魔法使いの青少年 9
© 2019 sasori_bi 学校内の廊下は生徒たちがしきりに行き交っていた。授業の間の移動時間だ。
その人波を避けながらクランカイトとユージオが駆け足で廊下を進む。
その途中でフローレインに鉢合った。
彼女はクランカイトたちの顔を見てぱっと表情を明るくする。
「カイト、ユージオ! 帰ったんじゃなかったの?」
フローレインは鞄を持ったまま身体ごとこちらを向いた。それと同時に、一緒にいたフローレインの友人たちの視線が集まる。誰かと帰るようにと言い含めておいたので、その予定をしていたのだろう。
だが、二人の姿を見てフローレインは駆け寄ってくる。
「ちょうどよかった、私これから帰るところだったんだけど、一緒に帰っ……」
「悪い、レイン。無理!」
「俺らちょっと用事。お前もアレだ、ちょっと障りがあるから寄り道しながらゆっくり家に帰れよ。じゃあな!」
ユージオとクランカイトが立て続けに慌ただしく言い放ち、颯爽とその場から歩き去る。残されたフローレインは面食らった様子で一瞬返事に詰まっていたが、我に返った途端に恨めしそうな「また除け者――!?」という文句が轟いた。
それを背中で受けながら、ユージオとクランカイトが言い合う。
「なんか文句言ってるぞ」
「お前のことだよって言ってやれ」
無理を言う、とユージオは嘆息するが、クランカイトにもどうしようもないことだ。責められてもありのまま話してやるわけにはいかない。
フローレインの非難の声をそっくり無視して、二人は書庫へとたどり着く。渡り廊下から続いている塔の中全体に、その蔵書が整然と並んでいる。その土地の図書館の機能も兼ねているので、この塔は外部からの出入りもある。裏から入るとすぐの場所だが、学内を突っ切った方が早いと判断した。
書庫は吹き抜けで五階にまでわたり、さらに地下に至るまでその蔵書を収めている。壁には一面、ずらりと書棚が並ぶ。火の気を嫌う書庫の中は、熱を帯びない魔法道具の照明がぽつぽつと散見された。日中はガラス張りの天井から光を取り入れており、日が傾いたこの時分には、塔の半分は斜めに薄暗く影が下りていた。
クランカイトたちは壁際にある書庫の梯子を上っていく。階段もあるが、そこまで回っていく時間すら煩わしい。
クランカイトは二階によじ登り、振り返ってユージオへと尋ねる。
「教典関連の分類になるのか」
「たぶんな。あとは……政治関連辺り」
「手分けするか。目ぼしいのを片っ端から集めて、三階の机に運んでくから、読んどいて」
「じゃあ教典関連見て何冊か持ってく。後は読む方に徹する」
「運んで片付けろってか。承りました」
わざと丁寧な言葉で応じて、クランカイトはユージオと書庫の中で別れた。ユージオに読み役を任せたのは、本や医療記録などで字を読み慣れているユージオの方が早いからだ。
さらに梯子をよじ登り、最上階の政治関連の図書が並ぶ棚の前にやってくると、クランカイトは聖宮に関係のありそうな本を適当に見繕い、無造作に何冊か本を積んでいく。どうせ中身を確かめるのはユージオだ。それが当たりでも外れでも、とりあえず数を集めていく方が、効率がいい。
運べる限界と判断したところで本を担ぎ、梯子は諦めて階段を下りていく。三階に辿り着くとすでにユージオが本を積んで机にかじりついているところだった。
荒事と縁遠い柔い指が、慣れたようにばらばらと凄まじい速さで頁を送っていく。聖宮に関係するところだけ読み取ればいいので、流し読みで十分なのだろう。集中を遮るのも躊躇われ、声も掛けずに本を置くと、クランカイトはまた階段を登って本を集めに行く。
ざっと目を通しても、背表紙に聖宮の名前がある本はない。そのため、多少なりとも聖宮に触れた記述がありそうな題名を探していく。ブリード教の儀式に纏わるものや、ガレシア王国の発生に関する本。手当たり次第すべて抜き出して、ユージオのもとへ運ぶ。
不要になった山の片付けは追い付かないので後回しにした。ひたすらそれらしい本を探して運んで行く。時にユージオから指示が入るので、その都度探して運んでいった。机に積まれた本は五十冊を超えるかというところだ。
一時間と少し経った後、顔を上げたユージオは息を吐いて本を置いた。
「……ざっと見た感じの話だけど」
クランカイトはユージオの隣の椅子に腰掛けた。ユージオの顔色は優れない。それは冊数をこなすほどに暗くなっていく一方だった。
あまり期待できる話ではなさそうだ。そんなことを思いながらクランカイトは相槌を打つ。
「ああ」
「聖宮については、さっきの話と大差ない、と思う。ブリード教の総本山で、アスラ神が大地に降り立った時の『原初の火』を祀っている。魔力のある巫女がそれを守るのは、燃料の類じゃなく、魔力で炎を燃やしているから、らしい。だから聖宮では大きな魔力を持つ女を集めている。貴賤の関係なしに」
さっき盗み聞きした話とほぼ違いはない。
原初の火を司るのに、大きな魔力を持つ女が務める。そこに家柄や容姿は関係なく、いくら名家がそこに娘を遣りたくてもできるものではないという。事実はどうかわからないが、少なくとも建前では。
「巫女――聖宮の巫女は相応の役職を持っていて、正しくは神祇官と呼ばれる。最高位の巫女、つまり王妃は、その長である『神祇伯』に当たるわけだ。王妃であり、官でもある」
「ガレシア王国にどれだけブリード教信仰が根深く関係しているか、よくわかる」
「そうだな。だが、聖宮の機能はどうやらそれ以外にもあるらしい」
「?」
ユージオが忌々しげに目を細めた。その表情はやはり冴えない。
「魔力の大小は、家柄に多少、関係している。大きな魔力を持った人間が大成して、王侯貴族に成り上がる。その魔力が遺伝して、名家では代々魔力の大きな子供が産まれてくる。――わざわざ子供の中で一番魔力の多い者を継嗣に選ぶなんて家も、中にはある」
「まあ、資質の一つではあるな」
「王の魔力が少ない、なんてことが、まかり通ると思うか?」
「…………」
クランカイトは眉をひそめた。
今ユージオが言った通りだ。一番魔力の多い子供を、継嗣に。それは王家とて例外ではない。かつて歴史の中では優れた魔法の使い手が権力争いで担ぎ出されたこともある。――国を統べるに足らない、魔力の乏しい王など、聞いたこともない。
「聖宮で魔力の多い女が集められるのは、そこが――巫女が、王の妃候補だからだ」
やっと得心がいった。炎を守るために魔力がいる。それだけにしては、勅令などとやけに大袈裟だ。だが、その大きな魔力の持ち主である女たちは、その遺伝を受けた王子を生むために集められると考えれば、あの強引さも不思議ではない。
「運よくお手付きになって、優秀な王子を産めば晴れて王妃に、ってか」
「王妃でなくても、まあ出世は叶うかもな。外には出られないが」
「出られない?」
クランカイトが顔色を曇らせる。頷くユージオの顔色も同じく優れない。
「聖宮は男子禁制。外部との接触も不可。完全な幽閉生活だ。――儀礼の時には外に出てくることもあるだろうが、指一本触れられないどころか、口を利くことすら許されない。完全に囚われの身だ」
ユージオは沈んだ声で、溜め息交じりに吐き捨てた。
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