったのか、驚いたように一人の男子生徒が立ち上がる。が、それにはクランカイトが気分を害したように目を眇めた。

「ジロジロ見んじゃねーよ、減る」
「なんでだよ、減るわけねーだろ」

 その反論を聞いているのかいないのか、クランカイトは模擬剣を両手で持って。

「見るのも駄目だし、ちょっかい掛けるならぶっ飛ばす」

 そうにっこりと笑顔で釘を刺すのに、相手の男子生徒はあからさまに納得いかないという顔をする。

「……なんでだよ。掛けねえよ」

 だが、クランカイトの目が笑っていないことに気付くと、男子生徒はそれ以上反論することなく「掛けません!」と神妙に言葉を直した。
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