魔法使いの青少年 14
© 2019 sasori_bi 奉公人が礼拝堂まで使いに走ってくれたらしく、ユージオはアステリア邸に一晩泊まることになった。帰ってきたクランカイトたちの両親も、ユージオを快く歓迎してくれ、細やかに着替えや寝具の世話をしてくれる。歓待ぶりに却って考えなしの自分が申し訳なくなるほどだ。
フローレインは湯浴みに行ったまま、まだ戻らない。残ったユージオは、クランカイトの自室で寛いでいた。
クランカイトは寝台の上で、ユージオは長椅子。泊まる時の定位置だったはずだが――アステリア邸に泊まるのはいつ振りだろう。ここ一、二年はその記憶がない。その間に伸びた手足は、長椅子では少々窮屈な気がした。
上掛けを膝に掛けて背もたれに寄り掛かっていると、クランカイトが声を掛けてくる。
「そろそろ長椅子じゃ無理だろ。寝台使えよ」
「あんたはどうするんだ」
「客間に行く」
「俺が行けばいい話だろう。何で俺があんたの部屋を使う必要がある」
だが、クランカイトは応じない。
「……まあそれは後でいい」
クランカイトは簡単に縺れてしまいそうな細い髪を一つに括り、寝台を下りる。そして、ユージオのいる長椅子の向かいに回ると、どっかと座った。
「立ち聞きしたって言ってたな」
「本当だ。ちょっと……思うところがあって。部屋を出たら、司祭と巫女が話をしているところだった」
余計なことは言わなかった。禁を犯して礼拝堂の書庫を漁ろうとしたなどと、クランカイトに知られて怒られてはたまらない。ユージオは気まずい思いで目を逸らす。
「……全部聞いたわけじゃないから、ちょっと自信ないけど」
そう言い置いて、ユージオは立ち聞きした話と、司祭の口から直接聞いた内容をクランカイトに話して聞かせた。どうも聖宮の巫女の推挙は礼拝堂が権限を持っているらしいこと。魔法協会から礼拝堂に対し、魔法の発展を妨げているという非難があること。軽く聞きかじっただけの話だ、どこまでが真実からわからない。
だが、話を聞いたクランカイトは息を吐いた。
「なるほどな」
「その後は司祭と揉めて、飛び出してきた。巫女どもが癇癪起こしてる頃だろう」
げんなりと呟けば、クランカイトが軽やかに笑った。
「このまま帰らねえか?」
「明日は行く。どうせ他に行くところなんてない」
折檻が待っているかも知れないが、飛び出してきた自分が悪いのだから仕方がない。
「……わかってる。俺が幸運な方だっていうことぐらい。礼拝堂の庇護を受けられない子供がいることも。勉強できる環境があるだけ、恵まれてることも」
司祭が言っていたように、自分は幸せなのだろう。それを他人に押し付けるような言いざまには多少なりとも反発はあるが、働くことなく勉強ができている。食べるものに困ることもない。それは礼拝堂で養われているからだ。
だが、それでフローレインのことに関して溜飲が下がるわけではない。
「けどそれとこれとは話が別っていうか、魔法協会に先越された礼拝堂の体裁とか関係ないっていうか、思うところがありすぎて素直に感謝できないっていうか!」
「余計な世話だっつってやれ」
「そう余計な世話だ。俺は悪くない。折檻されても謝らない」
「一緒に謝ってやるから、折檻なんかされなくていい」
ユージオの自己暗示のような発言に半ば呆れつつ、クランカイトが目を眇める。そして、面白くなさそうな顔で頬杖を突いた。
「で、つまるところ、礼拝堂と魔法協会の間のごたごたで、レインのとこにしわ寄せが来たってわけだ」
「シグリさんたちは、何か言ってたか」
「何も。行かせたくなさそうだけど、結局のところ、行くしかないしな。レイン本人が行くって言ったから、心配八割、安堵二割ぐらいってとこか」
フローレイン本人が行くと言って、安堵しなかったといえばきっと嘘だろう。嫌だと拒絶して泣き叫ばれても、何もしてやれないのだ。ただ心苦しい思いで送り出すだけで、連れて逃げてやることもできない。家業があり、雇う人間がいて、家族がある。投げ出せないものの多い大人ならましてそうだろう。
ユージオは目を伏せてぽつりと呟く。
「……うちの国、そういえば王政だったな。市井まで関係ないから、忘れてた」
市民には市民の生活があって、王城内の揉め事や権力争いとはほとんど無関係の場所にある。多少の余波はあるだろうが、目に見える形で及ぶことはない。だから、フローレインにこんな話が来るまですっかり気にしなくなっていた。
クランカイトが嘆息混じりに「何を今さら実感してんだか」と笑うが、まったくその通りだ。今さら王の権力というものを実感している。王という存在は、簡単に一市民の自由を奪うことのできるものだったのだと。
「レインがあんな簡単に決断する性格だったのも、少し意外だった。というか、俺だったら絶対行きたくない」
「大抵はそうだろ。……けど、そうだな。あいつは、俺がいるからそうしたんだと思う」
「?」
クランカイトの翠玉のような瞳が、じっとユージオを見ていた。ユージオは首を傾げる。クランカイトの言葉の意味するところがわからなかった。
「長男だから家に残るって話か?」
「んー、まあ……それもある」
濁されたクランカイトの言葉に苛立つ自分がいるのを、ユージオは自覚する。舌打ちしそうな忌々しい顔をして、ユージオはクランカイトを低い声音で問い詰める。
「何なんだ、あんた。こないだから変に言い掛けて止めるなよ。気になるだろうが」
クランカイトは頬杖を突いたまま、ついと視線だけをユージオに流す。
「気になんのか」
「当たり前だろ! そうでなくても、レインが聖宮に行く行かないで、あんたも……悩んでるんじゃないか、とか……」
困ったと言っていた。その言葉を深く追究してはこなかったが、こんな時にまで隠し事をされるといい加減腹が立つ。ふてくされたように顔を背けた。
「思って……ついでにだけど、心配してきたのに」
なじる言葉はどうしても小さくなる。非難がましい物言いになってしまったが、本当に心配していた。それを正直に言ってやれるほど、性根がまっすぐに育っていなかったが。
クランカイトは含んだような目つきでおもむろに短く尋ねてきた。
「……レインに聞いてねえか?」
「何が」
曖昧な回答に、ユージオは眉をひそめる。と、ユージオの不満を悟ったか、クランカイトは憂鬱そうな顔色で不意にぽつりと答えた。
「両替商、継ぎたいと思ってるみたいだったぞ。口に出さねえけど」
ユージオは驚き、言葉を詰まらせた。
初耳だった。聞いたこともないどころか、そんな素振りすら見せなかった。だから、彼女がそんなことを望んでいたなど露ほども考えなかった。
だが、思えば先ほどフローレインが零していた。クランカイトの役目を奪って、それが自分に務まるとは思えない、と。クランカイトの言葉が本当ならそれは、両替商の後継についての言葉だったのだろう。
「継ぎたいなら、継げばいいだろ」
「ところがどうやら、俺の役目だと思い込んでるんだよなあ。ひでえ話だ」
「勘違いなら、そう言ってやればいいだろうが」
「レインが気にしてんのは、能力の話。俺よりも優れてて、跡継ぎに相応しいかどうかってこと。レインにとっては、どうも自分が相応しいと思えねえんだろうよ」
ユージオは思わず口ごもる。クランカイトが見抜いている通りだ。フローレインにとって、自分たちは同列ではなく、上に見ている存在だと言っていた。
「かといって、結婚して家を出るって選択肢も頭にない。だから考えたんだろう。適材適所、自分が必要な場所に行けばいいってな。考え方としちゃ悪かねえと思うけど」
と、クランカイトは一旦、口を噤んだ。悪くはないが、しかし。
それに続く言葉は呑み込んだか、ゆるりと首を横に振る。
「……ま、不安にさせるようなこと言っても、仕方ねえ。卒業した後だから、二年は先の話だしな」
何を言い掛けたのか、ユージオも聞かなかった。クランカイトの言う通り、言っても仕方のないことだ。
だからフローレインは聖宮の巫女になることを選んだ。
その理由にようやく、ある程度だが納得がいった。フローレインは、クランカイトを押し退けてまで家に残る才能を持ち合わせていないと思っている。それなら家から出なければならない。その手段として思い付くのは、結婚するか、職を探すかというところか。だが、狙われやすいフローレインほどの魔力の持ち主であれば、どちらにせよ心許ないだろう。
聖宮であれば、職と住処を得られる。安全も保証される。――その考えはきっと間違っていない。
だが、ユージオはふと話の根本に立ち返る。
「……それが、あんたの隠し事と、どう関係がある?」
クランカイトは尋ねられて当然という態度で、あっさりと答えた。
「予定が狂った」
ユージオはますます怪訝に首を捻るしかなかった。© 2019 sasori_bi
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