魔法使いの青少年 6

© 2019 sasori_bi
 毎日が穏やかだった。
 授業の空き時間が重なると、三人揃って湖のほとりで時間を過ごしていた。

 ネヴィンは時折木から降りてきて、フローレインの肩に止まって木の実をせがむ。その体つきはすっかり成鳥のそれだ。
 クランカイトは寝そべって顔に教科書を伏せていた。賭け勝負で削られた体力を養うように、大人しく口を噤んでいる。その一方でユージオとフローレインは教科書を開いてあれこれと相談していた。他に人の姿はない。
 隣で二人は熱心に議論を交わしている。

「だから、魔法を使う時には必ず何かが消費されているはずなんだ」

 ユージオの熱の籠った言葉が聞こえてくる。
 そういうふうに、ふとしたきっかけから議論が始まることが少なくなかった。一方、昔は感嘆しながら『そうなんだ、すごいね』で終わっていたはずのフローレインも、近頃は自分で色々と考えているらしい。ユージオの言葉を鵜呑みにすることなく、問いを返してくる。

「なにかって? 魔力は使ってるけど、そのこと?」
「違う。でも、それ以外にも何かあるんだって。……肉眼でわからない何か」

 クランカイトは黙ってユージオの話を聞いていた。
 おそらく魔力と同様の類のものだろう。肉眼で見えないが、視覚で認知されないだけで、確かに存在するものというのはある。それと同じで、目に見えないが存在している他の何かが消耗されていると考えるのに、絶対にないと言い切れる要素は今のところない。

「魔法を使う時ってのは、小規模でも世界の摂理を捻じ曲げる。無から有が起こる。でもそれは魔術の――というか科学的な側面から見ると異常なんだ」
「科学って……自然則に基づく森羅万象を知る学問……だっけ?」
「そう、俺が魔術を使う時に前提としてる知識。それでは、炎を燃やすのに油や酸素が必要になる。そういうふうに、当たり前で例外もなく、何かを生み出すのに消費する代償がある。その代償が……魔力以外の何かがあるんじゃないかと思ってる」

 フローレインは自分の記憶を手繰るようにしながら言う。

「神さまの力を借りてるって、先生たちは言ってるけど。学校の先生も、礼拝堂の先生も」
「……疑ってるわけじゃない。けど、そこに本来存在しえないものが現れるのに、魔力で足りるとは到底思えない」

 神より賜った力。神の代行を務めるための力。

 そうブリード教は称している。疑っているわけではないなどとは嘘だ。ブリード教は耳飾りの魔法以外にも隠し事があると、おそらくユージオは考えていた。クランカイトもその考えが理解できなくはない。
 信仰心など失い、神の存在などまるっきり信じていないはずのクランカイトとユージオ。それでも魔法を使えるというのはどういうわけかと。

 フローレインは困り切った声を出す。

「ユージオの言ってることは難しい」
「……説明が下手で悪い」
「私がぴんと来ないだけだと思うけど」

 と、クランカイトが我慢しきれずに顔に乗っていた教科書を外して口を挟んだ。

「レインお前、料理する時、何も材料がないのに支度ができるか? 野菜一つ台所にない。それで料理ができんのか? 無理だろ。つまるところ、そういう話だ」

 フローレインは振り返ってクランカイトの顔を覗き込む。まだ腑に落ちないという顔だ。

「魔法でこう……材料? を作るとか」
「ユージオが言ってんのは、自然則に基づいた話だ。魔法そのものがどれだけ超常的か説明しようってのに、魔法を持ち出すんじゃねえアホ」
「一言余計なんだけど……つまり魔法が、何も材料がないのに料理が作れるぐらい不自然だってことだ!」

 ようやく合点がいったというフローレインの明るい言葉に、ユージオがこくりと頷く。ちらりとクランカイトへ一瞥を寄越したのは、すかさず助け舟を出したことに対し、感謝を言うべきか迷ったのだろう。
 ユージオはクランカイトの言葉にさらに説明を重ねる。

「同じように、ある日突然、湯水のように大金が湧いてきたとする。別に何の前触れもないし、理由も原因もわからない。ただ確かに莫大な金がある。どんな恐ろしいことに由来する金かもわからない。……それって気味が悪くないか?」
「……確かに」
「魔法はそれに近い得体の知れなさがある」

 クランカイトは身体を起こして木の幹に凭れる。少し身体を休めて気が済んだ。
 起き上がると、熱心に会話を続けるユージオとフローレインを眺める。

「ユージオは理解できないから気味が悪いってこと?」
「人間にとって都合がよすぎるから、気味が悪い。俺が勘繰り過ぎているだけかも知れないけど。神が人間にとってだけそこまで都合がいいっていうのは、どういう理由なのかと」
「言われてみれば……」
「そもそもどうして人間だけなのかと、礼拝堂で説教を聞くたびに考える。数多の生き物がいる中で、人だけがどう違う。言葉を使う? 知恵がある? ――それじゃ納得がいかない」

 魔法を使えるのは人間だけ。動物は魔法を使わない。
 もし仮に使うことができるなら、時に追い詰められた等の窮状や、あるいは争いなどの本能に駆り立てられる状況で、魔力が暴走するようなことが起こりうるはずだ。だが、そういった事象が観測されたことは未だかつてない。そういう理由で魔力を持たないと考えて不自然はないだろう。
 なぜ人間だけなのか。そのことを納得するに至る理由を、自分たちは知らない。

「神さまに近しいから、って聞いたような」
「最高神アスラと同じ姿をしている生き物だから。――本当にそうなのか? アスラは複数の経典の中で幾つかその姿が異なっているのに?」
「あっそうだ、竜神様」
「そう。一説には竜神とされる。だからガレシアの国章は竜だ。ブリード教もそれを黙認してる。それなのに、人と同じ姿? 矛盾していないか」
「本当だ」

 ブリード教の経典の中で、アスラ神はその姿を何度も変えている。ときに美貌の男性の姿を、ときに世界を焼き尽くす劫火そのものの姿を。そしてまた、この世に存在が確認されていない架空の生き物、竜の姿をしていることもある。複数に亘るブリード教の教典をさらえばわかることだ。
 ガレシア国の国章に竜の意匠を用いていることも、そういう理由からだという。

 クランカイトは思い出したようにぽつりと付け加える。

「耳飾りの紋様も、竜を模したものだと聞いたことがあるな」
「……と、とにかく」

 耳飾りの話題に触れたことで、ブリード教の教えを疑うような自分の発言を自覚し、しくじったと思ったのだろう。
 歯切れ悪く話題を変えるユージオは、フローレインにこれ以上その話題を続けるつもりがなくなったようだ。そそくさと、そもそもなぜそういう話題になったかという結論のところに立ち返る。

「だから……レインの魔法は凄いと思う。けど、得体の知れないことが多いものを、むやみやたらと使うものじゃないと思うし、それを強いられる場面も――少ないに越したことはない、と、俺は思ってる」

 なぜ魔法を見世物にすべきでないか、危険だと思うのか、という話から始まった会話だった。フローレインもなるほどというように頷いた。

 ユージオの頭の中はいつもそういう疑問や可能性で溢れ返っている。その結論としてフローレインに魔法を使うべきでないと伝えても、そこに至る思考のすべてを常に語るわけではない。状況に応じて例外もあるが、ユージオは基本的には、石橋を叩いて壊すほどに慎重だ。考え事のほとんどを自分の中に押し留め、口に出すのは最小限だ。長い付き合いでクランカイトには、それでも考えのおおよそは理解できているが。

 フローレインは思い出したように「魔術も?」と尋ねている。

「魔術も。……俺が錬金術師試験を取ろうと思ったのは、単に試験範囲の学術的な知識を勉強するついでだ。魔術や魔法の実力をひけらかしたいとか、そういう理由でなくて」
「思ってないよ」
「……ありがとう」

 フローレインに対しては、存外素直に礼を言うものだ。
 そう思ってクランカイトが物言いたげな目つきをしていたが、ユージオは気付かなかった。

「それと、今の話は可能性というか……本当に俺の一意見だから、他言するようなことじゃ、ないというか」
「? あんまり喋らない方がいいこと? しないよ、したことない」
「……そうしてくれると、ありがたい」

 フローレインはにこやかに「うん」と頷きながら、草の上に投げ出していた鞄を手繰り寄せる。
 そろそろ次の授業が始まる時間だ。クランカイトとユージオは次の授業を取っていなかったが、フローレインはこれからもう一つ、受ける授業が残っている。一度三人で学校まで行って、クランカイトとユージオが先に帰ることにしている。――フローレインに対する最低限の護衛だ。
 それぐらい、フローレインの魔力の大きさはこの辺りで知られることとなっている。

 クランカイトも鞄を模擬剣の袋を担いで立ち上がり、ユージオを待って三人で歩き出した。その後ろからネヴィンが飛んで追い掛けてくる羽音がする。

 いつもと変わらない日常。何も起こらない、静かで穏やかな昼下がりだった。
 まるでこの時間が、三人一緒にいる時間が、永遠に続くのではと錯覚させるほどに。
 日々は満ち足りて、何の不足もない。秘密を共有する仲間と、自分の半身とも呼べる双子の片割れ。二人ともが揃っていて、自分が未来にやるべきことも定まっている。何の曇りもない、明るい将来が約束されていた。

「……カイト?」

 ユージオが振り返って怪訝な顔をする。何か話し掛けてきたようだが、まるっきり聞いていなかった。

「悪い。何だった?」

 問い返すと、ユージオは微かに変な顔をして、素気なく「何でもない」と答えるのだった。
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