魔法使いの青少年 12

© 2019 sasori_bi


 ――困ったな、と思ってる。

 ちっとも困ってなどいないようなクランカイトの横顔が、思い出すほどに憎らしい。本心で困っているのならそれらしい顔をすればいいのに、ますます困らせただけで何も解決させることができなかった自分にも腹が立つ。
 ユージオは小さな自室で一人、本を閉じた。

 あれから数日、どれだけ探しても自分たちにとって望ましい記述は見つけられない。一貫して共通しているのは、出たら入れない場所であること、勢力争いの中心であることぐらいか。

 継嗣は魔力の大小に左右される。だが、時に寵妃の子供や、継嗣を凌ぐ魔力の王女が貴族の後ろ盾で担ぎ出されることもあったらしい。王城との行き来が可能な官職の巫女こそが、貴族との不貞関係で権力争いを起こしたことまである。真偽は怪しいが、かろうじて検閲を逃れたと考えれば絶対にない話とも否定できない。

 フローレインにはまだその話が行っていないようだ。

『二人とも、まだ何も話して来ない』

 クランカイトがそう零していた様子を聞く限り、クランカイトにもまだ沈黙を通しているようだ。知っていると言い出すのもまずいのでクランカイトの方も何も言わず、双方、知らぬふりをしながら日々を過ごしている。機会を見計らいながら。

 ユージオは寝台から起き上がった。
 中等学校に上がってからは、小さいながら個室が与えられるようになる。寝台が一つ、机と椅子が揃いで一つ、棚が一つ。それ以外には何もない部屋だ。

 一度だけ、借りた魔導書を返すためにクランカイトを通したが、『森にある小屋の方がよっぽど快適なぐらい無理』という金持ちらしい言いざまだった。狭さに加えて、あまりの物のなさが耐えられなかったらしい。それ以来、部屋に入れたことはない。

 本を閉じて椅子から立ったユージオは、棚にそれを置いた。図書館から借り受けてはみたが、やはり有用な情報はなかった。聖宮という場所は、出入りする人間がほとんどいないこと、箝口令を敷かれていることから、中でのことが外部に広まることがないのだ。だから聖宮の中がどういう場所か、仔細に書かれているものは見つけられなかった。
 学校の書庫をくまなく漁ったところで同じことだろう。聖宮そのものがブリード教の核心に近いところにある。ブリード教の真理に触れることもあるだろう。

 と、ユージオは急に思いついて自分の耳飾りに触れた。

(……“竜の月”の魔法、も?)

 司祭が記憶を操作するために使った、あの得体の知れない魔法だ。

 学校の授業の中でも、そういう魔法があると聞いたことはなかった。一度、軽く教師に対して『記憶を操作する魔法』について尋ねてみたが、やはり怪訝な顔をされた。学校の書庫でも同じことだ。クランカイトがよく蒐集している怪しげな魔導書には、それらしい記述を見たことはあったが、やはり確証はない。

 ――他に調べられる場所といえば、閲覧禁止の礼拝堂の書庫ぐらいか。

 そう一瞬考えたユージオは、しかしその考えに自分でぞっとする。さすがに見つかってただで済むとは思えない。今まで表立って禁を犯したことはなく、おかげでというべきか、いつか司祭の指示に背いてあの出来事を覚えていることも、おそらく気取られていない。
 それをわざわざ、今までの注意を払ってきた行動が水泡に帰すような真似を、ここでする意味があるのか。

 だが、そんな冷静な考えとは裏腹に、ユージオの身体はすでに動いていた。

 就寝時間が迫る中、天井から吊ってあった手提げの灯りを掴み、忍ぶでもなく自室を抜け出る。子供部屋の扉が並ぶ廊下を、足音をひそめながら通り抜ける。途中、共同部屋から子供の泣き声や騒ぎ声が聞こえてきた。子供が多いこの場所では日常的な物音だ。

 音に紛れて足早に住居の棟を抜け出ると、回廊に続いている。人気がないため、明かりもなく暗い。ユージオは灯りにそっと魔力を流し込んで光を灯す。中には魔術道具が仕込まれており、魔力に感応して光りを生じさせる。転ばない最小限の光で、ユージオは先を急いだ。

 回廊は遮るものもなく、誰かが来れば隠れる間もなくすぐに見つかってしまう。遠目にでも灯りは丸見えだ。せめてと思い、羽織っていたローブで灯りを半分覆いながら歩いた。
 書庫は司祭たちが使っている棟の中にある。幸い、あまり人の行き来が少ないこの時分だが、見つからないよう辿りつけるかというと少し自信がない。

 が、見つかるかも知れないというユージオの不安は、しかし意外な形で消えることになった。

「……ていましたか」

 人の話し声が聞こえて、ユージオはとっさに手提げの灯りを消した。

 息を殺して、闇夜の暗がりに身をひそめる。話し声は、回廊の突き当りの扉の奥から聞こえてきた。

 そこにいるのが誰か確かめようと、ユージオは扉の向こうへ耳をそばだてる。

「ええ、少し驚いている様子ではありましたが」

 片方は女――巫女の誰かだろう。そして、今聞こえてきた声は男の――司祭の声だった。
 巫女の言葉はさらに続く。

「近衛に先んじて承諾を得てこそ、本来の形というもの。いくら王命の体裁を取ろうと、魔法協会が形式を軽んじたのでは礼拝堂への礼を欠いています」
「協会は長年、ブリード教の威光に隠れてしまうばかりでしたから。この期を逃したくなかったのでしょう。意趣返しという意図も……否定できませんが」
「……魔法の発展を妨げている、ですか」

 ユージオは思わずびくりと肩先を跳ね上げる。後ろ暗い秘密に深く関係した話だったため、思いがけずどきりとして、自分の耳元に揺れる耳飾りに手を伸ばした。
 ユージオも同じように思っていたことだ。今の話が確かなら、魔法協会の中でもブリード教に対して同じような批判がある。それも、一人二人の話ではない。全体としての総意だろう。

 ――ブリード教の総本山ではない、ただの一礼拝堂でしかない場所にまで、その内情が聞こえ伝わっている。誰がどこまで、何を知っているのだろう。ユージオが知っていることは秘密の全体の内、一体どれほど踏み込んだものなのだろう。

「その非難についても充分理解できます。ですが、今回のことは、それとは別件」

 司祭の声は少しばかり苦々しい響きをしている。

「礼拝堂の権限を侵したことについては、聖宮を通して正式に糾弾しなければなりません。……幸い」

 続いた言葉に、ユージオは己の耳を疑った。

「アステリア家の息女は、我々の推挙を受けるとおっしゃいましたが……」

 ユージオの手元の灯りが音を立てて割れ、持ち手から外れて落ちる。魔力の操作を誤った。心臓の鳴り方がおかしくて、うまく息ができない。――アステリア家の息女。そんなものは、一人しかいない。

「!」
「誰です!?」

 誰何の声と共に、扉から明かりを持った巫女と司祭が飛び出して来る。そして、そこに立つユージオの姿にぎょっとしたように立ち尽くした。

「話したのか?」
「今の話を聞いて……」
「いいから」

 巫女の問いを遮って、ユージオは詰問する。
 腹の中は煮えたぎってでもいるかのように熱い。怒りで肺の辺りまでじりじりと焼けているようだった。

「レインに聖宮の巫女になれと、話したのか? あんたたちが!」
「それが先生に対する口の利き方ですか!?」
「礼を欠いたのはあんたたちだろう!?」

 ユージオの噛み付くような反論に、巫女が怯んだように口を噤んだ。言い返されると思っていなかったのだろう。ユージオ自身、反射的に飛び出した反論に少し自分で驚いた。
 だが、怒りは驚きを優に上回る。

「どれほどシグリさんたちが気を張ったか。いつレインに話すべきかと心を砕いてきたか。それをどうして無遠慮に、あんたたちなんかが踏み荒していいんだ……!?」

 近衛兵に続いて礼拝堂が。誰も彼もフローレインを聖宮に行かせようとする。それも本来、彼女の両親の口から語られるべき話だったはずなのに、礼拝堂は配慮を欠いて直接フローレインにその話をしたのだ。――あまりに無神経ではないのか。

 激昂のまま声を上げると、相対する司祭は思いの他穏やかな声を出した。

「ユージオ・シアン」

 名前を呼ばれて、ユージオは口を噤む。どんな言い訳が返ってくるものかと冷ややかな思いだった。だが、それとは裏腹に腹の中は怒りで焼けつきそうだ。
 灯りを掲げる司祭の瞳は、冷静そのものだ。

「確かに私たちも、性急に息女へ当たってしまったかも知れません。ですが、聖宮へ行くと決めたのは彼女の意思です」
「ふざけたこと……」
「彼女は言っていました。自分が聖宮へ行って、あなたのように礼拝堂に住む孤児たちが、より不自由なく生活できるようになるなら、と」

 ギリギリのところで堪えていた激情が弾けるのが、自分でもわかった。
 無意識に一歩、前のめりに踏み出して、灯りの破片を踏みつけて砕いていた。脆く硝子が砕ける音が鳴る。

「関係ないだろう!?」
「あります」

 ユージオの怒りに、司祭は動じなかった。静かな声で言葉を継ぐ。

「礼拝堂で養われる子供は、孤児のすべてではない。親と引き離すべきだとわかっていながら、礼拝堂の資金不足で、みすみす親もとに残してこなければならない子供だっているのです。その子供がその後どうなるか、わかっていても。……推挙した巫女が聖宮で地位を得れば、礼拝堂には相応の報奨が下ります」

 ユージオは礼拝堂の焦りを理解した途端、はたと口を噤んだ。

 今回、近衛兵に先んじられていたが、礼拝堂でも聖宮へ巫女を選出する必要がある。そうすることで、他の礼拝堂よりもある程度の恩恵が授けられる。そのためにフローレインを礼拝堂の推挙で聖宮に向かわせたかったのだろう。
 子供がどうというのが口実でないか否かは、ユージオには判断できなかったが。

「口さがない巫女の厚化粧代で、子供十人分ぐらいの飯の種になるだろう」
「馬鹿なこと!!」
「ユージオ。あなたはまだ幸運なのです」

 血相を変える巫女の言葉を遮って、司祭はじっとユージオを見据える。怒りも動揺も見せない。ユージオはこの感情の起伏の見られない司祭に対して、いつもどう言葉を返していいのか戸惑ってしまう。

「親を亡くしても、寝る場所も、勉学に励むことのできる環境もある。でも現状、それすらも得られない子供がいます。これは巫女の給金の問題ではありません」
「……どうだか」

 ぼやくようなユージオの言葉を拾って、司祭は苦く笑みを浮かべて見せた。その顔は、まるで自分が聞き分けのない子供のような気にさせられて、少しばつが悪い。

「アステリア家の息女と昔から親しくしていることは知っておりますよ。ですが、知っての通り、彼女の魔力はあまりにも群を抜いている」

 思い知るほどに知っている。フローレインがどれほど特殊なのか、近くにいて長年よく見てきた。まるで手足のように自在に操られる、見たこともない魔法の数々。才能一つですべてを補って余りある、白鴉の魔法使い。
 それでも、魔封じ一つで無力な子供にあっけなく転じる、非力な少女でしかない。

「この先、どんな危険があるかわかりません。ですが聖宮では、害される危険から徹底的に守られる。彼女にとっての幸いとなることでしょう」

 近衛兵と同じ言葉だった。
 そんなことはわかりきっている。よく知りもせず、聖宮の巫女が一概に不幸だと決めつけるのも傲慢だろう。でも、金を対価に娘を売れと迫るのは、女衒とそう大差ないのではないか。そんなことも思わずにいられない。

「そうやって」

 今は冷静そのもので、頭がすっかり冷えていた。だが、従順にその言葉を鵜呑みにできるほど、ユージオは彼らに心酔しているわけではない。
 フローレインがどう答えようとも、ユージオにもどうしても納得のいかないことはある。

「俺や、見ず知らずの子供を盾に、あんたたちはレインを脅したんだ。それはレインの意思じゃない」

 例えフローレインが頷こうとも、それは礼拝堂のためなのではなく、ましてや自分の意思で望んだことですらない。それを勘違いして欲しくない。

「見殺しにした子供への罪滅ぼしで、無関係のレインを使おうってあんたたちが、もっともらしく慈悲を謳うな。不快だ」

 吐き捨てて、ユージオは踵を返した。

「ユージオ……!」

 後ろから巫女の金切り声が聞こえてくるが、聞き流して走り出す。割ってしまった灯りの代わりに、ぽつぽつと火の玉を燃やして周囲を照らしながら、礼拝堂の外へ飛び出した。
 とうに門限の時刻は越している。消灯時間も迫っているだろう。それがわかっていても二人が気がかりで、ユージオは大人しく礼拝堂の中に留まっていられなかった。






 ユージオの足音が消えた回廊で、巫女は忌々しげに呟いた。

「あんな恩知らず、礼拝堂で保護するんじゃなかった」
「あなた方がそんな態度だから、彼の態度も自然、頑なになるのです。元来、賢い子ですしね。誰だって理不尽に冷たく当たられるのは嫌でしょう? それに、彼の言い分ももっともです」

 巫女は「先生」と苦い顔をする。それは、納得がいかないことで叱られる子供のような表情だった。
 司祭はそんな巫女の頭の上にぽんと手を置く。

「確かに、アステリア家の息女にとっては脅したも同然の話でしょうね。私たちにそんな意図がなかったとて、言い訳になりません。悪いことをしてしまった」
「……彼の言葉に同意なさるのですか」
「あなたもね。礼拝堂で育った子供の一人なのだから、後輩に優しく。信仰を守るのが大切だという気持ちはわかります。でも、だからといって禁を犯した彼の母親のことで、彼を悪く言う理由にはなりません。わかっているでしょう?」

 巫女は不機嫌顔のまま、応じることはない。代わりに反論めいた言葉が発せられる。

「……黒魔女のしたことは、本当に恐ろしい禁忌でした。彼はその重大さがわかっていない」
「少しは彼のように辛抱というのを覚えなさい。まったく、少し私はあなたたちを甘やかし過ぎました。娘に出戻って来られた私の気持ちにもなって欲しいものです」
「先生は誰の味方ですか」
「私は礼拝堂の子、皆の味方ですよ。いつでも」

 ぽんぽんと繰り返し、巫女の頭を宥めるように叩いて、司祭は両開きの扉を押す。巫女は不満顔のまま司祭の後に続いた。

「今日のことは許しておあげなさい。帰ってきたら、咎め立てせず中に入れてあげるのですよ。それと、部屋の灯りも予備を出してあげなさい」
「……先生が……そうおっしゃるのでしたら」

 不承不承という態度を崩さない巫女の返答に、司祭は苦い笑みで「まったく子供ですね」と嘆息混じりに嘆くと、揃って扉の中に姿を消した。

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