魔法使いの青少年 8
© 2019 sasori_bi 入り口に近衛兵が残っている。それを確認して顔を見合わせ、二人は首を傾げた。
「自宅ですっつって通してくれるもんか」
「これから犯人を確保しようって時にのこのこ帰ってきた息子なんか、俺なら通さない」
「悪さした前提を止めろ。……でもまあ、玄関は避けるか」
言うなりクランカイトは動いた。入り口の近衛兵に見つからないよう小路に入って、人目のない側面に回り込む。
高い塀に難なく登ると、振り返って上までユージオを引き上げる。そのまま身軽に飛び下りて、たやすく敷地の中に入った。周囲に人の姿もない。
周りを見回しながらクランカイトは首を捻る。
「さて、捕まるは冗談として、普通の用で近衛兵が来たんだとしたら、客間だな」
ユージオもどうにか着地すると、目的の場所を目がけて歩き出すクランカイトの後につく。
「それも一等高いとこ」
「金持ちは客間も多いのか」
「そうらしい。こっち」
そう答えて足早に庭を突っ切っていく。客間は三か所あり、親しい人を招く小部屋と、玄関から近い仕事相手を招く客間。それから、上等な品を飾った賓客を通す大部屋と、それぞれ使い分けているようだ。目的とする大部屋の場所は二階にある。
客間の下まで来ると、上から微かに人の話し声が聞こえてきた。おそらくあそこで間違いないだろう。
「……を…………に…………」
「そ…………急で……」
「もちろん…………、お…………が卒業し…………」
一方はシグリの声だ。もう一方は男の声だが、クラウディアスではない。さきほど家に入っていった近衛兵たちの誰かだろう。
ここからでは会話の内容が聞き取れない。どうするかと首を捻ると、ユージオが小声でぼそぼそと入れ知恵を寄越す。
「大衆に話し掛ける場で使われる、声を届ける魔法、使えるか」
「え? ……口元で声の振動を拾って……ってやつか? あれは声を大きくする魔法で……」
国王が広く国民に語りかける場などでも使われている。話し声を大きく、遠くに聞こえるように響かせる魔法だ。そんなものをここで使う意味がわからないと一瞬惑ったが、ユージオは二階の窓を指さして淡々と言う。
「仕組みは同じだ。あの窓際に集音装置としての魔法陣、こっちに音響装置の魔法陣を作る。上で声を拾って、こっちに遠隔で伝える。声量は大きくしなくていい」
「俺がやるのか」
「魔術はともかく、魔法だったらあんたの方が得意だろうが。浄化もしてあるだろ。やれ」
「強引だな」
横柄もいいところのユージオの言いざまに、クランカイトは苦い笑みを浮かべながら魔力を綴る。
狙い定めた客間の外側の位置に、魔法陣が現れた。そして、その下にいる自分たちの傍にも魔法陣がもう一つ。それらを一方方向に繋ぐと、陣の中から急にはっきりと声が聞こえてきた。
「なにとぞご理解のほどを。これはこの国のためであることはもちろん、ひいてはあなた方ご一家のためにもなるのです」
近衛兵の声だろう。抑揚のない淡々とした声だ。一種、冷徹にも聞こえる。
いきなり話が筒抜けになってきて、クランカイトはほっと息を吐く。ユージオに言われて出たとこ勝負で挑んでみたが、どうやらうまくいったようだ。
「人使いの荒さな」
「あんたの家のことで、他人の俺に盗み聞きの魔法を使わせる気か」
「仰せの通りだけどな」
それにしたって失敗したらどうする気だったのか。
そう思いながらもクランカイトは口を噤んだ。魔法陣から聞こえてくる話の続きに耳を傾ける。
「承諾していただけるまで、こちらに参らせていただきます。無論、ご不安に思われる点、多々思い浮かぶことでしょう。それが解消されるまで、我々も全身全霊でご相談を承ります」
「……今日、のところは、とても。いくら国王陛下のご意向とおっしゃられましても……心の整理が」
シグリの声は動揺しきっていた。震えて、とても冷静とは思えない。一体、何をそうも取り乱すようなことを、城の近衛兵たちに言われたのか。――今の言葉が正しければ、城の近衛兵たちは、どうやら国王の勅使として来たと思って間違いないのではないようだが。
クランカイトは固唾を呑み、話の続きに意識を尖らせる。
「当然のことです。ですが、それは聖宮に入る巫女、すべてに言えること。むしろ、卒業するまでの時間を許されているということは、陛下よりの特段のご温情かと存じます」
――聖宮。巫女。陛下。
今まで身の回りで使われることのなかった、耳慣れない言葉が聞こえてくる。クランカイトは微かに眉をひそめた。
「普通、巫女を選ぶ時には礼拝堂の司祭に推選を一任しています。ですが今回は、魔法協会からの噂をお耳に入れた陛下が、直接我々に勅令をお与えになられました。……それほどまでに、彼女に是非にとお望みであらせられます」
隣を見ると、ユージオがことのほか深刻そうな顔つきをしている。クランカイトと目が合って、何か言いたそうな、または言うべきか否かと迷うような、そんな惑いが見えた。何かに思い至ったのだろうか。
問おうとしたが、それより先に客間の中の近衛兵がさらに話を続けた。
「何度も申しますが、聖宮の巫女というのは限られた者にしか務まらぬ大役。どれほど優れた家柄や見目も関係なく、望んで為れるというものでもありません。あなた方のご息女は、その大役に足る資質の持ち主と認められました。――これはこの国に誇れるたいへん名誉なことです」
クランカイトはやっとのこと話が見えてきた。というよりも、ふと頭の片隅から転がり出てきたことがある。
王城内には、聖宮という場所があるという。そこはブリード教の礼拝堂と同質の場所だが、その中でも例外中の例外だと。
「ブリード教の総本山……」
クランカイトは小さく呟いた。
国内の礼拝堂を纏める、中枢としての機能があると聞いたことがあった。国事的な栄典や式典、ブリード教の儀式を執り行うのに、聖宮が主体となって動く。というのも、聖宮の筆頭は王妃であり、ブリード教の最高位の神官、あるいは巫女を担うのもまた、現王の王妃であるからだ。
ブリード教を国が推奨するのも、妃が巫女であるためだ。いや、国がブリード教の宣教のために、王妃を総本山の巫女に任命しているのか、どちらが先かはわからないが。
ユージオが苦い顔で答えた。
「聖宮の巫女は、基本的に大きな魔力を持つ女が担う」
「……適任だなあ。素行はともかく」
「素行は関係ない。レインの魔力は桁違いだ。それを……幸か不幸か見出された」
フローレインほど規格外の魔力は、おそらく国中探してもそういるものではない。叙勲を勧めた魔法協会からでも、そのことを聞きつけたのだろうか。ともかく、近衛兵はフローレインを聖宮の巫女に迎えるために勅令を受けて寄越された。それが今のところの事実のようだ。
シグリの声は震えて、動揺が収まらない様子だった。突然そんな大きな話が降ってくるのに、心の準備も何もなかったのだろう。
「そ、そのような大役が務まるような娘では、決して……王侯貴族や、神職の家柄でもない、ごくありふれた普通の娘です。いえ、お恥ずかしながら躾のなっていない、奔放な娘で……ですから陛下のご意向に沿うことができるとは、とても……!」
「ご心配には及びません。聖宮に入ってよりしばらくは、先達の巫女たちについて作法を学びます。皆がそうして聖宮のしきたりに慣れてゆくのです」
「ですが!」
「お言葉ですが、奥様」
シグリの言葉を遮って、近衛兵が淡々とした声で続ける。その声に役目以上の感情はなく、ただ冷静に務めを果たそうとする姿勢だけが感じられた。――相手の情動をまるで意に介さないほどに。
「聖宮の巫女は『原初の火』を司る大きな魔力を必要とします。裏を返して、日常生活においてそれほどの魔力を持つということは、相応の危険があるということ。……聖宮ならば数多の護衛に守られ、危険とは無縁で、平穏無事に暮らすことができるでしょう。であればむしろ、危険に晒されながら俗世で生きるよりも、巫女となり聖宮に勤めて安全に暮らすことが、彼女の幸せに繋がることではないでしょうか」
シグリがはっと息を呑んで、言葉を失った。思い当たることがあったためだろう。
危険の類ではないにしろ、今もフローレインの魔力を目当てに名士や王侯貴族からの求婚の申し入れが続く。フローレイン個人の性質よりも、その魔力を目的にした人を引き寄せる。……その中にはおそらく、性質の悪い者もいるだろう。
そういう者に狙われながら生活するよりも、聖宮の中で守られながらブリード教の戒律の中で静かに暮らすのが幸せというのも、考え方にもよるがまったくデタラメというわけではない。
シグリが口を噤むのを逡巡と取ったか、近衛兵たちが立ち上がるガサガサとした物音がする。続いて、また同じ声が聞こえてきた。
「本日は、ご主人はご不在のようですので、また期を改めて伺います。その時には、ご息女フローレイン・アステリア様にもご同席頂いて構いません。……ご納得頂けるまで、何度でも我々はこちらに伺う所存ですので」
慇懃に、だが微かに言葉尻を和らげた男の声は、引き際と見なして緊張を緩めている。
「本日は本題だけで失礼いたします。また次の機会には、もう少し踏み込んだお話ができればと思います」
「……あ……玄関まで」
「どうぞお気遣いなく、我々は速やかに立ち去りましょう。……最後にこちら、国璽のついた正式な召集令状となります。どうぞお持ち頂いて、ご主人とよく話し合われて下さい」
それでは、と近衛兵が深々と頭を下げる衣擦れの音がする。その音に重なるように、扉が開いて、ぞろぞろと足音が遠ざかっていく。部屋の中に残されたのはシグリ一人だろう。
クランカイトは魔法を解いた。魔法陣が砕けて破片のように散っていく。それを横目に、ユージオが溜め息のように小さく呟いた。
「……あんたの母さん、取り乱してる」
「奉公人に声かけて、早急に父さん呼んで来させる。……俺が行ったところで、息子に頼ってくれるような親じゃねえしな」
子供に縋ってくれるような矜持の親ではない。シグリが相談するとしたら伴侶であるクラウディアスだけで、親しい奉公人たちにもきっと話せないだろう。
ユージオが目を伏せてぼそぼそと謝罪する。
「ごめん、犯人とか言って。……あんたの親は立派だ、と……思う」
「冗談と本気の区別もつかねえ仲じゃねえだろ。……謝んなくていいって」
クランカイトは一笑に付して立ち上がった。
「わかったら学校、戻るぞ。書庫を漁れば聖宮に関係する資料の一つや二つ、出てくるだろ。聖宮がブリード教の総本山ってこと以外、何も知らねえからな」
調べものをするとしたら、学校の書庫が最も蔵書の量が豊富だ。礼拝堂の文献は閲覧不可のものが多すぎて話にならないし、ブリード教のことを探るのに後ろめたすぎて使えたものではない。ユージオも反論しないところを見ると同意見なのだろう。
その前に一度、使いに出す奉公人を探しに、クランカイトは玄関の方へと歩き出す。ユージオは慌てて立ち上がると、大人しく後ろについてくる。
「あんたは……」
「ん」
遠慮がちに掛けられるユージオの声に、クランカイトは首を傾げた。ユージオは夕日色の瞳を細めて気遣わしげな顔をした。
「……大丈夫か。驚いたり……動揺したり」
「困ったな、と思ってる」
「ん?」
顔色一つ変えずに即答したクランカイトに、ユージオは訝しそうな顔をした。が、クランカイトの内心の憔悴をそれとなく察知したか、口を噤んで追及することはしなかった。
「だから行くぞ。早く」
「……ああ」
急かされたユージオは、駆け足でクランカイトの後を追って、玄関の中へと足を踏み入れる。
玄関付近の通用路へ入って、間もなくそこで人を見つけた。アステリアが構える店へと使いを出し、クラウディアスの帰宅を待たずにすぐさま学校を目指して帰ったばかりの自宅を後にした。
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