魔法使いの青少年 3
© 2019 sasori_bi クランカイトは授業が終わった後、一人で王都の外れに向かっていた。
ざくざくと下草を掻き分けながら、半ば森に分け入るようにして先を進んでいく。そこに隠れ立つような小さな小屋――かつて母子が暮らした家ではあったが――を見つけると、クランカイトは躊躇なくその小屋の中へと足を踏み入れた。
中には予想通り人がいた。
彼はクランカイトの顔を見て嫌そうな顔をする。
「……また一人で来るし」
忌々しそうに呟くユージオに、クランカイトは堪えきれず溢れるように笑みを零した。彼は床に広げた紙に何かを書きつけている最中か、制服の汚れも厭わずに這いつくばっている。
彼はクランカイトが一人で行動するのを快く思わないようだ。まだ中等学校に入る以前、クランカイトは誘拐されたことがある。フローレインと間違われたのがきっかけだったが、そうでなくとも両替商の息子であるクランカイトの危険を思えば、決して大げさとは言えないかも知れない。だが、この年になってまで心配されるほどのことではないだろう。
クランカイトは入り口の傍に置いた木の椅子に腰掛ける。
「誰かさんが無視するから、俺の方から来ないといけねえんだろ」
「あんな人に囲まれてる時に、声掛けてくる馬鹿が悪い。要らん注目を受けるだろうが」
「自意識過剰って知ってるか」
「うるさい」
ユージオは素気無く一言で切り捨てた。昔から変わらず、口癖のように放たれる言葉だった。慣れた暴言をクランカイトは笑みを浮かべて甘受する。
――注目云々の話で言うなら、通っている中等学校で唯一の錬金術師称を得たというだけで充分だろうが。クランカイトが声を掛けるか否かに関わらず、すでにユージオは周囲から一目置かれ、人目を引く存在になっている。ついでにフローレインが一緒にいることも、周囲の邪推を煽るものだから、注目度で言えばとうに手遅れだった。
が、クランカイトは言わなかった。椅子から立つとユージオの隣に屈み込んで、その手元を覗く。
「今日は何やってる」
「……誰かに言うなよ」
「言ったことがあったか?」
「加護の無力化の魔法式を試してる」
答えるユージオの耳元で、ゆらりと静かに耳飾りが揺れた。
ブリード教徒の信仰の証。かつて事件に巻き込まれた際に知った、ブリード教の隠した事実。――人間への魔法を無効化する装置だった耳飾りだ。
それを知った上で、ユージオとクランカイトは信徒として欠かさず拝火の儀に通っていた。その内心はともかくとして、建前ではごく普通の信徒を演じることを選んだ。
だが、生じた猜疑心は未だ胸の内に秘めたまま、こうして人目を忍んで関心の赴くままに調べ事をしていた。
「耳飾りに彫られた紋様を繋ぐと、魔法陣が現れる。これが加護の魔法の正体なんだろう。でも、これが魔法である以上、べつの魔法で打ち消すことができるんじゃないかと思って」
それが信仰にもとるような恐ろしい発想であることを知っていながらも、ユージオは関心を抑えることができなかった。
――自分の母が黒魔女と謗られたように、自分も同じくブリード教の禁忌に触れている。その自覚がありながらも、ブリード教への猜疑心がどうしてもユージオを駆り立てた。一つ疑問が浮かべば、またべつな疑問が続いて起こる。そういうふうに、ここ数年はものを考える時間が圧倒的に多かった。
「もともとどういう魔法だったんだ」
「大雑把な魔法だ。いつも持ち主の魔力を微量ながら吸って常に稼働していて、身体の周囲に膜のようなものを形成してる。元素みたいに散らばった魔力そのものは通すけど、複雑に組み合わされた魔法が触れた瞬間、全身の膜がその場所に一気に集中して硬化する。力と力がぶつかり合って殺される。攻撃性の有無に関わらず。……美学がなさすぎる」
「ユージオの言う美学ってのが俺にはよくわかんねえけど、まあ魔法に反応する障壁って感じか」
「それ。だから、持ち主の魔力を上回る魔力で魔法を使ったら、たぶん加護も諸共吹き飛ぶんじゃないかと思う。試す気はないけど」
「死ぬからな」
クランカイトが顔色一つ変えず、ユージオが避けた言葉をずばり言い放ち、ユージオはついその身体に肘を入れた。が、鍛えられた男に対して、ユージオの非力な攻撃は大した意味を成さなかった。
気を取り直してユージオは話を戻す。
「俺が考えてるのは、加護の陣を解除する魔法式。力で吹き飛ばすとか陣を壊すとか乱暴な方法じゃなくて……えーと、どう説明すればいいんだ」
「見せて」
クランカイトはユージオの乱暴な書きつけを床から拾い上げて、その魔法式を読み込んだ。一見して複雑に見えるが、要点だけを拾って解読すればすべてを理解する必要はない。さっと目を通して、クランカイトは「ああ」と納得したような声を上げた。
「陣の流れとは逆の流れを起こして、一時的に陣を無効化するってことか。理屈としては筋が通るかもな」
が、あっという間に理解したクランカイトに、ユージオはなぜか不満そうな顔になる。
「人が必死で考えて書いたものを、さらっと解読するな」
「愛があるから」
「うるさい。何が愛だ、馬鹿」
同じ授業を取っていて似たような知識があるだけだろうと文句を返されるが、案外とまったく響いていないわけではないらしい。その証拠に、話を続けようとしたユージオの言葉が詰まる。
「ええと……それで、その……」
揶揄するように「動揺してる」と笑うと、ユージオはしかめっ面で吐き捨てた。
「誰のせいだ。ええと、だから、魔法式は書いてみたけど、試してもいまいちうまくいかなかった。原因がわからなくて、一昨日からつまずいてる。考え過ぎて頭が痛いし、馬鹿がいらないことばっかり言うからまして頭が痛い」
「んー……原因なあ」
「魔法式が間違ってるのか」
ユージオの嫌味を聞き流しながらクランカイトは考え込む。ざっと目を通したところ、魔法式に破綻は見られない。となると細部で微妙にうまく嵌まらない何かがあるのだろうか。
「無力化の魔法そのものに加護が反応して弾かれる?」
「いや、加護は反応していない、と思う。ただ耳飾りの陣に対して魔法がうまく反応しない」
「陣に逆流した陣を重ねて一時的に相殺すればいいんだろ。……となると、この魔法式の陣の流れが違う、とかか」
そう言いながらクランカイトは図に書き出した耳飾りの陣の紙を拾い上げた。ユージオは何事かを察知したのか、どんよりと暗い顔色で頭を抱えている。
「全部で何通りある」
「えー……計算してある。二百十六通り。……一から全部やりたくなかったから見ないことにしてた……」
「じゃあ逆に、そもそもの加護の陣の流れがわかればいいんじゃねえのか」
「それがわからないから困ってる」
「お前これ、解除の魔法云々の段階まで行ってねえな」
「……わかってるけど」
クランカイトがユージオを見るが、目が合わない。思いっきり顔を背けてユージオは頭を抱えている。
「加護の魔法を試そうと思っても、目で見てわかるもんじゃないから、さらに魔法を自分に使って……ってのがまどろっこしすぎる……」
加護の魔法が発動しているか調べるのに、そのたび自分に魔法を試さなければいけない。その手間を考えて心が折れているらしい。
クランカイトは苦く笑いながら尋ねた。
「実験台、やろうか」
「やらなくていい」
返答はすぐさま返ってきた。素っ気なくも迷いの感じられない声だ。
その理由は薄々クランカイトにも見えている。
「必要がないなら、他人に魔法なんか使いたくない……」
クランカイトにはその記憶はなかったが、ユージオは魔法で人が死ぬところをその目で見て、間違いなくそのことを覚えている。
だが、それを知ってはいても、どうしても非難げな呟きの一つは漏れた。
「お前、俺には使わせるくせに」
「!」
呟いたぼやきにユージオが大袈裟なほど反応した。その考えを見透かしたクランカイトの態度は冷ややかになる。
「やらねえぞ」
「なんでだ。話が早い、やれよ。俺が加護の魔法を試すから、あんたが俺に魔法を使えばいい」
クランカイトは思案げに押し黙り、ユージオが拍子抜けするほどあっさり態度を翻した。
「……わかった、やってもいい。けど条件」
嫌な予期を抱いたユージオの方も、即座に発言を翻した。
「やっぱりいい、要らない」
「俺と寝て貰」
「要らないって言ってるだろ……!」
クランカイトの言葉を半ばで遮って、ユージオはそんなにかと問いたくなるほど悲痛な声で叫んだ。どうも年頃の下世話な話題からは距離を置いているらしく、ユージオはクランカイトの軽口にあからさまに顔色を変えた。
「誰があんたと寝るか!! ふざけやがって、思春期かよ馬鹿! 血迷うにしたって相手を選べ……ッ」
「お前の口から寝るとか言われると、ぐっとくるものがあるな。正真正銘、思春期だし」
「最悪……」
「今のはさすがに本気じゃねえから、そう警戒しなくていいけど」
クランカイトは悪びれもせず言い放って腰を浮かした。大袈裟なほど壁際に寄ってクランカイトから距離を取っているユージオに、遠慮の欠片もなくずいと詰め寄る。
「相手は合ってるから、血迷ってもねえな。けど、口説くならもっと真っ当にやる」
「やらなくていい」
「実験は付き合う。ただ、やるのは逆だ。お前が俺に魔法を使う」
いいな、と有無を言わせず断言して、クランカイトはユージオの手を引っ張り上げた。
壁際で小さくなっていたユージオが、渋々というように立ち上がる。その夕日の色の瞳を覗き込んで、クランカイトは反論を言わせずにたたみ掛けた。
「どっちにしろ、やらなきゃ終わんねえんだから、協力した方が早い。……でも今日は拝火に行く日だから、残念だけどその時間がない。明日からな」
「ああ忘れてた。忘れてたかった……」
嘆くユージオは、こそこそとブリード教の秘密を探りながら信徒の義務を果たすことが後ろめたいのだろう。
その気持ちを理解しながらも、クランカイトは決まり通り、ユージオを連れて礼拝堂に通うことは止めなかった。礼拝堂に住む彼の立場を考えれば、義務を放棄していいなどとは言ってやれない。
「怒られるぞ」
そう冗談めかして咎めながら、クランカイトは足元の紙を拾い出す。ずいぶん豪儀に散らかしたものだと、渋い顔つきのユージオを見上げた。
「さっさと片付ける」
「……了解」
誰かが足を踏み入れて、こんなに無造作に秘密を書きつけた紙を目にしたらと考えると、どうしても広げたままにはしておけない。
片付けが面倒なのか、ユージオは紙を拾いながら隣でぶつぶつとぼやく。
「……近いうちに、決まった人間しか立ち入れない、みたいな魔法を作る。絶対作る」
「はいはい。まあなるべく早い方がありがたいかな」
「加護の魔法式が解けたらやるから」
そうやって次々、珍しい魔法を作っては隠していくユージオが、時々――少し怖いと思う。なぜそう感じるのか深く考えたことはなかったし、その漠然とした不安をクランカイトが口にすることはなかったが。
子供じみた好奇心と、それを満たしてしまえる知恵。それがどんな恐ろしい秘密の箱を開けるのか。クランカイトは恐怖しながらも、それを上回る興味を抑えることはできずにいた。
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